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「舞曲」を考える(1) [いろいろ]

 舞曲というのは、読んで字のごとく「舞踊のための」楽曲であるわけですが、実際にその曲に合わせて踊ることができるかどうかはなんとも言えません。「もともとは」踊りのための音楽であったものが、次第に実際のステップなどを離れて、純音楽化してゆくという現象はよく見られます。また、同じ名前の舞曲が、場所により時代により、だいぶ変形してしまうということもあります。
 いろんな国にいろんな踊りがあり、その踊りのための楽曲も非常に多種多様で、すべてを網羅するのは無理でしょう。日本の「音頭」なんかも舞曲と言えば舞曲です。日舞に用いられる「謡曲」なんかもその一種と言えます。ここではいちおう西洋音楽の範疇で考えてみることにします。
 舞曲には歌を伴うこともありますが、器楽のみで演奏されることが多く、その後のさまざまな器楽曲の原型ともなっています。ルネサンス期までの器楽曲と言えば、たいていは舞曲なのでした。それらをいくつか組み合わせたものが「古典組曲」のもとになっているという話は前にも書きました。バロック期に入ると、器楽曲の流儀として「教会ソナタ」「世俗ソナタ」が生まれますが、この世俗ソナタというのが、複数の舞曲を組み合わせた形になっており、古典組曲の祖型となったわけです。
 言い換えれば、古典組曲を見てみれば、そのころの舞曲のありかたを偲ぶこともできることになります。J.S.バッハらによって集大成された古典組曲は、すでに何度か述べてきたとおり、次の4種の舞曲が基本形となっています。

 ・アルマンド(ドイツ舞曲)
 ・クーラント(フランス舞曲)
 ・サラバンド(スペイン舞曲)
 ・ジーグ(英国舞曲)

 ヘンデルの組曲も大体同様です。ただし1種から数種、欠けている場合もあります。バッハの組曲でも欠けていることはありますが、いちおうこれが基本形と考えて良いと思います。逆に他種の舞曲がはさまってくる(多くはサラバンドとジーグのあいだ)こともあるので、まずバッハの組曲を典拠に、18世紀以前の舞曲を瞥見してみたいと思います。

 アルマンドは、名前自体が「ドイツ」という意味の舞曲です。フランス語でドイツのことはアルマーニュ Allmagne、スペイン語ではアレマニア Alemaniaと呼びます。「ドイツ人」となるとフランス語ではアルマン Allemandであり、それを女性形にするとAllemande、舞曲の名前そのものになります。
 だからというわけではないかもしれませんが、アルマンドは中庸のテンポ、きまじめな曲想を持つ場合が多いようです。ほとんどの場合は4/4拍子で、短いアウフタクトを持つのが特徴。16分音符が絶え間なく流れるスタイルであることが多いようです。たいていは前半と後半でほぼ同じくらいの規模を持っており、それぞれの終止ではこれも特徴的な分散和音形が示されます。
 のちの古典派ソナタの第一楽章のありかたに影響を与えたとも言われていますが、さてそれはどうでしょうか。
 踊りとしては比較的早く廃れたようで、ステップもよくわかりません。純音楽化が進んだ度合いが大きいようで、バッハの作ったアルマンドで実際に踊れるのかといえば微妙なようでもあります。
 もっとも楽曲のスタイルとしては特徴があるので、私は数回この舞曲を作りました。『無伴奏フルートのためのパルティータ』を書いたころには、まだアルマンドのスタイルがよく咀嚼できていなかった気がしますが、その後『豚飼い王子』の中でアルマンドを踊るシーンがあり、作曲する直前にとある場でヴィオラ・ダ・ガンバの演奏を聴く機会があって、扱われた曲の中にアルマンドらしきものが多く、そこで堪能したおかげで『豚飼い王子』ではいかにもなアルマンドを作ることができました。また『子供のためのソナチネ』第3番の第一楽章にもアルマンドを採り入れています。ただ古典派以降の著名作曲家の作品としては、モーツァルトの未完の組曲で見たことがあるくらいです。

 クーラントはフランス舞曲ですが、イタリア舞曲であるコレンテと差し替えられることもあります。どちらも「走る」(フランス語courir、イタリア語correre)という言葉からの派生ですので、早いテンポであることは確かなのですが、コレンテのほうがより急速です。
 3拍子ですが、3/4拍子の場合と3/2拍子の場合があり、稀に3/8拍子ということもあります。コレンテが3/2になることはまず無いので、3/2であればクーラントと見て良いでしょう。バッハのクーラントは、不思議なほどにヘミオラ(拍子の読み替え)を多用することが多く、3/2拍子のはずが6/4拍子に感じられることもしばしばです。ヘンデルはあまりそういうことをしていないようです。どういうステップだったのでしょうか。
 アルマンドと同じく、短いアウフタクトと、分散和音による終止を持つのが特徴です。やはり絶え間なく細かい音符が動き続けるスタイルです。
 古典派以降はほとんど顧みられなくなりました。実例としては上記と同じく、モーツァルトの未完の組曲で見たことがあるばかりです。グリークドビュッシーラヴェルなど、古典組曲の形を踏襲した作品を書いた作曲家も、アルマンドとクーラントは好まなかったようです。
 私自身は、やはり『無伴奏フルートのためのパルティータ』で使ったくらいですが、もっと前の習作期にピアノ用のクーラントを書いたことはあります。これは古典舞曲とはまったく異なる曲想で、短いアウフタクトを持つくらいしか共通点はありません。

 サラバンドの起源ははっきりしないようですが、スペイン舞曲としてはずいぶんとゆったりとしていて、あまり情熱の国スペインを髣髴とさせるものはありません。どうもイスラム時代から受け継がれてきたように思われます。
 アンダンテとかレントとかいったゆっくりしたテンポを与えられることが多く、ほとんどが3/4拍子で、とりわけ2拍めに重みがくるのが特徴です。もっとも、古い時代にはもう少しテンポが速かったという説もあります。一時期は大流行して、禁止令が出されたこともありました。
 フォリアシャコンヌといった、変奏曲の原型となった舞曲との曲想の共通点も見受けられます。バッハの『ゴールトベルク変奏曲』はシャコンヌの技法を用いていますが、主題はサラバンド風な曲となっています。
 ゆっくりした曲だけに、器楽曲としては、細かい装飾がつけられることも多いようです。
 サラバンドについては、後世もわりと好まれたようで、グリークの『ホルベアの時代から』にも、ドビュッシーの『ピアノのために』にも採用されています。またサティの若い頃の作品に『3つのサラバンド』というのがあります。

 ジーグは4つの基本舞曲の中ではステップ感がいちばんはっきりしているでしょう。「ジーグのリズム」というのが明らかに存在します。馬の駆け足のリズムを採り入れたものと言われ、「タッタ、タッタ」という風なノリが特徴的です。タランテラに近いかもしれません。附点が加えられることもあり、その場合はシチリアーナなどとも近くなります。いずれにしてもかなり急速なテンポです。
 ただ「バッハのジーグ」として着目すべきは、たいていフーガ的な作りかたをしていることです。しかも、後半では最初の主題を反転させた形を用いることが多く、リズム感が強調されたいかにもな舞曲であるのに、その作りかたはえらく理知的なのでした。これはフーガ好きなバッハの創意なのだろうかと思い、ヘンデルの組曲を見てみましたが、そちらでも確かに模倣的な入りを持つものが少なくありません。ただしフーガ風とまで言えるのはごく少なく、カノンのようになっているのが多いのでした。同じ調で入るのがカノン風なのであって、フーガ風となると第2パートの属調での入りとか、「変応」とかの処理が施されていて、より手が込んでいます。執拗にフーガ風にしたのはバッハのこだわりとしても、模倣を用いてはじめるというのはジーグのもとからの特色であったようでもあります。あるいはバッハの少し前の作曲家が創始したか。
 拍子はたいてい6/8や3/8、12/8とか12/16とかの場合も珍しくはなく、稀に4/4とか4/2とかいうのもありますが、3連符が続いていたり、リズムを附点リズムに差し替えたりしています。
 後世にはそのままの形ではあまり受け継がれていませんが、明記していないけれど明らかにジーグのリズムと思われる曲はいくつか思い浮かびます。ベートーヴェン交響曲第7番の第一楽章などは有名な例でしょう。メンデルスゾーン無言歌の中の「狩の歌」なんかもジーグと言えそうです。要するに馬の駆け足を模したようなリズムを持つ曲はジーグの一種と見なして良いわけです。

 ここから、バッハの組曲でサラバンドとジーグのあいだに、いわば間奏曲のようにして置かれた他種の舞曲について見てみます。
 メヌエットは息の長い舞曲です。古典派時代に、交響曲やソナタなどのレギュラー楽章として採り入れられたのが大きかったのかもしれません。なぜ交響曲などにメヌエットが採り入れられたのかよくわかりませんが、それだけ人気のある舞曲だったということなのでしょう。
 ほとんどは3/4拍子、稀に3/8拍子などもありますが、中庸からやや速いくらいのテンポで、何より「典雅」な曲想が特徴です。
 舞踏家の人に聞いたことがあるのですが、メヌエットのステップは「6拍」で1サイクルなのだそうです。つまり実際には「2小節」が必ず単位になっているとのことでした。しかし長く使われてきただけに純音楽化の度合いも進み、そんな縛りにはとらわれないで自由に書いている人がたくさん居ます。
 バッハも多数のメヌエットを書きましたが、ハイドンやモーツァルトも、交響曲のレギュラーになっただけあってたくさん書いています。ベートーヴェンは交響曲やソナタの中のメヌエットを、舞曲ではないスケルツォに置き換えましたが、テンポの速いほうのメヌエットだと、スケルツォとあまり区別がつかなかったりします。ソナタの中の1楽章としては、ショパンさえ第1番のピアノソナタの中でメヌエットを書いています。
 古来、有名なメヌエットも多く、ボッケリーニのメヌエット、モーツァルトのニ長調メヌエット、ビゼー『アルルの女』の中のメヌエット、パデレフスキのト長調メヌエット、ドビュッシーの『ベルガマスク組曲』の中のメヌエット、ラヴェルの「古風なメヌエット」など、いずれもよく演奏されています。とりわけラヴェルはメヌエットが好きだったようで、『クープランの墓』の中のメヌエットや、「ハイドンの名によるメヌエット」も書いています。
 ただし同じメヌエットというタイトルでも、2系統の流儀がありそうです。わりと遅いテンポで、細かい音符を多用したもの、上の例で言えばボッケリーニ、ビゼー、ドビュッシー、「古風」などがこのタイプです。比較的速めで4分音符の動きが多いもの、多くの交響曲の中のメヌエットや、上のパデレフスキや「クープラン」がこちらのタイプです。
 私も上記『豚飼い王子』の中でメヌエットを1曲作りました。このオペラ、舞曲による「バレエ」がいくつも含まれていたのでした。台本では「バレエ」とひとこと書いてあるだけなのに、曲のほうはひとまとまりのものを作らねばならず、当時はぶつくさ言っていたものでしたが、あまり書く機会の無い古典舞曲を、スタイルを真似て書くことができたのは面白い体験だったと思います。

 ガヴォットはフランスの舞曲で、ほぼ2/2拍子、半小節のアウフタクトを持つのが特徴です。基本リズムは、わが国の「三三七拍子」によく似ています。三三七拍子の、3拍め・7拍めにアクセントが来ると考えてください。ただし、ラモー「6つのドゥーブルを持つガヴォット」のように、リズム型が必ずしも明確でないものもときどきあります。またゴセックの有名なガヴォットは、これはこれでわかりやすいリズムを持っていますが、半小節のアウフタクトというものはありません。
 いちばん典型的で有名なガヴォットは「アマリリス」でしょう。あれを聴けば、なるほどガヴォットとはこういう舞曲なのかというのがすぐにわかると思います。
 グリークの『ホルベア』には採用されていますが、近代以降で作った人はあまり知りません。

 ブーレもフランスの舞曲です。ブレ、ブレーなどと表記されることもあります。アウフタクトが半小節でなくもっと短いのを別とすれば、ガヴォットとよく似た舞曲ではありますが、リズムを強調するよりは、急速なテンポで滑るようになめらかに進んでゆく印象があります。
 シャブリエ「幻想的ブーレ」というかなり大規模なピアノ曲を書いていますが、これはバッハのブーレとはだいぶ違っています。リズム型はむしろガヴォットに近いような気もします。
 なお『フランス組曲』第3番にはアングレーズというのが登場しています。この曲種はここにしか出てきませんので、特徴についても明言できませんが、この曲に関して言えば「アウフタクトを持たないブーレ」という感じです。アングレーズという名前からすると英国の舞曲なのでしょうが、バッハ以外でも聞いたことがありません。なお『フルートのためのパルティータ』では「ブーレ・アングレーズ」というのが置かれています。

 『フランス組曲』第5番にはルールというのが出てきます。これもこの1曲だけですが、有名な英国民謡「ルール・ブリタニア」のルールですので、英国の舞曲であることがわかります。舞曲としての特徴は、「ゆったりしたジーグ」という感じだそうです。

 『フランス組曲』第6番にはポロネーズが登場します。ポロネーズといえばショパンが思い起こされますが、ポーランド舞曲としてはずいぶん古くからヨーロッパ世界で知られており、作例もけっこう多くなっています。ベートーヴェンも書いています。ただ、ショパンの書いたポロネーズよりは、これらの先行作品は一体におとなしめで、リズム型も少し異なっています。ただ女性終止(弱拍で終わる)を持つことは共通しています。ポロネーズについては、近代舞曲のほうで詳述します。

 『イギリス組曲』第5番に出てくるパスピエは「進む足」という意味合いを持つフランスの舞曲です。バッハは『パルティータ』『フランス序曲』でもパスピエを用いていますが、いずれも3/8拍子で、くるくるとめまぐるしく回るような曲想を持っています。
 パスピエといえばドビュッシーの『ベルガマスク組曲』の第4曲を思い浮かべる人が多いかもしれません。こちらは4/4拍子、テンポも「やや速い」程度で、そんなにめまぐるしさは感じません。ドビュッシーは古典舞曲をリニューアルしようとしたのか、それとも古典舞曲とはまるで関係なしにこのタイトルをつけたのか、もしかしてメヌエット同様に別系統のパスピエがあったのか、ともあれバッハのパスピエとあまりに違うので少々面食らいます。

 ロンドーは、ロンド形式という構造原理の名称のもとになった舞曲で、「輪舞」とも訳されます。最初のフレーズが何度も繰り返される中に、次々と新しいフレーズがはさまれてゆくという形を持っています。18世紀に入るころにはすでに踊りというより形式を指すことが多くなっていたようで、クープランなどには踊りと無関係に「ロンドー」と副題のついた曲がたくさんあります。『パルティータ』第2番に入っているロンドーは、本来の舞曲のイメージを掘り起こしていると言えるでしょう。

 『管弦楽組曲』第1番にはフォルラーヌが出てきます。附点リズムを多用した6拍子で、ジーグやシチリアーナと似ていますが、それらより穏やかな印象があります。ラヴェルが『クープランの墓』で採用しています。

 そのシチリアーナもわりと有名な舞曲で、名称からしてもシチリア島で踊られていた舞曲であることがわかります。バッハはヴァイオリンソナタの中で使用しています。なおバッハのシチリアーナとして一般に知られているフルートソナタの第二楽章は、偽作だそうです。
 レスピーギの編曲によるルネサンス期のシチリアーナもよく知られ、CMで使われたところメガヒットとなりました。原曲の作曲者は不明だとか。
 あとはフォーレの作品が有名です。フランス語で「シシリエンヌ」となっていますが意味は同じです。またマスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」の中にも、シチリアの物語だけあって使われています。
 私は2回書きました。『無伴奏フルートのためのパルティータ』の第6曲に採用し、またピアノ曲『気まぐれな3つのダンス』の第2曲に「シシリエンヌ・リリック」を入れています。雰囲気はラヴェルのフォルラーヌに近いのですが、この曲集の中ではいちばん出来が良いと思っています。

 上に名前の出ていたフォリアシャコンヌも、変奏曲の歴史の上で語られることが多いのですが、古典的な舞曲の一員です。さらに同趣のパッサカリアも同様です。いずれもゆったりとした3拍子で、低音のフレーズが繰り返される上に、自由に対位が奏される形を持っています。たぶんもともとは即興的にいろんなメロディーをつけていたのでしょう。
 本来はフレーズの形も決まっていたように思われますが、フォリアがその伝統を受け継いだ以外は、パッサカリアもシャコンヌも、のちには作曲家が自由にフレーズを創作するようになりました。バッハの作品としては「オルガンのためのパッサカリアとフーガ」、それに『無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ』第2番の終曲に置かれたシャコンヌが知られています。ヘンデルの組曲にも含まれています。
 ヘンデルの2曲のシャコンヌを見ると、どちらも同じ低音主題を持っているばかりか、その低音主題はバッハの『ゴールトベルク変奏曲』の最初の部分と完全に一致しています。もしかすると、この「ソ-ファ#-ミ-レ-シ-ド-レ-ソ」という動きこそ、本来のシャコンヌの低音フレーズだったのではないかと想像したくなります。

 上に書いたシチリアーナの含まれる、レスピーギの編曲による『リュートのための古風な舞曲とアリア』には、ガリアルダヴィラネッラなどの舞曲も含まれており、ルネサンス期に踊られていた舞曲なのでしょうが、あとに続いた形跡が無いので、ここでは省略します。
 いずれも、もとは民衆が踊っていたものが宮廷舞曲化したといういきさつの曲種が多いように思われます。一旦宮廷舞曲となると、なんとなくお上品で優雅な感じとなり、次の時代には堅苦しく思われることが多くなりそうです。実際、18世紀の後半から19世紀にかけて、市民社会の到来とともに、今回挙げたのとはまるで違った舞曲が流行するのでした。それについては、また後日書きたいと思います。

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