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ラオス大水害 [世の中]

 西日本の水害も大変でしたが、ラオスで起こった大水害にもびっくりです。
 驚くべき広域が泥水でいっぱいになっている航空写真は衝撃的でした。また、家がほとんど水没し、屋根だけ顔を出しているところに、何人もの被災者が登って救助を待っている写真がたくさん公表されています。舟でもないと動くに動けません。当然ながら食糧も無いし、飲用水もありません。水はいやになるほどありますが、文字どおりの泥水で、とても飲めたものではないでしょう。無理に飲んだら赤痢にでもかかりそうです。
 日本のような迅速な災害対応ができるところでもなさそうです。すでに数万人が住むところを無くし、死者や行方不明者も日々増え続けています。水害の行方不明者というのは、ほとんど生存の可能性が無いとも言われています。なんとか一刻も早い救援が待たれます。
 上流のほうにあった水力発電用のダムが決壊したのが原因だそうです。ダムは韓国企業が請け負って建設していました。韓国・ラオス・タイの合弁会社であったようですが、実際の建設に携わっていたのは韓国企業だけだったようです。
 このダムが、手抜き工事だったのではないかと疑われています。実際ラオス政府はそのような発表をしており、韓国からの調査隊の入国を拒絶しているとのこと。4人の先遣隊だけ受け容れています。手抜き工事の証拠隠滅を謀られるのではないかと心配した可能性もあります。

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炎熱の列島 [世の中]

 暑い日が続きます。昨日(23日)などは全国各地で観測史上最高気温をマークし、テレビなどでは「歴史的な日」とまで言われていました。
 私の子供の頃から、長いこと日本最高気温は、昭和8年1933年)に山形市でマークされた40.8度ということになっていました。70年以上にわたって、この記録は不動の一位であり続けました。まあ、戦争中の最後の1、2年は気象記録自体が機密扱いになっていたので、もしかしたらそのあいだにこれ以上の暑さになったことがあったかもしれませんが。
 それが、平成19年2007年)に至って、熊谷多治見で同時にこの記録が塗り替えられ、40.9度が最高気温となりました。さらに平成25年2013年)には高知県の四万十市41.0度の大台に乗ってしまいました。
 そして昨日、またも熊谷で軽々と新記録が出ました。41.1度です。74年間破られなかった山形の記録が、ひとたび破られるや、そのあとは5、6年ごとに塗り替えられているわけです。
 しかし熊谷はまだ、もとから暑い土地として有名でしたが、東京都内で40度以上をマークする日が来るとは思いませんでした。青梅市で、かつての山形記録とタイである40.8度が記録されたのです。青梅は東京都の市ではもっとも標高も高いし、都心からはだいぶ離れているので、都会のヒートアイランド現象とは関係が無さそうです。むしろ普通であれば、23区内なんかよりも2、3度低そうで、過ごしやすいだろうと思えるほどです。ただ言ってみれば山に挟まれた谷底みたいな土地なので、空気が抜けにくく淀みやすいということはあったのかもしれません。要するに熱気がたまってしまったのでしょう。

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地震と水害 [世の中]

 このところ自分の用事にかまけていて、関西の地震やら西日本の大水害やらについてまったくコメントしておりませんでした。遅ればせながら、亡くなられたかたがたにはご冥福をお祈りし、被害に遭われたかたには心よりお見舞いを申し上げます。
 地震については、もはや日本の中で、ここなら大丈夫と言える場所は無いと考えたほうが良いように思います。一昨年の熊本地震もそうでしたが、

 ──まさかこの地域ではそんなに大きな地震は起こらないだろう。

 と思われていたところで、平気で大揺れがくることが最近増えている気がします。日本列島自体が3つだか4つだかのプレートの境目に乗っかっている以上、どこに住んでいようと地震に遭うことは避けられないでしょう。地震を制御することは、現在の人類の智慧ではまだ不可能です。
 しかし、「大地震」を「大震災」にしないための工夫はできると信じたいところです。実際のところ、東日本大震災だって、津波さえ来なければほとんど死者は出なかったと考えられるのです。私は当時、「震災」ではなく「津災(しんさい)という名称を提案しました。まあ、沿岸部では大地震のときに「津波さえ来なければ」などと言ってみても仕方のないことかもしれませんが、よりによって千年に一度というほどの大津波が発生してしまったのはやはり不運だったと言えるでしょう。これが百年に一度程度の規模であれば、助かった命も多かったのではないでしょうか。

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コーロ・ステラ第10回演奏会 [日録]

 コーロ・ステラ第10回演奏会がありました。
 2年にいちど、律儀に開催しています。第1回を開催するまでには3年かかっているので、今年で設立21年ということになります。私の母の仲間たちが集まって結成したくらいなもので、もとからそんなに若いメンバーの合唱団というわけではなかったのに、よくぞ続いているものだという気がします。
 結成に際して少々トラブルがあったことと関連して、私も最初から薄く関わっては居たのですが、本格的に関わり始めたのはメイン指導者である松永知子さんが産休をとったときに、代役で指導を務めたときからの話です。全面的に代行したのではなく、確か4ステージ中3ステージ分を受け持つという形ではなかったかと思います。その産休で生まれた男の子が、もうとっくに声変わりして、両親より背も高くなっているのですから、時の経つのはまったく速いものです。
 産休のときに団員にもお世話になったというので、松永さんが詩を書き、それに私が作曲したのが「ステラの四季」という、まあいわば団歌で、2004年の第3回演奏会でお披露目され、以後毎回、演奏会の幕開きで演奏しています。「四季」というタイトルのとおり、それぞれ春夏秋冬を歌った4番まである曲で、初お披露目の際には全曲演奏しましたが、長いので2度め以降は春と夏の2番までということになっています。コーロ・ステラの演奏会は毎回夏に開催されているので、その点からも夏までで切るのは妥当と言えそうです。
 実は、長いことつきあってきて、私がコーロ・ステラのために書いた曲はこの「ステラの四季」だけでした。私の作品としては『移る季節』『一輪ざしの四季』を歌ったことがありますが、いずれも他の合唱団のために書いたものです。また編曲ものは毎回のように作って居るものの、オリジナル曲を作ったことは無かったのです。

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早い梅雨明け [世の中]

 観測史上初めての、6月中の梅雨明けということで、この週末は実に暑かったですね。また猛暑が訪れるのかと思うとうんざりします。
 平年の関東地方の梅雨明けは7月21日頃だそうですから、今年の梅雨明け(6月29日)はそれより3週間以上早いということになります。去年も比較的早かったのですが、それでも7月8日でした。
 そうは言っても、今週の水曜くらいからはまた雨模様になるようで、それがまたしばらく続くようです。梅雨明けなんて嘘じゃないのかと言いたくなりますが、梅雨明けというのは雨が降らなくなるということではなく、梅雨前線が行ってしまったということなので、たぶん水曜からの雨は、梅雨とは違うタイプの降りかたということなのでしょう。
 また、早い夏の訪れということで、またぞろ温暖化の影響がどうとか言い出す人が出てきそうです。アメリカの西海岸などは平年より気温が低いそうですから、全地球的に見れば温暖化しているとは言えなさそうです。とはいえ、局地的現象としてのヒートアイランド化は、特に首都圏では確実に進んでいると思います。
 実際、陽が暮れてから外出したりすると、なんとも曰く言い難いような匂いを感じることがよくあります。熱帯を旅したときなどに、夜によく漂っている、藻を積み重ねたような、潮が混ざったような、一種青臭いような生臭いような匂いで、この匂いに接すると、ああおれはいま南国に居るんだなあと実感したりします。その独特の匂いが、近年の東京でもしばしば感じられるのでした。

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