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『法楽の刻』初演 [日録]

 去年、『法楽の刻(とき)という曲を作りました。十三絃箏2部と十七絃箏1部を用いる三重奏曲です。
 この曲の委嘱主が、立正佼成会の傘下の佼成箏曲部でした。立正佼成会はもちろん日蓮宗系の有力な宗教団体であり、杉並区和田あたりに広大な本部を構えています。その教団の下に、言ってみればクラブ活動みたいなものがいくつかあって、佼成文化協会というところが管轄しています。吹奏楽の佼成ウインドオーケストラなど非常に有名ですね。
 箏曲部は、ウインドオーケストラほどの拡がりやレベルの高さは無いにせよ、

 ──教団の式典荘厳に寄与する目的として

 昭和49年に発足して以来、40年以上にわたって活動を続けている、伝統のあるサークルなのでした。
 式典荘厳、とは聞き慣れない言葉ですが、年間を通じて数々おこなわれる教団の儀式に、音楽で彩りを添えようということでしょう。作曲を委嘱された時も、

 ──式典の幕開きの奏楽として使えるような曲を……

 という要望が出されたのでした。
 はたして式典にふさわしい曲想になったかどうかはわかりませんが、とにかく8月頃に書き上げて、渡しておきました。

 その初演が、今日、佼成箏曲部の定期演奏会でおこなわれました。
 佼成会本部の中に、法輪閣という建物があります。いちばん目立つのはなんだかロシア正教の教会を思わせるような大聖堂ですが、その隣にある法輪閣もなかなか豪勢な建物で、名刹の宝物殿みたいな趣きがあります。その中の大ホールが演奏会場です。
 私は去年の定期演奏会にも足を運びました。作品委嘱を受けたのは一昨年の12月でしたが、何しろどの程度のことができるのか、どんな傾向の曲を好むのかといったことが一切わかりません。いちど練習日に顔を出してみたものの、とりとめなくいろんな曲を聴かせてはくれましたが、どれも練習が足りているようではなく、実際の演奏にあたってどのくらいのレベルを期待できるのかは判別できませんでした。
 ここはやはり、本番をいちど聴いておかなくては、曲の発想も浮かばないと思いました。それで、去年も同じ法輪閣大ホールで開かれた定期演奏会を聴きに来たのでした。
 実は開演時刻を間違えていたのだったか、遅れてしまって前半を聴くことができませんでした。前半はわりと古典曲が多かったようなので、聴けなかったのは残念ではありましたが、後半ではJ-popのアレンジものとか、なんと初音ミク「千本桜」なんてのまで演奏していました。世に出て多少なりとも話題になったような曲は、すぐに箏曲用にもアレンジされるのであるようです。要するに、スタイル的にはどういう書きかたをしても構わないのだな、と納得しました。
 帰りのバスの中で、早くも曲想の断片が浮かんできたのを憶えています。それがそのまま使えたわけではなかったのですが、『法楽の刻』の第3楽章「踊る」のイメージの原型になりました。
 メインとなる曲想は、主に去年7月末の、「健康ランド」ハシゴの旅の最中に思いつきました。『セーラ』『星空のレジェンド』、そしてこの『法楽の刻』の作曲が重なって気分的に余裕が無く、旅行にも五線紙をたずさえて行ったのでしたが、風呂に漬かっているあいだにいくつかの曲想が浮かび、持参の五線紙に書き留めておきました。上記の第3楽章「踊る」、それから第2楽章「うたう」のメインテーマはこの時にほぼ定着でき、第1楽章「読む」についてはこの時思いついたフレーズをメインテーマにはできなかったものの、途中のつなぎとして活用することはできました。
 最初はタイトルを何も考えておらず、「ソナチネ」とか「箏三重奏曲」とか、なんのヒネリもないものにしようかとも思ったものの、ソナタ形式の曲が含まれていないところから断念し、楽章題から先につけて、あれこれ考えてからようやく『法楽の刻』というタイトルが決まった……といういきさつは、以前かなり詳しく書きました。一旦ついてみると、なかなか良いタイトルです。箏曲部部長のYさんも、まず最初にタイトルを褒めてくださいました。

 譜面を渡して3ヶ月ほど経ってから、いちど練習に顔を出しました。それまでにも練習を録音した音源を送って貰ったりしていたのですが、一体に「頑張りすぎ」という印象があり、これはやはり、行って直接に話をする必要があるだろうと思いました。
 難しい曲だと言われましたが、何をどうすれば易しくなるのか、私にはよくわかりません。難易度のコントロールが自分の感覚としてできるのはピアノと声楽くらいで、それでさえ
 「MICの曲は難しい!」
 と文句を言われることが少なくないのです。もっとも、
 「馴れると弾きやすい(歌いやすい)んだけどね」
 ともよく言われます。とっつきが悪いということなのでしょうが、これは「初見補正」のせいではないかと私は思っています。
 他の楽器では、どういう音の動きなら演奏しやすくて、どうなれば難しいのか、本当に見当がつきません。その楽器の奏者に訊いてみても、あんまり参考になるような答えが返ってきたためしがないのです。せいぜい、フルートではトリルが困難な音がある、という程度しか把握していません。
 箏曲は、学生の時に生田流を3年間学びましたが、いまでも音と運指がある程度そらで浮かんでくるのは「六段」だけです。あと「八千代獅子」「千鳥の曲」を試験で弾いたことがあるはずなのに、さっぱり記憶がありません。全曲ではなく一部だけの演奏であったからかもしれません。
 こんなていたらくでは、箏曲の易しさ難しさなどはろくろくわかっていないのも仕方がありません。箏曲は「六段」にはじまり「六段」に終わる、と言われるくらい、技術的な弾きやすさと内容的な奥深さが同居している曲ですが、具体的にどこがどうなのかとなると、私程度の技術レベルでは判別のしようがないのでした。
 稽古場に行って聴いてみると、なるほど確かに苦戦しているようです。ただ、いちばん苦戦しているのが「3連符」であったことには、驚いたというか拍子が抜けたというか。
 ひとつのパートが1拍を2等分する音価で奏し、他のパートが同時に1拍を3等分する音価で奏する……というのは、確かにピアノの初心者などでもよくつまづくところではあるのですが、西洋音楽においてはそんなに珍しい事態ではありません。2対3、3対4、あるいは3対5など、しょっちゅう登場します。
 ところが、佼成箏曲部の皆さんは、ここでどうしてもお互い釣られてしまい、拍そのものが見えなくなってしまうようなのでした。邦楽には基本的に無い合わせかただったのかと、眼からウロコが落ちるような気がしました。
 もっとも、現代邦楽というのは正直言ってなんでもアリであって、西洋音楽で用いられるあらゆる技法が普通に採り入れられています。3連符くらいでくじけて貰っては困るわけで、四苦八苦しているのをまのあたりにしながら、結局書き直しはしませんでした。

 演奏会が近づいたら、もういちどくらい稽古に顔を出すつもりだったのですが、あいにくと『セーラ』の稽古がほとんど水曜日に入ってしまい、箏曲部の練習日は水・土であったため、行く機会がなくなりました。あとはともかく、練習の成果に期待するしかありません。
 今日は、マダムが実家に帰るかもというので、ひとりで聴きに行くつもりだったのですが、実家に帰る用が無くなったらしく、一緒に聴きに行くと言い出しました。私の作品初演ではあるし、義父が都山流尺八の千葉県支部長まで務めている関係で邦楽にもけっこう造詣が深いので、何か実になる意見を言ってくれるかもしれません。喜んで同道しました。
 新宿駅から京王バスで大聖堂前へ。そこが終点だと思ったら、もっと先へ行くようなので驚きました。もう1区間先の、佼成病院まで行く便が、1時間に1本くらいずつあって、私たちが乗ったのがそのひとつであったようです。佼成病院はずっと丸ノ内線中野富士見町の駅前にあり、Chorus STが毎年のように、おもに年末にボランティアコンサートを開いていました。Yさんが私を知ったのもそのボランティアコンサートの場だったのです。しかし移転することになって、去年はおこなわれませんでした。移転先が、現在のバス終点のある、環七通りにほど近い場所であり、実は今週の土曜に、そのあらたな病院でまたボランティアコンサートを開くことになっています。
 法輪閣の入口にさしかかると、すぐ声をかけられました。作品委嘱にあたって事務的な作業をしてくれていたIさんが、私を待ち構えていたかのように迎えてくれたのでした。ホールまで案内してくれましたが、特に招待席のようなものはなく、適当な場所に坐りました。
 貰ったパンフレットを見ると、『法楽の刻』はいちばん最初の演奏だったので、胸を撫で下ろしました。去年のように遅れていたら、聴けなかったところです。
 開演すると、曲についての説明も無く、いきなり演奏がはじまりました。パンフレットにも曲目解説は書いておらず、楽章題も載ってなくて、そもそも「3つの楽章から成る」ということすら記載がないので、少々面食らったお客が多かったのではないだろうか、と心配になりました。
 演奏は、さすがにだいぶ上達していたようで、これも安堵です。私の意図とそう食い違ったことをしていたということもありませんでした。ただ3連符のくだりはやはりかなり苦労して、明らかにその部分のテンポが変になっていましたし、第3楽章の後半でアンサンブルが崩壊しかけてヒヤヒヤもしましたけれど、ちゃんと持ち直して結末をつけてくれました。
 初演なので、本当はやっぱり私がもういちど見に行くべきだったかとも思いました。ただ、初演してそれで終わりというつもりは無いようで、最初の話のとおり式典でも実際に使うのでしょうし、演奏会でも今後ちょくちょく採り上げてくれる予定であるらしいのでした。何度もやっているうちに、もっと練れてゆくのではないでしょうか。

 去年は十数曲演奏していたような記憶があるのですが、今年は『法楽の刻』を含めて6曲だけでした。うち古典曲は「六段」だけで、2曲はポピュラー曲のアレンジものでした。もう1曲「鷹」沢井忠夫作曲の現代箏曲で、「越後の子守唄」川村晴美による編作曲というていの作品です。なおこの「越後の子守唄」も佼成箏曲部のオリジナルレパートリーです。
 休憩無しの1時間あまりの演奏会で、邦楽の会としてはコンパクトですが、ちょうどお手頃な午後のコンサートという趣きでした。
 終演後、今週末に訪れることになっている病院までちょっと足を伸ばし、病院附属のカフェが開いていたのでケーキセットなどを食べて、方南町駅まで歩き、新宿三丁目池袋赤羽で軽く道草を食いながら帰宅しました。


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