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モスクワ無差別テロ事件 [世の中]

  話題としては少し遅れましたが、モスクワ郊外のコンサート会場で起こった銃乱射テロ事件は、死者がすでに200名を超えているようです。久しぶりにイスラム国IS)の犯行声明を聞いた気がします。
 ロシアウクライナと戦争中であり、死傷者もだいぶ出ているわけで、われわれの感覚もいささか麻痺しているかもしれません。テロで200名以上の死者が出たと言われても、意外と衝撃が薄いように思えます。しかし、私も日誌でISテロについてあちこちの事件を記してきましたが、200名以上というのは飛び抜けて多い数です。
 ニースでトラックを暴走させて当たるを幸い轢き殺した事件が、五十数名の死者を出しており、かなり衝撃的だったのを憶えています。まあ、刃物や銃器を用いず、自動車を兇器に使ったというのが衝撃的であったわけですが。
 その前に起こったパリブリュッセルでの事件、またそのあとに起こったロンドンテヘランの事件にせよ、死者数は多くても数十人、中には数名ということもありました。だから罪が軽いというわけでもないのですが。
 2002年に、私自身が遭遇したマドリッドの爆破テロは、アルカイダの仕業であったとあとになってわかりましたが、相当な被害があったものの、いま見返してみると、負傷者は非常に多かったものの、死者は191名でした。このたびのモスクワのテロは、それをあっさりと上回っています。大事件です。
 死者だけで200名超えということは、負傷者ははるかに多いはずで、その負傷者がまた死者の列に加わることもあるでしょう。だから日を追うにしたがって死者が増えています。平時であれば、明らかにもっと大変な騒ぎになっているだろうと思います。
 現在ロシアがやっている侵略行為は許しがたいもので、日本人の多くがロシアを「悪」と断じているのもむべなるかなというところなのですが、それはそれとして、やはり無辜の民がテロの犠牲になるのは心が痛むものがあります。彼らの冥福を祈らざるを得ません。

 ISは、例によって犯行声明を出したものの、犯行の目的とか要求とかに関しては黙したままです。ISテロはいつもそんな感じで、自分たちの犯行だと称するだけで、その犯行によって何を達成しようとしているのかが定かでありません。
 そもそもテロというのは、通したい政治的主張がまずあって、言論や投票などの手段でそれが通せそうもない連中が、騒ぎを起こすことで人々を怖れさせ、自分らの主張を押し通すためにおこなうものであるというのが常識的通念です。だから事前にしろ事後にしろ、犯人グループによる声明が必ずあるもので、そのときに犯人たちの政治的主張もはっきりと示されるはずです。
 しかし、ISは「おれたちの指示によりやった」とは言いますが、通したい政治的主張を述べたためしがありません。本来は手段であるべきテロが、彼らの場合には目的になってしまっている観があります。私が何度か揶揄したように、頭の悪い筋肉バカが、まわりの建築物やら車輛やらを片端からぶち壊しつつ、
 「ウワッハッハッハァ! どうだ、おれの力は!」
 とわめいているだけのような感じなのです。
 たぶん、ISは具体的な指示など出していないのでしょう。世界各地に散らばっている不満なムスリムたちが、暴発して事件を起こしたら、それを追認するというだけのことではないかと思います。
 追認してISに何か得があるのかと思いたくなりますが、テロ行為を片端からジハード(聖戦)として追認することで、ムスリムたちのテロ行為へのハードルを下げて、より簡単に暴発が起こるようにしているといったところかもしれません。既成のイスラム国家のどこからも認められていないISによる認証など胡散臭すぎて、普通の感覚では願い下げにしたいところですが、切羽詰まって暴発する連中にとっては、それなりに権威のようなものが感じられるのでしょう。
 ともあれ、2017年ラッカ陥落後、しばらく息をひそめていたISが、また蠢動しはじめたのは事実です。規模が大きくなったモスクワテロを、高らかな復活の狼煙にでもするつもりでしょうか。

 やりきれないのは、このテロ事件はある程度予測されていて、プーチン大統領にも伝わっていたはずだという点です。つまり、当局がその気になれば、完全に防ぐのは無理でも、被害をもっと小さく抑えることは可能だったと思われるのです。
 しばらく前にUSAの情報機関がISによるテロを予測し、プーチンに伝えていたと言います。しかしプーチンは鼻で笑って、

 ──そんなことがあるわけがない。わが国を動揺させようとするナチの陰謀である。

 と切って捨てたのでした。選挙前でもあったので、そういう陰謀が企まれていそうだと思っていたのでしょう。チャーチルルーズベルトから、ヒットラーのソ連侵攻を警告されていたにもかかわらず、てんから信じようとしなかったスターリンの失態を想起させられます。ソ連はかろうじてナチスドイツを斥けますが、戦死者の数は敵方ドイツよりはるかに多く、第二次大戦に参戦した国の中でも飛び抜けて大きな被害をこうむったのでした。まあ、どさくさにまぎれてスターリンに殺された政敵なども多かったと思われますが。
 スターリンを崇拝していると言われるプーチンも、同じ過ちを犯してしまったと言えそうです。
 上に立つ者は、入ってきた情報はなんであれいちどは咀嚼してみるべきであって、「そんなことがあるわけない」というセリフこそ巨大なフラグと呼ぶべきです。戦時中の日本でも、軍の上層部において、政府部内において、何度このセリフが繰り返されたことでしょうか。「そんなことがあるわけない」で情報を遮断する政治家や軍人こそ無能、いや国賊と呼んで然るべきです。
 プーチンは選挙に臨み、8割を超える得票率で大統領続投を決めました。こんな選挙は茶番であると誰もが思っていますが、プーチンは得意満面だったでしょう。その得意顔に冷水をぶっかけたのが、このたびのテロであったと言えます。

 プーチンはすかさず、ウクライナの仕業であると言明しました。これまでも、クレムリンにドローンが飛んできたり、誰も死なない爆発事故などもあったり、プーチンはその都度ウクライナを批難していましたが、おそらく自作自演だろうと多くの人が思っています。ウクライナ側が長引く戦争にしびれを切らし、敵の元凶を片付けるべく長途クレムリンへの空爆を試みるということは、無いとは言えませんが、正気の作戦とも思えません。ときどき「被害」を演出して人々の敵愾心を煽るというのは、諜報員上がりの大統領の考えそうなことです。
 ISが実際に犯行声明を出しているのに、なおウクライナの関与に固執するプーチンは、すでに正常な判断力を失っていると言って良さそうです。

 実のところ、ロシアという国はイスラム教徒からは、西欧やUSAに負けないくらい恨まれています。ソ連時代は「宗教は人民のアヘン」という建前に基づき、中央アジア地域に多かったムスリムは弾圧され続けましたし、アフガニスタンシリアとの泥沼のような戦争もありました。チェチェンの紛争のときにも多くのムスリムが殺されました。一矢酬いてやりたいと思っていたムスリムは少なくなかったはずです。しかし、欧米に較べて格段に監視の厳しいロシアにおいては、なかなか事を起こせなかったようです。
 それがウクライナとの戦争をはじめて、国内に展開する軍や諜報組織などが、だいぶゆるくなったのかもしれません。
 少し前にはプーチンの論敵ナワリヌイ氏の謎の死という事件もありました。頃は善し、というタイミングであったように思えます。だから、こんどのテロはウクライナとの戦争と無関係ではありませんが、ウクライナの知ったことではないというところでしょう。テロリストが戦争に乗じて行動を起こしたという話です。
 不気味な噂もあります。テロリストたちが持っていた銃が、つい最近ロシア軍で制式化されたばかりの型だったというのです。民間にそんなに出まわっているわけがないシロモノで、それをテロリストが持っていたということは、軍から公然と横流しがあったか、あるいは軍の一部がテロに加担していたか……ということになりそうです。
 日本のヤクザたちが持っている銃も、カラシニコフをはじめとしてロシア軍の制式銃の横流し物であるようですが、それでもいずれ中古品です。最新式の銃を構えているテロリストなど、思うだに気持ちの悪いものです。さらに軍の一部が加担しているということになると、事態はますますカオスなものになります。
 プーチンは、ウクライナもイスラムテロも同じ穴のムジナと思っているかもしれませんが、各国の見かたは、ロシアは二正面作戦を強いられることになる、というのが主流であるようです。国外の敵だるウクライナと、国内のテロリストたちを同時に相手にしなければならなくなったということです。「内憂外患」を絵に描いたような事態に陥っています。しかしプーチンにはその自覚が無さそうだというのが救えないところです。
 プーチンは、自分の思い描いた「ナチ」に翻弄されて自滅してゆくことになるのでしょうか。前から考察しているように、彼の言う「ナチ」とは、ナチズムを信奉している集団という意味ではなさそうです。単に「ロシアに反するもの」を「ナチ」という名で呼んでいるに過ぎません。ロシアの思いどおりにならない限り、日本も「ナチズムの復権を許している国」と定義されます。つまり、ウクライナもイスラムテロリストも、プーチンにとっては「ナチ」なのであり、もはやそれらの区別などは大した問題ではないのでしょう。
 信ずるものも目的も異なる別々の敵を、ひとくくりに「ナチ」という名で片づけて、細かい区別を拒むなどとは、諜報員上がりとも思えない粗雑さです。別々の敵には、別々の対処法があるはずで、もしかすると敵同士を咬み合わせて漁夫の利を得るなどという作戦も考えられないではありません。しかし「ナチ」とくくればひと色になってしまいます。今後イスラムテロが活溌化したときに、有効な対応策がとれないままにロシア社会が崩れてゆくということは充分に考えられるのでした。
 プーチンがそのことを思い知るまでには、スターリンの錯語と同様、多くのロシア人の生命が失われることになるのかもしれません。これも何度も書きましたが、現在のロシアの人口というのは、日本より少し多いだけで、決して無尽蔵ではありません。ロシアは、その出血に堪えられるのでしょうか。
 二正面作戦が戦略として愚策なのは言うまでもありません。普通に考えれば、ウクライナのほうをさっさと引き上げて対テロに専念すべきところでしょうが、両方とも「ナチ」だと思っているプーチンにその決断ができるかどうか、はなはだ心許ないものがあります。

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