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承知しました [いろいろ]

 最近、命令や依頼、打診などを受けたときに、
 「承知しました」
 と答えている人が多いような気がします。
 この「承知しました」に、どうにも違和感を覚えてなりません。
 思い返せば、最初に気になったのが、マダムが見ていた「家政婦のミタ」なるテレビドラマで、松嶋菜々子演じる無表情な家政婦が、雇い主から言いつけられたことに対し、いつも
 「承知しました」
 と言っていたあたりではなかったかと思います。
 雇い主に対してそんな言いかたをするか?……と、いちいち耳障りでした。
 私の感覚だと、この場合、家政婦のような立場の人なら「かしこまりました」もしくは「承りました」と答えるべきだと思われるのです。「承知しました」という言いかたには、どこか、
 「引き受けてやろうじゃないか。まあ任せておきたまえ」
 というような、やや上から目線の印象が感じられてならないのでした。
 同様の感覚の人が多いのではないかと思ったのですが、「承知しました」はその後、燎原の火のごとく蔓延しはじめ、実にしょっちゅう耳にする言い回しとなってしまいました。
 どうしたわけかと思い、「承知しました 違和感」というワードで検索してみたところ、そこそこひっかかってきました。
 「承知しました」は「了解しました」とセットで論じられることが多く、目上の人や取引先には「了解しました」は失礼、「承知しました」のほうが丁寧である……最近はそういうことになっているようです。「承知しました」という言いかたに違和感を覚える、という、私と同じような感覚の人が、質問箱のようなところに投稿したところ、
 「それはあなた個人の感覚ですよね。イヤなら使わなければ良いだけです。いつまでも『了解しました』を使って、失礼な人だと思われてください」
 などと、アドバイスというより喧嘩を売っているような回答が寄せられたりもしていました。とにかく「承知しました」は、今やとても一般的な言い回しになっているというのが、厳然たる事実であるらしいのです。

 とはいえ、少数ながらやはり首をかしげる人も居ないではないようで、「承知しました」が急にはやりはじめた理由を考察している文章が見つかりました。それによると、多用されはじめたのは2011年だそうで、とあるビジネスメールのマナー本に、「了解しました」よりも丁寧な言いかたとして「承知しました」が挙げられていたそうです。
 そして、いま調べたら、「家政婦のミタ」の放映はまさに2011年。してみると最新の「マナー」をドラマに採り入れたというところでしょうか。もっとも、マナー本が対象にしているのはあくまでビジネスメールであって、対面しての会話の上でのマナーというわけではなさそうなのですが。
 逆に、ドラマで使われたから現実にも言い回しが広まってしまった、ということもあるのかもしれません。
 上記リンクの文章の筆者は、さらにこのマナー本の元ネタまで探していました。どうやら、神垣あゆみ氏という人の書いた本が初出であったようです。2007年ごろに、「了解しました」という言いかたに違和感を覚えたのだそうで、それより「承知しました」のほうが良いのではないか、と書いています。そして彼女が2009年に出した本には、

 ──「了解しました」という言いかたには「敬意」が含まれていないのでNG。「了解いたしました」と丁寧に言ってみても同じ。

 とまで書かれていたそうです。私の印象では「承知しました」だって、言うほどの敬意は感じられないのですが、ともあれそのあたりからムーブメントがはじまり、2011年に出たマナー本が神垣説を全面的に支持し、この本がけっこう売れたために世に拡散したということであるようです。
 神垣氏の「違和感」を支持するかどうかはともかく、神垣氏だって基本的にはビジネスメールについて言っているのは確かです。リアルな場での受け答えの話はしていないはずです。
 それが、口頭でも「承知しました」と言う人が多くなったのは、やはりドラマの影響なのかもしれません。

 「承知」という言葉の意味は、辞書を引いてみると、

 ──1.旨をうけたまわって知ること。知っていること。
  2.聞き入れること。承諾。【広辞苑】

 ──1.事情などを知ること。また、知っていること。わかっていること。
  2.依頼・要求などを聞き入れること。承諾。
  3.相手の事情などを理解して許すこと。多く下に打消しの語を伴って用いる。【デジタル大辞泉】

 などとなっています。
 辞書的な意味を見る限り、「承知」という言葉には、どうも「敬意」などは含まれていないように思われるのですが、いかがでしょうか。かろうじて広辞苑の第一義に、「うけたまわって……」という説明があり、そこには若干のへりくだりの姿勢がありそうですが、双方の第二義、大辞泉の第三義になると、むしろ立場が逆になっています。
 「聞き入れる」というのは、普通は部下の提案や諫言を「聞き入れる」のであって、どう考えても上に立つ者の行為でしょう。また「相手の事情などを理解して許す」というのも、言ってみれば勝者が敗者に対しておこなうことです。「打消しの語を伴って……」というのは、「今度やったら承知しないからな」というような用法であり、やはり立場が上の者が言うことでしょう。
 「承知しました」という言いかたに、私がどうにも上から目線の印象をぬぐえないのは、「承知」という言葉に含まれるこのニュアンスによるものだと思われます。
 これが「了解しました」より丁寧な言い回し、目上の人や取引先相手によりふさわしい言い回しと考えられるに至った理由が、どうも理解できません。
 ついでに「了解」も辞書で引いてみましょう。

 ──1.さとること。わかること。会得すること。領解。
  2.(哲)ディルタイでは、文化的産物を心的生活の表現とみて、その内的意味をとらえること。精神科学・解釈学の根本方法とした。これを受けてハイデッガーは、人間とは自己の存在をつねに了解しつつその可能性を企てていくものと見て、了解を実存的に定位した。【広辞苑】

 ──1.物事の内容や事情を理解して承認すること。
  2.ディルタイ哲学で、文化的・歴史的なものを生の表現とみなし、その生を追体験によって把握すること。理解。【デジタル大辞泉】

 いずれも第二義のほうはドイツ哲学の用語なので、ここでは問題になりません。第一義を見てみると、広辞苑ではとにかく「わかる」という点を強調しているのに対し、大辞泉では「承認する」というもうひとつの要素を掲げています。また大辞泉では「用法」が添えられ、「了承」とするとさらに「承認」の意味合いが強くなる、と説明しています。
 確かに、意味合いとしては別に敬意のようなものは含まれていません。しかしまた、「承知」という言葉に含まれるらしき「優位性」のようなものも無いようです。つまり立場による色合いの無い言葉であって、他人に向けて言うことが失礼にあたるというわけではなさそうです。
 「了解」は無色であるがゆえに、神垣氏のような人にとっては「敬意が感じられない」と思われたのでしょう。その点「承知」は立場の差を含む語であり、神垣氏の礼儀感覚に適ったのでしょうが、ただ本来は「承知」と言う側のほうが上の立場であるという点を逆に考えてしまったらしい、というのがことの顛末であったように思われます。そしてこの神垣氏の勘違いが、ベストセラーになったマナー本のおかげで全国的に広まってしまったわけです。

 なお、私は「了解しました」のほうが良い、とも思ってはいません。「承知しました」にせよ「了解しました」にせよ、「敬語」ではないようです。「しました」という語尾は「丁寧体」ではありますが、相手を上に立てる言いかたとは言えません。これが「いたしました」となればだいぶ敬語らしくなります。目上や取引先相手なら、少なくとも「承知いたしました」「了解いたしました」とするべきでしょう。しかし、「承知」や「了解」という言葉に、別に敬意が含まれていないのは同じことです。
 本来は電子メールのマナーですから、丁寧であると共に簡略であることが求められ、その意味で「いたしました」は多少まわりくどく、「しました」のほうがふさわしい……というのであれば、それはそれで構いません。とにかく、受け取った側がそれで気分を害したりしなければ、問題は起こらないわけです。
 しかし、対面でリアルに口にするとなると、やはり違和感が拭えないのでした。言っているのを耳にするだけでも、なんだか落ち着きません。
 やはり、上位者や顧客に命令や依頼をされて「ラジャー」「イエスサー」の意味の答えをしようと思えば、日本語では「かしこまりました」「承りました」というのがもっとも自然かつ無難ではないでしょうか。
 このふたつの言いかたにも微妙なニュアンスの差があります。「かしこまりました」というのは、「あなたの言うことを完全に理解し、あなたのご要望に沿うようにできる限り努めさせていただきます」というようなニュアンスである気がします。一方「承りました」は、「あなたの言うことは理解できましたので、心に留め置きます。ご要望に沿えない場合もありますが、どうかあしからず」という、いくぶん消極的なニュアンスを感じます。
 ともかく、「承知しました」「了解しました」よりはマシでしょう。とはいえ、ビジネスメールで「かしこまりました」と書くのは、少々重たい、という感覚もわかります。
 メールの文面と、口語の言い回しとを、同じに考えるから違和感が生まれるのでしょう。われわれは生まれた時から言文一致の言語社会に生きているため、ついつい「話し言葉」と「書き言葉」を同一視する癖がついていますが、両者は必ずしも完全に一致するものではありません。明治時代の前半くらいまでは、むしろ違うのがあたりまえでした。
 話し言葉をそのまま文面に起こすと、いまでもいろいろ問題が発生します。面と向かって直接言われるのならその場の冗談で済むはずのことが、文章にしてメールで送りつけられると喧嘩になってしまう、なんてことはよく起こっています。そのために、「(笑)」とか、各種顔文字などが発達したという面もあります。文章だけではきつい印象になってしまうところを、そんなにマジメにとるような話ではないんだよ、と少しでも毒消ししたい気持ちのあらわれです。
 なお「(笑)」は使われすぎてむしろ逆効果になっている気配もあります。最近は「わらう」とローマ字で書いたときの頭文字「w」が多用されていますが、これも掲示板の書き込みなどならともかく、直接のメールなどで使われているとバカにされたような気がする人が多いのではないでしょうか。
 「承知しました」は、逆パターンと言うべきでしょうか。文章語、それも電子メールに特化した言葉遣いであったものが、いつのまにか口語で使われるようになって、私を含む一部の人が困惑を覚えているという図です。

 マナー本の出版と同時期にさかんに「承知しました」を連発していた「家政婦のミタ」の場合、もしかしたら「有能だが無表情・無感動で、さながらアンドロイドのような主人公」を特徴づけるために、ビジネスメールに使われるような言葉遣いをあえてさせた、という制作意図があったのかもしれません。しかし、その意図が充分に汲みとられないままに、言葉遣いだけみんなが真似しはじめたという事情だったのでしょうか。
 言葉は生き物ですから、みんなが使うようになればそれが普通になるという可能性もあります。普通の流行語と違って、使われている言葉は昔からあるわけですから、それ自体が廃れるということも無いでしょう。すでに若い人のあいだでは「承知しました」が目上や顧客への敬意を含んだ応答だという感覚が普及している以上、その人たちがもう少しえらくなる頃には、その言いかたが「常識的な敬語」となっているかもしれません。私ごときが違和感を覚えようが誰も痛痒を感じないことでしょう。
 とはいえ、「かしこまりました」「承りました」という、和語によるきれいな言葉があるのに、それを忘れるということにはならないように願いたいものです。
 ちなみに私自身は、仕事上のメールでは、「諒承いたしました」という言いかたをよく使います。「了承」と同じことで、上の大辞泉の説明のように、「了解」より承認のニュアンスが強い言葉です。へりくだるという意図は特に無く、単に丁寧語として使っています。そして、それにしても「諒承しました」とは書かず、必ず「いたしました」にしています。マナー本では「回りくどい」と言われそうですが、知ったことかという気分です。

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コメント 4

ぱぐすぴ

とあるカフェでバイトしていた時、ブレンドはレジに居て自分で淹れますが、ラテなどは他のスタッフに頼みます。「ラテお願いします」と言うと、頼まれたスタッフは「かしこまりました」と言う事になっていました。たまに調子いい若者だと「かしこまり〜」何て言っていたかな。
近頃、会社から「明日勤務される方へ」と注意喚起のメールが届くと「確認致しました」と返信しています。
by ぱぐすぴ (2022-04-25 23:20) 

コンビニ作曲家MIC

#ぱぐすぴ様
前に話題にした「ご苦労様です」といい、対人の敬語というのはいろいろややこしいですね。
by コンビニ作曲家MIC (2022-04-25 23:29) 

ひ~ちゃん

合点承知の助だい!のノリで使っていました。
引用されている国語辞典でも第一義の、知っていること、のニュアンスが強すぎると感じる向きには『承諾』の意向が出ていないように感じて抵抗があるでしょうね。

by ひ~ちゃん (2022-05-13 00:37) 

コンビニ作曲家MIC

#ひ~ちゃん様
コメントありがとうございます。
「承諾」の意味も第二義にはあるので、その点での違和感ではないのですけれどもね……
やはり、口語としてこなれていない、と感じるのが大きいかと。
by コンビニ作曲家MIC (2022-05-17 01:33) 

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