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新幹線焼身自殺事件に思う [世の中]

 新幹線の列車の中でガソリンをかぶって焼身自殺をとげた老人が話題になっています。自分が焼身自殺するだけならともかく、女性がひとり巻き添えになって焼死しており、火傷を負った乗客も多数居たようで、なんともはた迷惑な爺さまであったとしか言いようがありません。
 列車のような細長い空間では、炎が前後に拡がるのも速いでしょう。しかも新幹線の車輌は在来線に較べて気密も高いし、またたく間に被害が拡がったのも当然です。
 また、新幹線では過去半世紀、列車火災はいちども起きていませんでした。その奇跡的な記録が、こんなことで途切れてしまったのは残念です。もちろんJRの有責事故というわけではなく、乗客の「放火」に遭ってしまっただけではありますが、それにしても火災に変わりはありません。
 老人はなんでそんなところで自殺をする気になったのか、いったい何をアピールしたかったのか、そのあたりはまだ明らかになっていないようです。ガソリンをあらかじめ用意していた以上、発作的な自殺とは言いがたく、自分の行為がどんな結果をもたらすかについては充分わかっていたことと思われます。
 「こんな世の中、もう壊れちまえばいいんだ! 死んでやる! みんな道連れだあ!」
 というような、厨二病っぽい自暴自棄状態に陥っていたのか、とにかく、いい齢をして分別のない爺さまです。

 老人の近所の人によると、
 「生活できない」
 とたびたび愚痴っていたそうです。
 「35年間払ってきたのに年金が24万円しか貰えない」
 と、年金の額に不満を持っていた様子。
 このニュースが伝えられるや、
 「は? いい加減にしろ」
 「24万あって何が不満なんだ」
 「手取り18万の俺と代わってやろうか?」
 等々、主に若い世代から一斉にブーイングが上がりました。
 もっとも年金というのは、2ヶ月ごとに支給されるものらしく、24万というのが月額なのか2ヶ月分なのか、まだ明らかになっていません。月額であるならば彼らの言うとおり、生活できない額ではなさそうです。
 35年間払ってきたというのですから、たぶん国民年金ではなく、厚生年金共済年金でしょう。71歳という年代からしても、年金のメリットが大きい世代であるはずで、厚生か共済を35年払い続けて月12万しか貰えないということはないような気がします。
 なお、私らより少し上の年代あたりから、年金のメリットはぐんぐん下がりはじめます。年金というのは、将来の自分のための積立貯金のようなものではなく、建前として「現在の若年層が」「現在の高齢者を」支援する形になっています。私たちが受給年齢に達した頃には、「その時点での若年層」の払い込む保険料が原資になっているわけで、決して私たちの「それまで払い込んできた保険料」が戻ってくるというものではありません。つまり、若年層が多い時代の受給者はたくさん貰え、若年層が少なくなった時代の受給者はろくに貰えないことになります。そして日本の若年層は年々減る一方ですから、貰える年金も世代を追うに従ってどんどん減ってゆく道理になります。
 (貰える年金)-(払い込んだ年金)がおおむねマイナスになりはじめるのが、1960年生まれあたりからであるようです。つまり私の世代ではもう、払い込んだほどの額を将来貰うことはできなくなるわけです。

 私は自由業なので、いちおう国民年金の保険料を払い続けていますが、正直言ってけっこう負担です。マダムとふたり分、年間40万円近くがこのために消えてゆくのはつらいものがあります。私のような仕事をしていると、収入は年によって大差があり、比較的楽なときもあれば、口座の残高が見る見る減ってゆくのを見てサスペンス映画そこのけの恐怖を覚えるときもあるわけですが、国民年金の保険料というのは所得税と違って、そういうことはまったく考慮されません。その年の収入が多かろうが少なかろうが、まるで知らぬ顔で40万円近くを吸い上げてゆきます。固定費と考えるしかありません。
 それで将来いくら貰えるのかと思えば、それこそ「年額」24万とかそんなものであるらしいので萎えそうになります。定年のない仕事なので、収入が年金だけになってしまうということは無さそうですが、長期入院でもすればもうアウトでしょう。マダムと私とふたり分貰えているうちはまだしも、私の死後マダムがどうやって生活するのだろうかと考えると不安でなりません。
 最近、お年寄りの死亡を届け出ず、白骨化するまで家の中に寝かせておいて、その分の年金を詐取していたという事件がいくつか明るみに出ましたが、冗談ごとでなく、そうでもするしかないのではないかという危惧が拭えないのでした。屍体を放置するのも年金を詐取するのも、犯罪には違いありませんが、私はどうもいちがいに批難する気にはなれないのです。

 さて新幹線の火だるま老人は、本当に生活できない状態だったのでしょうか。
 35年間、たぶん厚生年金か共済年金を払い込み続けたのだとしたら、まっとうにどこかの会社か役所に勤めて定年を迎えたということになるでしょう。まだ老人の家族構成などについては発表がありませんが(現在はひとり暮らしであったそうですが)、まっとうなサラリーマンをやりながら老後のための貯蓄も保険も何もしていなかったとしたら、それはそれで問題のある人物であったように思えます。普通なら退職金も貰っているはずです。
 ずっとひとりであったのか、妻子が居たこともあったのか、そのあたりによって状況も変わってくると思いますが、ともかく貯金は無かったのでしょう。つい最近まで清掃会社で働いていて(定年後の第二の職場でしょう)、それを辞めて収入が無くなったという話です。少なくとも清掃会社に居た頃はすでにひとり暮らしだったとして、それである程度の貯金もできないのかと疑問に思えてしまいます。できなかったのだとしたら、パチンコか競馬か、何かお金を際限なく吸い上げられるような趣味でもあったとしか考えられません。そうなると同情の余地は狭まってきます。
 24万円というのが、月額なのか、私たちが将来貰うような年額なのか、それとも2ヶ月額なのかによっても、この爺さまに対する感じかたはちがってくるかもしれません。月額なら確かに「何が不満なんだ」と言いたくなりますし、2ヶ月額なら少々苦しいものの、それを補う手段をこれまでまったく取ってこなかった不明を嗤われることになるでしょう。年額であれば確かに生活できる額ではありませんけれども、35年間厚生か共済の年金を払い込み続けて、71歳という年代で、年額24万円などということがあるのでしょうか?
 まあ、多少の同情の余地があったとしても、自殺に他人を巻き込む大迷惑な行為が正当化されるわけではありません。年金に不満があるなら、年金機構の建物の前でガソリンをかぶれば良かったのではないでしょうか。本当に、何を思って新幹線の中で焼身自殺を図ったのでしょうか?
 巻き添えを食って亡くなった女性、火傷した少なからぬ乗客、そして身勝手な爺さまのために列車火災を起こされたJR東海には、心からお悔やみを申し上げます。

 新幹線でも、危険物持ち込みについて飛行機並みの厳しいボディチェックをすべきではないか、という意見が早速上がってきています。
 日本の社会システムは、基本的には人々の「常識」を信用する形で作られています。最低限の常識を持ち合わせた人が利用するという前提で、安全が図られているのです。コスト的にもそれがいちばん妥当であることは言うまでもありません。
 ときどき現れる「非常識」な人の行動を想定してはいないわけです。
 かつては日本に限らず、どこの国だってそんなものでした。
 しかしUSAあたりから、「非常識」な利用者をも想定したシステムが作られはじめました。シャワーを浴びさせた猫を乾かそうとして電子レンジに入れ、死なせてしまった「非常識」な人が、

 ──マニュアルには、猫を電子レンジに入れてはいけないと書いていなかった。

 と言いがかりのような訴訟を起こし、しかも勝ってしまうという異常事態が起きては、人の「常識」や「善意」を前提としたシステムを見直さなければならないのもやむを得ません。
 電子レンジのマニュアルひとつとっても、まさかと思われるような禁止事項まで記載しなければならないので、おそろしく分厚くなります。「非常識」を前提にしたシステムというのは、きわめてコストが高く効率が悪いのです。
 日本も、「常識」システムで、これまでのところはおおむねうまく行っていました。しかしもう、それでは追っつかない時代になってしまっているのかもしれません。
 「非常識」システムでは、人は基本的に信用されず、誰もが潜在的な問題行動者、さらには犯罪者と疑われることになります。すでに個人情報関係などではそういう段階に入っていると思いますが、ぎすぎすしてイヤな社会であると私などは感じてしまいます。新幹線をその「非常識」システムに一歩踏み込ませたということになるなら、私はやはりこの爺さまを許す気にはなれません。なんてことをしてくれたんだと思います。
 皆様はどうお考えでしょうか。50年に一度現れた非常識な老人のために、新幹線の全駅にボディチェック装置を導入する必要はあるかどうか。今後はもしかしたら50年に一度どころではなくしょっちゅうこういうことが起こりかねないから、導入したほうが良いという考えかたも当然あるでしょう。人々の「常識」が信じられなくなっている顕れです。

 【後記】その後の報道で、老人の貰っていた年金は「2ヶ月に24万円」とわかりました。厚生年金や共済年金を35年間払い込み続けていたにしては、そして71歳という年代としては、妙に少ないようです。何かの理由で国民年金であったのでしょうか。
 貯蓄が無かったようであることについては、ずっと老母に仕送りを続けていたからであるらしいということですが、それにしても先のことを考えなさすぎであるようです。
 報道で出てくる写真は、草野球のユニフォームをつけた、無駄なほどに好い笑顔のものばかりです。思い込んだら一直線というタイプだったのかもしれません。(2015.7.2.)


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