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赤字線の存廃 [世の中]

 昨日(7月28日)、JR東日本が、利用者減が特に著しい地方路線などの収支をはじめて公表しました。
 国鉄時代、とりわけ赤字が深刻になってからは、毎年公表されていたデータです。北海道の美幸線やら九州の添田線など、「収支ワースト線区」の常連で、美深町の町長が東京にやってきて、

 ──日本一の赤字線・美幸線に乗って、秘境松山湿原へ行こう!

 などとキャンペーンを張ったりしていました。キャンペーンの甲斐があったのかどうか知りませんが、ある年にワーストでなくなったことがあり、そうすると町長は、

 ──今年はどうやってアピールしたものか。

 と悩んでいたとのことです。ともかく、そんな話があったくらいですから、末期の国鉄の線区別収支が毎年公表されていたのは間違いありません。利用者とか沿線住民の側は、その収支係数(100円稼ぐのにいくら必要経費がかかっているかの数値)を見て、このままでは赤字線として廃止されてしまう、などと一喜一憂していたものでした。
 まあ国鉄時代の赤字というのは度を越していて、たとえば昭和54年度のデータを見ると、収支係数が100未満、すなわち黒字になっている路線というのは、たったこれしかありませんでした。

 ・東海道・山陽新幹線 収支係数57
 ・山手線 収支係数48
 ・高崎線 収支係数78
 ・総武本線 収支係数83
 ・根岸線 収支係数86
 ・大阪環状線 収支係数89
 ・横浜線 収支係数99

 このほかは中央本線が収支係数100、つまりかろうじて収支とんとんでしたが、あとは全部赤字線です。このときはまだ東北新幹線上越新幹線はできていませんでした。
 中には収支係数1000超えという路線もあり、そんなのはすべて特定地方交通線に分類されて、現在では廃止されてしまっています。唯一の例外は、その後予讃線の新線の一部に組み込まれた内子線くらいです。この路線は収支係数1214、輸送密度も750と、どこからどう見ても廃止対象となりそうなところだったのですが、すでに予讃線の一部になることが決まっていたので見逃されたのでした。

 それが分割民営化されて、どの線区も劇的に収支が改善されたのでした。大赤字になりそうな路線はすでに廃止、もしくは第三セクター化しており、それまでの累積赤字は国鉄清算事業団という別組織がかぶってくれることになったおかげではありましたが、「親方日の丸」から民営会社になると、これほどまでに効率が良くなるものなのかとみんな驚きました。
 ただし、それまで毎年発表されていた、線区ごとの収支については、公表しなくなりました。民営になった以上、公表する義務は無くなったとも言えるのですが、公表することでまた赤字線区の廃止圧力が高まることを忌避したという面もあったかと思われます。あまりにひどいところは切り捨てたものの、まだまだ赤字線はたくさんあったのです。儲かっている路線の収益でそれら赤字線の運営を続けることになるわけですが、それだと山手線とか大阪環状線のような路線の利用者が、

 ──なんでおれたちが赤字線の維持のための金を払わなきゃならないんだ。

 と文句を言ってくるかもしれません。普通の営利企業と異なり、インフラを形成している企業の場合は、どうしても避けられない問題です。
 会社全体の収支は法人組織である以上公表せざるを得ませんが、線区ごとの収支の公表は、そんなわけで無くなりました。鉄道ライターのかたがたの仕事にやや支障が出たようですが、まあやむを得ないことでしょう。
 ただ、分割民営化から35年を経た現在、少子化コロナ禍の影響もあって、ふたたび赤字線廃止の問題がクローズアップされてきています。実際に、国鉄改革のときの怒涛の廃止ラッシュを生き延びたにもかかわらず、すでに廃止された線区もいくつも出ています。年々の線区ごと収支が公表されていないので、廃止の話も、唐突感を覚えるものになりました。

 ──えっ、そんなに経営状態が悪かったのか?

 と、廃止が伝えられて急に驚くみたいなことが増えた気がします。
 国鉄改革のときとは違い、路線名ごとではなく、部分的廃止ということも可能になりました。JR西日本可部線の部分廃止、JR北海道石勝線夕張枝線廃止など、尖端や枝線が無くなったところも少なくありません。JR北海道ではそのほかにも、札沼線・留萌本線・日高本線などが尖端をちょん切られ、短くなってしまいました。
 国鉄改革後に線区ごと無くなってしまった路線としては、JR北海道では深名線、JR東日本では岩泉線、JR西日本では三江線があります。まあこれらはいずれも、国鉄改革のときの基準に照らせば、収支係数でも輸送密度でも不合格で、ただ「並行する道路の整備がおこなわれておらず代替交通機関が無い」という理由で残されていた路線ですので、道路が整備されてしまえばそれまでの命運ではありましたが。
 JR北海道は、5年ほど前に「自力では維持不能な区間」というのを公表しました。地方自治体や道庁、国などからの補助が得られない限り鉄道を維持できないというところで、これについては私も考えてみたことがあります。実のところ現在残っている路線の大半がこれに相当してしまったようで、仮にどこの自治体も官庁も補助金を出さず、JR北海道の言い分が全部通ったとすると、北海道の鉄路は壊滅的にスカスカになってしまうことがわかりました。稚内にも網走にも根室にも、さらには富良野なんて観光拠点までも、列車がまったく行かなくなってしまうのです。
 そして恐ろしいことに、富良野は別として、稚内も網走も根室も、案外素直に廃線に同意してしまいかねない懸念が、北海道の場合には拭いきれないのでした。財政が苦しくて補助金を出す余裕は無いし、どうせ住民もさほど鉄道など利用していないのだから、公共交通機関としてはバスがあれば充分ではないか、というわけです。
 同じように考えてちほく高原鉄道(元国鉄池北線)の廃止に同意した陸別足寄といった町が、いざ廃線してみると想像以上に訪れる人が減ってしまい、心の底から後悔しているという話もあるのですが、関係者にはあまり響いているようでもありません。

 今回のJR東日本の公表は、JR北海道のなかば恫喝めいた「維持不能区間」発表とは違って、とりあえず当分は廃止することは考えていないと言っていますが、今後の経営状態によってはどうなるかわかったものではありません。全路線の収支を公表したわけではなく、輸送密度2000人未満の区間に限って、路線別にではなく区間別に発表したものです。
 それなりに長い路線であれば、混む区間もあれば閑散とした区間もあるのがあたりまえであって、その中から閑散区間だけを切り出せば、惨憺たる数字になるのは眼に見えています。その区間を廃止して路線をちょん切ってしまったりしては、利便性が無くなってほかの部分も利用されなくなるわけですから、廃線を念頭に置いた公表でないのは確かです。しかし公表することで、沿線自治体などの危機感を喚起したいというような気持ちはあったのではないかと思います。
 たとえば赤字額で第1位・第3位となっていた羽越本線は、雪の多い地域ということで除雪費用や保線費用がかさむでしょうから、当然の結果とも言えます。額が大きいのは長い路線だからで、現に収支係数のほうではワースト上位に入っていません。ここで区切られた第1位の村上鶴岡間、第3位の酒田羽後本荘間は、確かに赤字になりそうな区間ですけれども、新潟附近や秋田附近ではそれなりの稼ぎも出ているはずで、路線全体としての収支は、赤字ではあってもそこまで深刻ではないことが予想されます。
 奥羽本線東能代大館間(第2位)、大館弘前間(第4位)も、赤字の主要因は除雪・保線費でしょう。羽越本線の例と同様、特急が突っ走る区間でもありますから、鈍足のローカル線よりも念入りに保線をする必要があるのも見やすい道理です。これらは、額は大きくとも率としてはそれほどでもないと見るのが妥当だと思います。
 第5位に、津軽線青森中小国間が入っています。実は津軽線というのはこれだけではなく、中小国三厩という区間がありますが、そちらは尖端部分で、当然ながら収支はさらに悪いと思われますが、ここにはリストアップされていません。
 これは明らかに、新幹線のしわ寄せでしょう。新幹線が通るまで、青森~中小国間は青函トンネルのアクセス線として大活躍でした。特急がばんばん通り、そのために電化もされ、レールも太いものに付け替えられ、駅も改装されたのです。それが新幹線が通ることでお役御免となり、もとのローカル線に戻ってしまいました。当然ながら、電化も太いレール立派な駅舎も、こうなっては過剰な設備となり、維持のために赤字を垂れ流すだけということになってしまったのでした。ここなどは非電化に戻したほうが良いように思います。
 いずれにしろ、赤字額というのは状況によっていかようにも変わるものですし、雪の多い地域が多くなるのは当然、また颱風などの影響で不通になりでもしたらたちまちふくれ上がります。一般の利用者にとって、それほど気にすべきところとは言えません。
 より切実なのは、収支のほうです。こちらは「率」ですので、基本的に年による変動がそんなにあるものではなく、構造的なものをあらためないと、なかなか改善される方向にはゆきません。

 今回「収支率」として最悪だったのは、久留里線久留里上総亀山間です。ここは収支率が0.6%、国鉄時代の収支係数に換算すればなんと15600あまりで、とてつもない大赤字と言えます。青森とか岩手とかではなく、首都圏である千葉県内にこんなところがあるというので、驚いた人も多く、ニュースのヘッドラインにもなりました。
 しかし、実はそんなに大騒ぎするような話ではありません。久留里線は内房線木更津から分岐して山のほうに分け入ってゆく路線で、起点から22.6キロにある久留里がいわば最奥の大きな集落であり、そこまでは1~2時間おきに列車が走っています。問題となっている久留里~上総亀山間というのはその先の9.6キロの区間で、ほとんど山の中です。大した集落も無く、沿線人口も非常に希薄であり、利用者がきわめて少ないというのは見るからにわかります。終点の上総亀山の一日の乗降客は、最後の統計があった2012年にわずか90人(それ以降は無人駅となったので統計無し)で、ほとんど鉄道である必要が無いくらいのところです。
 木更津から久留里までは一日17往復の列車が走りますが、久留里から上総亀山までは8往復半と半減しています。せっかく久留里まで走ったのだから、ちょっと足を延ばして上総亀山まで寄ってこようか、といった感じの走りかたであって、この区間だけを切り取って大赤字を云々しても仕方がない気がします。可部線のように、大赤字区間の距離が長くて全体の収支に悪影響を及ぼす……というようなこともなさそうです。
 ほかのワースト区間は、盲腸線ではなく、通り抜け路線の一部ですので、そこだけ取り出して論ずる意味はさらに無くなります。そのほとんどは、県境をまたいだ区間で、そういうところの乗車率が低くなっているのは、鈍行旅行をしていると意識しなくともわかります。新幹線や特急に乗っているとぴんときませんが、県境を越えての輸送需要というのは、意外なほど少ないのです。
 それに加えて県境は山越えというところが多く、東北地方や信越地方であれば、除雪費がかさむのも当然で、収支が悪くなるのも必然と言えるでしょう。
 盲腸線の先っぽだけ廃止するというのなら影響も少ないかもしれませんが、通り抜け路線の一部を廃止するということになると、その両側に盲腸線がふたつできることになり、それまでの通り抜け利用客も利用しなくなります。つまり経営悪化に拍車がかかる一方です。通り抜け路線の場合は、あくまで路線全体で収支を考えるべきでしょう。
 JR東日本の発表では、35の地方交通線がすべて赤字であるということにも触れられていました。時刻表の索引地図で数えたり、Wikipediaを参照したりしたところJR東日本の地方交通線は32であるようですが、津軽線八高線のように電化区間と非電化区間が混在しているところや、水郡線のように枝線があるところは別に数えているのかもしれません。この例示を加えると35になります。
 もっとも、上に書いたように、国鉄時代には幹線系でさえほとんどの路線が赤字だったのですから、ずいぶん良くなったとは言えそうです。さらにJR東日本は東北・上越の両新幹線、北陸新幹線上越妙高までを持っており、これらはドル箱路線であるはずです。新幹線と幹線系在来線の黒字で、地方交通線の赤字を埋めきれているかどうかが問題なのであって、埋めきれないのなら廃線というプランも俎上に上がってくるかもしれませんが、いまのところは「廃線ということは考えていない」というJR東日本幹部の言葉は信じられるものであり、かつ妥当でもあるように思えます。

 今回の公表は、利用者に対してと言うよりも、やはり周辺の市町村や関係する県などへのアピールであろうと推測されます。少しは自分のこととして考えてくれ、というところでしょう。
 先日も、2011年に豪雨により寸断されて以来、長らく不通になっていた只見線只見会津川口間の復旧に際して、上下分離方式になったことが話題になりました。只見線も大赤字線のひとつですし、問題の区間は県境でこそないものの、山間部で輸送密度の低いあたりでした。JR東日本としては自社による復旧は二の足を踏むような区間であったわけです。それで、インフラとしての線路の復旧と、今後の所有は福島県がおこなうことにし、JR東日本は福島県から線路を借りて列車だけ走らせるという取り決めになったのでした。
 言い換えると、福島県が只見~会津川口間の第三種鉄道事業者、JR東日本は同区間の第二種鉄道事業者ということになったわけです。
 只見線については、全線がつながっていてこそ機能を発揮するなどというのは幻想だ、JRの提案したバス転換こそが現実的だ……とする、包括外部監査委員会の提言がありましたが、それでもなお鉄路の復活に固執した福島県は、さすがは東北地方だという感嘆を抱かざるを得ませんでした。東北地方は、全国の中でも鉄道に対する想い入れが深い地域であり、国鉄改革のときの廃止対象路線も、そのほとんどが第三セクターとして残されています。また、東日本大震災で被害を受けた大船渡線気仙沼線の復活についても、

 ──鉄道の形で復活させる必要はあるのか。現状のBRT(バス高速輸送システム)で充分ではないか。

 という国土交通省の役人の放言に、深い憤りを示しています。
 鉄道という、インフラの根幹を為すようなシステムの全体を私企業に任せてしまうというのは、確かに過重ではないかという気がします。線路や駅などの設備と、列車の運行とを、別々の組織の管轄にする、いわゆる上下分離方式は、すでに都市部などではごくあたりまえに見られるようになっています。
 関東地方でこの上下分離方式にいちばん縁があるのは京成電鉄でしょうか。成田スカイアクセス線はすべて他社所有の線路を走っています(高砂小室北総鉄道小室印旛日本医大千葉ニュータウン鉄道印旛日本医大成田空港高速鉄道アクセス接続点成田高速鉄道アクセス成田高速鉄道アクセス接続点成田空港第1ターミナル成田空港高速鉄道)。また東成田芝山千代田間も芝山鉄道に乗り入れています。
 北総鉄道と芝山鉄道は、自社所属の列車もある第一種事業者ですので、時刻表や地図の上でも社名が明記されていますが、第三種事業者は表に名前が出ないことが多く、いま走っている線路が別会社のものだとはなかなかわかりづらかったりします。
 第二種事業者として国内でいちばん大規模なのは言うまでも無くJR貨物です。JR貨物を分けたときに、私は国鉄の夜行列車部門なども分ければ良かったと思っています。そうしておけば、現在のような夜行列車壊滅という状況にはなっていなかったでしょう。
 ともあれ、今後は各民鉄はもちろん、JRにおいても、上下分離方式が増えてくることでしょう。線路は都道府県や市町村が、その土地のインフラとして敷設・整備し、鉄道会社はそのインフラを借りて列車を運行させるということになります。実は路線バスは道路の使用料などは支払っていないので、これでもまだ列車のほうが不利なのですが、それでも自前で線路を敷き、維持に心を砕くということが無くて済むのは、ずいぶんありがたいことではないでしょうか。
 もちろん、周辺自治体にとっての負担は大きなものがあります。しかし、そこにある線路が「自分たちのもの」であるという意識が生まれるのは、非常に重要だと思います。
 「ローカル線という希望」という本の読後感を書いたことがありますが、廃止寸前かと思われた地方の弱小民鉄が、沿線住民を巻き込み、「われらの鉄道」という意識を持って貰うことで再生を図り成功しかけているという内容でした。鉄道という交通機関そのものは、長距離では飛行機に、近場の利便性ではクルマにかなわず、少なくともかつてのようなメインストリームにはなりえなくなっている存在です。しかし、各地域のインフラのひとつとして再定義することで、まだまだいかようにも成り立ちうるものなのではないか、と私は思います。
 JR東日本の赤字線区公表が、地方自治体に、そうしたことを考えさせるきっかけとなれば良いと念ずる次第です。

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