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「ラ・フォル・ジュルネ2013」のこと [世の中]

 この連休中、東京国際フォーラム「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2013」という催しがありました。このところ毎年開催されているようです。
 イベント名からしてフランス発であるらしいことは想像がつきますが、もとはナントで1995年からはじまった一種の音楽祭です。世界史の授業で「ナントの勅令」という言葉を聞いたことがある人も多いと思いますが、そのナントですね。そこのコンベンションセンターで、9つほどの会場がしつらえられ、同時進行で40分~1時間程度のミニコンサートが数日間にわたってひっきりなしにおこなわれるというイベントです。
 形態としては、音大の学園祭をイメージすれば良いかもしれません。会場には屋台の飲食店なども軒を並べ、コンサートだけでなく講演会とか公開レッスンとかもプログラムされているあたり、まさに若い頃の芸術祭(私の大学では学園祭はそういう名前で、普通は「ゲーサイ」と略されて呼ばれていました)を髣髴とするようなイベントです。
 しかしもちろん、演奏するのは学生ではなく、れっきとしたプロの演奏家たちであるというところがミソです。従ってコンサートも無料ではありませんが(無料のプログラムもある)、しかし普通の演奏会に行くのに較べればはるかに廉価で、安いほうは6ユーロそこそこ、高くてもせいぜい25ユーロくらいで聴くことができる手頃さが売りとなっています。

 クラシックのコンサートというと日本ではやたらと値段が高い印象がありますが、それではヨーロッパだったらよほど安いのかといえばそうでもなく、やっぱりそれなりの値段はするのでした。ただし、SS席3万円などというべらぼうな設定にはあまりなっていないと思います。下限価格のほうが似たようなものだということです。
 それで敷居が高く感じていた人も、6ユーロで聴けるならというのでやってきて、結局いくつものミニコンサートをハシゴし、クラシック音楽を堪能して帰ってゆくのでした。来場者の6割が「クラシックコンサート初体験者」だという調査もあるそうで、音楽の裾野を拡げるのに大いに役立っていると思われます。
 「期間中に会場に行けば、必ずどこかで何かをやっている」というこの学園祭風のイベントは好評を得、ポルトガルスペインなどにも拡がり、2005年からは東京でも開催されるようになったという次第です。その後ブラジルポーランドなどにも伝播しているようです。
 日本では東京だけでなく、金沢新潟鳥栖などでもやったそうで、私が思うにこういうことはかえって東京でやらなくても良さそうな気がします。現に、フランスにおけるパリ、スペインにおけるマドリッドバルセロナといった大都市でやっているかというとそうではありません。地方都市のイベントとして町おこしにつなげたほうが得策ではあるまいかと思うのですが、クラシック音楽の日本での浸透度を考えれば、やはり東京が先行するのもやむを得ないのでしょうか。

 「ラ・フォル・ジュルネ La Folle Journée」は「熱狂の日」と訳されています。より端的に言えば「狂った一日」ということです。集まった人が熱狂するというより、「主催者のアタマがおかしくて、こんな安い値段でコンサートを開いてしまったよ」という、安売り通販番組みたいなノリであるようにも私には思えるのですが、いかがでしょうか。
 去年までは別に感応していなかったマダムが、今年はいやに張り切って、5月3日5日の会期中毎日有楽町に通い詰めていました。「ラ・フォル・ジュルネ」は毎年なんらかのテーマが設けられることが普通で、今年のテーマが「パリ、至福の時 L'heure exquise」というものであったのが、フランス大好きなマダムの琴線に触れたのでしょうか。
 本家ナントのイベントでは、ひとつのジャンルとか、ひとりの作曲家だとかをテーマとして掲げることが多いようなのですが、「パリ、至福の時」などといったいささか漠然としたテーマ(これではむしろキャッチフレーズでは?)を設定せざるを得ないあたり、まだ日本の音楽文化は深みが充分ではない気もします。おそらく、「印象派」なり「ドビュッシー」なりの具体的テーマを掲げても、3日間のうちに200近いミニコンサートを成立させるのは難しく、またお客も集まりづらいだろうという判断でしょう。ここに具体的テーマが挙げられるようになった時が、このイベントが日本でも定着した時なのかもしれません。
 しかし、漠然としたテーマのほうが、いろいろ多彩なものに接することができるのは確かです。「パリ、至福の時」なるテーマからして、フランス音楽が中心になるのは当然でしょうが、それ以外のものも含まれていましたし、フランス音楽でも印象派やベルリオーズばかりではなくて現代ものなども披露されていました。日本では滅多に接することのないマイナーな作曲家の作品なども演奏されていたので、私も興味は持ちました。
 私は初日の3日だけ出かけました。「フィガロの結婚」のパート譜を作る仕事が残っていて、出ている暇が無かったということもありますが、廉価とは言ってもいくつも聴けばやはりかなりの出費となりますし、山梨行きの旅行費用その他もあったので少々痛かったという点もあります。
 残念ながら日本版「ラ・フォル・ジュルネ」では6ユーロ(700円くらい)というわけにはゆかず、たいていのプログラムの入場料は2500円くらいが標準となっていました。もちろん音楽会としては安いと言えますが、本家ナントであれば最高価格帯と言って良い設定が最多価格帯となっているのは、いかがなものでしょうか。しかも音楽会として安いと言っても、ひとつひとつのコンサートは普通の音楽会の半分以下の長さしかないわけで、時間あたりの値段はさほど変わりません。
 かろうじて「こいつは安い!」と思えるのは、5千人収容のホールAで開催されているオーケストラのコンサートで、これには1500円という席があります。さらに中高生であれば500円で聴くこともできます。5千人収容の大ホールでもないと、そこまで値段が下げられないということです。
 考えてみると、演奏者は大半がフランスなどから呼んでいるわけです。それでこそお客が集まるというのかもしれませんが、本家ナントでは外国の演奏者などわざわざ呼びやしないでしょう。ほとんど国内の演奏者で済ませているはずです。本来、ディレクターのルネ・マルタン氏の呼びかけに賛同して、手弁当と言って良いくらいの低ギャラで集まった国内の演奏者たちの協力によってはじまったイベントであり、演奏者のほうも短時間で済むので参加がしやすかったのだろうと思います。
 それを思えば、演奏者を、高いギャラとアゴアシ代を払って外国から呼んでくるなどというのは、このイベントのそもそもの趣旨に反しているように思えてなりません。それで元をとろうとすれば、どうしたって2500円くらいはとらないとやっていられないでしょう。本当は最多価格帯を1000~1500円くらいにすべきで、そのくらいで抑えるためにも演奏者は日本国内の人を大半にすべきです。「日本人の演奏者ばかりじゃお客が喜ばない」というのであれば、こんなイベントを無理に開催する意味は無いように思えます。
 海外のコンクールなどでもこれだけ日本人が上位入選することが多くなっているのに、いまだに自国人よりも外国人の演奏者をありがたがるというのは、明治以来の舶来崇拝が音楽の世界にはまだ残っている証左かもしれません。マダムにしてもアンヌ・ケフェレックジャン・クロード・ペヌティエをこの値段で聴けるということで勇んで出かけたみたいなところがありますから、どうもやむを得ないようです。

 私が一日だけ足を運んだのは、言ってみればちょっとした手違いみたいなものでした。
 マダムはチケットぴあの代理店やコンビニのチケット発券端末などで入場券を手配したのですが、これだけ大がかりでまとまったイベントにしては、切符の売りかたが実に愚かしいのです。すでに9年目にもなろうというのに何をしているんだと言いたくなります。
 つまり、ひとつひとつのミニコンサートが、すべて別々のイベントとして扱われており、これとこれとこれをまとめて購入する、ということができないのでした。ひとつ購入しては、その都度端末の初期画面に戻って、最初から操作し直さなくてはなりません。まあ、誤購入とか、ダフ屋のまとめ買いなどを防ぐためには仕方がないのかもしれませんが、同じような操作を繰り返していると、だんだんボーッとしてきて、かえって誤購入が増えそうです。
 マダムもそうやって端末を操作しているうちに、3日の夕方の、すでに買ってあるコンサートの券をもう一枚とってしまったのでした。それで私が同行することになったわけです。少し発券システムを考えたほうが良いと思います。
 その後、マダムに急な仕事が入って、その日のもっと早い時間帯のコンサートに行けなくなってしまいました。そこで、それも私が代わりに行くことにしました。
 ふたつのコンサートのあいだにはかなり時間があったので、その空白時間帯にひとつ、私自身で券を買いました。その時点では、もう残っているのは5千人ホールのものだけでしたが……
 そんなわけで、3日の午後、3つのコンサートのハシゴをしたのでした。
 まず最初は、マダムが買ったけれども行けなかった、「フォーレとその弟子」というタイトルのチェロ(フランソワ・サルク)とピアノ(ユーリ・フォヴァリン)のコンサート。タイトルどおり、フォーレと、その弟子であったラドミローのチェロソナタなどをメインとしたものでした。フォーレの弟子というとラヴェルが有名ですが、ラドミローというのは滅多に聴く機会がありません。私もはじめてでした。印象としては、おとなしくなったフォーレという感じで、ラヴェルの兄弟弟子だったとは信じられないほどです。ほぼロマン派の書法にとどまっている印象でした。あんまり聴く機会がないのもむべなるかなと思いました。
 それからAホールでのラムルー管弦楽団のコンサート。ドビュッシーの「海」「牧神の午後への前奏曲」、それにサティ「ジムノペディ」をドビュッシーが編曲したという珍しいものを演奏しました。指定された席に行こうとしたら、蜿蜒とエスカレーターを乗り継いで、ついには7階に相当する高さまで行って、中に入るとさらに天井近くまで階段を昇るはめになりました。1500円の安い席だと、こんな天井桟敷になってしまうのでした。オーケストラですから聞こえないことはないものの、やはり響きが遠くて、しばしば眠気を催してしまいました。
 次のコンサートまで時間が無かったので、エスカレーターで下りるのはやめて、エレベーターに乗りました。案外と盲点だったようでエレベーターはごく空いていました。
 最後はトリオ・ヴァンダラー根本雄伯(ホルン)のジョイントで、やはりフォーレのピアノトリオ、それにケクランの小曲を演奏していました。ケクランも日本ではあまり聴く機会がありませんが、だいたいドビュッシーと同世代の作曲家です。ただドビュッシーよりはるかに長生きしました。映画好きだったそうですが、本人の作風もどこか映画音楽を思わせるところがあります。
 演奏はもちろん好かったのですが、それよりも選曲が面白いと思いました。こういう、ややマニアックな選曲ができるのが、演奏者の側から見たこの種のイベントの利点と言えるかもしれません。それを考えると、やっぱり日本人奏者をもっと起用して貰いたいものだと祈念します。いろいろな曲をやってみたいのに、それではお客が呼べそうもないというので諦めて「愛の夢」だの「ツィゴイネルワイゼン」だのばかりやっている奏者は日本にも多いのです。この点「ゲーサイ」の頃は何しろ学生に過ぎないので、客入りなど考えず、ひたすらやりたいことをやっていて、それが楽しかったと思います。

 ──これこれのテーマに基づいて、40分くらいで好きなようにプログラムを組んでみてください。

 とオファーすれば、ギャラが安くても喜んで参加する演奏者は、日本国内でもいくらでも居るはずです。イベントとしての今後の課題は、発券システムの再検討と、国内奏者の割合を徐々に増やすことでしょう。それでこそ「ラ・フォル・ジュルネ」というフランスの田舎町発のイベントをコンセプトごと導入した意味が出てくるというものだと思うのです。


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Schimitch

(規模こそ比較になりませんが)私も大学で同様のイベントの企画に加わったことがあるので良く分かるのですが、こういう音楽・芸術イベントは、アーティストの選定など、細部にわたるまで明確なこだわり、かつ全体を貫く鮮明なビジョンがないと成立しないんですよね。それこそ主催者責任者レベルで。ただ「フランス音楽いいな」では五里霧中になるのが良く分かります。
今の日本は、残念ながら「有能な実務家にして高度な芸術愛好家」という人がいなさすぎるのかもしれません。
by Schimitch (2013-05-08 17:41) 

コンビニ作曲家MIC

#Schimitch様
逆に、漠然としたテーマのほうが企画しやすいということも言えるようで……(^_^;;
板橋のファミリー音楽会の企画に毎年携わっていますが、あまり明確なテーマを設けてしまうと、演奏曲目が揃わなかったり、出演希望者が集まらなかったりする場合があります。
わりとゆるいテーマを設定しておいて、出演希望者の演奏したい曲目をそこにこじつけてゆく、というやりかたのほうが、むしろ楽ではありますな。
テーマとの関連性などは、こじつけようと思えば、事実上どんな曲目でもこじつけられますので(笑)
まあ、ディレクターサイドの裁量次第ということになりそうです。
by コンビニ作曲家MIC (2013-05-10 08:39) 

Schimitch

ちょっと言い方を間違えたかもしれませんね。
「こじつけ」すれすれのやり方は私はむしろ大好きです。ただ、それを可能にするのは(自分でいうのもあれですが)企画者の力量次第です。

私が企画したのもフランス文化関係のイベントでしたが、「フランス関係なんらなんでもありやろ」と思って、ジャズサークルに「枯葉」(シャンソン由来のスタンダード)を演奏してもらいました。私にすれば知人の関係に声をかけただけですが、周囲は「そんなのがあったの」と驚いてました。
男声合唱に堀口大學「月下の一群」の合唱曲を歌ってもらう構想もありましたが、こっちは実現しないままでした。
by Schimitch (2013-05-10 21:42) 

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