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怪我の顛末 [日録]

 また少しあいだが空いてしまいました。実はちょっと個人的なアクシデントがあり、パソコンを使うのに手間取る状況だったのでした。
 この前の日曜日(14日)の午後、買い物をしようと自転車で出かけました。いつも通る道ではあり、何か起こる予感も何もありませんでした。
 家を出て2分足らず、何をどうしたのかまったく記憶にないのですが、どうも一瞬意識が飛んだようです。気づくと、うしろのほうから
 「あーっ、危ない!」
 という金切り声が聞こえ、次の瞬間ひどい衝撃を感じました。
 自分が電柱にぶつかったことを理解したのはすぐあとで、すぐに自転車を下りようとしましたが、足がふらついて地面に突っ伏しました。
 「大丈夫ですか?」
 さっきの金切り声の主らしき主婦が声をかけてきました。口のあたりから血が噴き出してきたのがわかりました。答えようとしましたが、口がうまく動きません。
 とにかく傷を押さえようとして、買い物バッグのなかを探りましたが、あいにくとタオルもティッシュペーパーも見当たりません。口まわりの傷は出血量が多いと聞きます。あとからあとから血が流れてきました。
 その主婦もティッシュペーパーなどを持っていなかったらしく、おろおろしていると、今度はクルマに乗った主婦が通りかかり、
 「どうしました?」
 と訊ねました。
 ちょうど一角がコインパーキングになっていたので、クルマの主婦はそこにマイカーを一時停止し(その程度のスペースはあった)、ティッシュペーパーをひとつかみ私に寄越してくれました。口元を押さえると、たちまち紙が真っ赤に濡れます。クルマの主婦は追加の紙をくれましたが、それで使いきったようで、あとはひたすら押さえているしかありません。
 ふたりの主婦のあいだで会話が交わされ、救急車を呼ぶことになりました。家がすぐ近くだから大丈夫、と私は言いかけましたが、家に帰ってもどうにかなるものではなさそうだし、日曜のこととてどこの医者が開いているのかもわかりません。
 クルマの主婦が携帯電話で救急車を呼んでくれました。消防署はすぐ近くにあるはずなのに、けっこう時間がかかりました。あとでわかりましたが、すぐ近くの南消防署ではなく、だいぶ離れた横曽根分署というところから出てきたようです。
 救急隊員がひとまず止血を試みてくれました。少し圧迫してガーゼを当てます。
 それからが厄介で、まず最近扱いが厳しくなったとかで、自転車で電柱にぶつかっただけといえども交通事故ということになり、警察を呼ぶはめになりました。その現場検証が済まないと出発できないようです。しかも、いちおう物損事故として、東京電力にも通報しないとならないそうな。
 幸い警官はすぐ来てくれて、話もすぐ済んだようでした。その間、別の救急隊員が受け入れてくれる病院を探します。
 わりに近い総合病院で、何度かお世話にもなったK総合病院は、残念ながら休日待機医が内科の先生だけだったらしく、今回の場合は無理。次に連絡したB病院で受け入れてくれることが決まりました。新郷地区のあたりで、ピアノ教室に自転車やバスで行くときに近くを通ったりしますが、家からは少々遠い病院です。
 事故現場から家がごく近いことを言うと、一旦帰宅して、健康保険証やお金を持ってくることになりました。救急搬送の場合、病院の会計はひとまず預かり金を出して後日精算というのが普通なのですが、住所などを証明できたほうが良いので、やはり保険証は必要だとのことです。
 救急車に乗って家に寄りました。サイレンは鳴らしているので、あたりに居た人たちが驚いて見ています。その中を下りてゆくのは、なんとなく気はずかしいものがありました。なお、自転車も救急車に乗せて運んでくれました。
 ポケットから家の鍵を取り出すとき、左手の人差し指の付け根がひどく痛みました。さっきかた痛んではいたのですが、衝突したときにどこかにぶつけたようです。ひょっとすると骨折しているかもしれない、と不安になりました。
 マダムは所用から実家へ帰る予定で、この午後は不在でした。保険証を持ち、財布に紙幣を入れ、それからだいぶ血しぶきを浴びていた服を着替えましたが、そんなことをしているうちにまた出血がはじまり、床にボタボタと血が落ちました。せっかく着替えた服が、また血に染まってしまいましたが、それ以上のんびりしてはいられません。
 鍵をかけて救急車に戻りました。こういう怪我の場合、横にならないほうが楽だろうと救急隊員に言われ、長椅子に腰をかけて病院への到着を待ちます。
 救急車で搬送されるのは生涯2度目です。20年あまり前に、尿管結石ができて朝早く七転八倒し、たまたま居合わせた母に呼んで貰いました。母も動顛し、受話器を手に持ったまま、
 「救急車って何番だっけ?」
 と愚問を発していたものでした。
 ほどなくしてB病院に到着しました。私は別にストレッチャーに乗せられることなく、歩いて外科の診療室に向かいました。

 一旦診療室に入りましたが、先にレントゲン撮影をおこなうことになり、放射線科の部屋に移動します。
 付き添いが誰も居なかったせいか、救急隊員が一緒に付いてきてくれました。確かに病院での移動途中で倒れたりしたらえらいことです。
 指と、打撲した膝のX線写真を撮り、外科の診療室に戻りました。
 かなり若い、少々チャラい雰囲気もある休日待機医がやってきて、唇を縫合しました。何針縫ったのかよくわかりませんが、表側が約1センチ、裏側が1センチ半ほどの挫創であった様子です。
 いままで触れていませんでしたが、前歯も1本折れています。この前歯は以前から少し欠けていて、いずれなんとかしなければならないところだったので、むしろすっぱり折れてくれて諦めがついたみたいなものです。歯については救急では対処せず、後日歯医者へ行ってください、と救急隊員から言われていました。唇の傷が治らないと、前歯の治療は難しそうです。ともあれ、その折れた歯が、電柱にぶつかったときに唇を突き破ったようなことであったらしいのでした。
 左手の人差し指は、やはり折れていたとのことでした。大仰なギプスをつけられました。親指以外は満足に動かせないようなギプスです。
 その日はそれだけでした。消毒薬や鎮痛剤を貰い、預かり金を渡して、近くのバス停からバスに乗って帰りました。マダムにいきさつを伝えないわけにもゆかず、バスの中で携帯電話でメールを打ちました。私はいつも、左手で携帯電話のボタンを押す癖になっているため、右手でメールを打つのにやや難儀しました。マダムは用事を終えて実家へ向かうところでしたが、すぐに帰ると返事が来ました。義父母が残念がるだろうからそのまま実家へ行っても良いのに、とそのときは思いましたが、やはり左手がギプスで固められていると何かと不便で、帰ってきてくれて良かったとあとで実感しました。

 翌15日(月)、もういちどちゃんとした診察を受けるようにと言われていたので、B病院の別院であるクリニックに出かけました。診療開始は9時、受付は8時からで、バスで川口駅から20分ほどかかります。7時半という、普段の私ならまだ寝ている時刻に家を出ました。この日はゴミ収集があり、私は出る前に家のゴミを集める余裕がなかったのですが、マダムがやっておいてくれました。やはり居てくれて助かります。
 クリニックの待合室はすでに人で賑わっています。受付を済まして外科の外で待っていると、問診票を書くように言われました。1枚書いて窓口に渡すと、少し経ってまた呼ばれました。外科用(唇)と整形外科用(指)の2枚記入しなければならなかったのでした。書くことはほとんど同じです。こんなもの共有できないのだろうか、と思いました。
 先に整形外科に呼ばれます。わりに男前な感じの女医が、
 「ああ、こんな大きなものつけなくて良いんで」
 と言い、あっさりギプスを外して、人差し指に沿わせた副木に取り替えました。見た感じもずいぶん軽そうになります。何よりも、人差し指以外の指は動かせるようになったので、いろいろ助かりそうです。
 「来週、もういちどレントゲン撮りますんで、来てください」
 整形外科の診療はそれだけでした。ナースが包帯を巻いてくれましたが、包帯の巻きかたは昨日のギプスよりも難しそうです。
 「家では巻けなさそうですね」
 と言ったら、ナースは
 「包帯を取り替えるだけでも、気軽にいらしてください」
 と笑いました。家から近ければそうするんですけどね。
 しばらく待って、外科のほうに呼ばれます。そちらのナースが、いきなりさっき巻いたばかりの左手の包帯をほどきだしたのでびっくりしました。すぐに勘違いとわかり、ナースは照れ隠しなのか
 「道理で、ずいぶんきれいに巻いてあると思いました」
 などと言っていました。
 唇のほうは、特にあらたな処置は無く、注意事項だけ伝えられました。歯が唇を貫通してしまったので案外と傷が深く、表面だけ縫ったに過ぎないので、とにかく消毒殺菌を心がけて感染症などを防ぐようにとのことでした。こまめなイソジンによるうがいと、抗生物質の軟膏を忘れずに塗るのが大切であるようです。
 この日はそれで終わりで、会計で救急処置分を合わせた精算をしました。意外と高かったので憮然としました。あとで聞くと、縫った針数で値段が決まってくるそうです。
 どちらの科も、1週間後に様子を見るということで、また次の月曜に行かなければなりません。

 そんなわけで不自由な生活になりました。人差し指以外は使えるとはいえ、ものを支えたりひっぱったりするときには力が入りません。爪を切ることだけは、かろうじて親指と薬指を使って可能でしたが、店売りのサラダなどについている、調味料の入った小袋を開けることもままならないのでした。
 それより難儀なのは、パソコンのキーボードです。指の定位置が使えなくなっているのはもちろんですが、副木の当てられた人差し指がなんとも邪魔なのです。勝手にスペースキーを押してしまっていたりします。
 それでもパソコンを使わなければならない、差し迫った仕事がいくつもありましたので、普段よりも時間がかかることを勘案して、より仕事に没頭しました。幸い、マダムが大変協力的で、いつも私の役目になっている家事などをずいぶん肩代わりしてくれ、おかげで仕事に宛てられる時間も増えました。
 結果、文章を打つのは依然としてやりにくさがありますが(この日誌もよくここまで書けたものです)、finaleで楽譜を作る作業は、かなり習熟しました。怪我以来、立て続けに4つくらいの譜面作成をこなしましたから、むしろいつもよりハイペースなほどです。左手でやっていた操作を右手に受け持たせるのは確かに大変でしたが、動きが慎重になった分イージーミスが減ったようでもあります。
 非常に幸いなことに、今週は外に出る仕事がほとんどありませんでした。クリニックへ行った月曜日は、午後に予定がありましたが、なんとか繰り合わせのつくことだったのでキャンセルしました。あとは火曜のコーロ・ステラも、金曜のクール・アルエットも今週は行かなくて良い日で、パソコン仕事にはいそしんでいましたが、けっこう静養できたような気がします。来週は忙しくなりますが。
 指はどのくらいで治るのか気になります。調べてみましたが、折れかたや本人の体調などによって非常にまちまちで、相場などは無さそうでした。前に足の甲を骨折したときは6週間ほどかかりましたが、常に体重のかかる足とは条件が違うでしょう。むかし手首を折ったこともありますが、骨の太さその他が全然違いますから、これも参考にはならなさそうです。
 唇のほうは、表側はほとんど治りかけてきた感じで、かさぶたみたいなのが浮いてきましたが、裏側がまだ心許ないようです。化膿などはしてきていないと思いますが、油断せずにイソジンうがいを繰り返すしかないでしょう。
 何しろ誰のせいにもしようのない、全く自分の責任であるマヌケな事故で、その影響による不利益は甘受するほかないのですが、早く良くならないものかと念じています。

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コメント 4

Pague

お隣りで歌ってるIさんの坊っちゃんは、通学途中に一瞬ウトウトして、電柱にぶつかり、顔がおいわさんみたいになったそうです。早く治るといいね。お大事に!
by Pague (2018-10-20 00:45) 

phaos

随分と大変な目にあわれていたようですね。
僕は先日放っておいた歯が痛んで歯医者に行きましたし, どうも調子が悪いと思って母の血圧計を使って血圧を測ったら, 随分高くてしばらく寝ていなければいけなかったりしましたよ。
お互い大分歳なので, 色々気を付けましょう。
ではまた。
by phaos (2018-10-20 12:48) 

hasshie

大変でしたね。しばらく睡眠不足でも続いていたのでしょうか。或いはパソコンのやりすぎでも結構立ちくらみみたいになることもありますからそちらも影響があったのでしょうかね。
しばらくは不自由が続きますが仕方のないところですね。お大事に!
by hasshie (2018-10-22 13:27) 

コンビニ作曲家MIC

#Pague様、phaos先生、hasshie様
皆様、お見舞いコメントありがとうございます。m(_ _)m
なんとも面目ない次第で、あちこちに迷惑をかけております。
1週間後にもういちどレントゲンを撮って診察を受けました。
そしたら、もう1週したら指の副木を外すと言われました。
手首や足の甲を折ったときに較べ、意外と早いので驚きました。
by コンビニ作曲家MIC (2018-10-23 11:22) 

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