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岐阜とんぼ返りコンサート [日録]

 日帰りで岐阜へ行ってきました。
 岐阜まで日帰りで往復するなんてことが、娯しみの旅行としてできるものではありません。当然ながら、仕事のためです。
 仕事のためでも、遠方の場合、私はそれにひっかけて旅行をしてくることがよくありますが、今日はそういうわけにはゆきませんでした。行きの列車も、帰りの列車も、きっちりと決められて、あらかじめ指定券が送られてきていたのでした。
 その場合でも私は、片道キャンセルして、戻ってきたお金(手数料を差っ引かれますが、特急券よりは安くなります)で別ルートを使って帰る、なんてこともした経験があります。しかしまあ今回は、そこまでするほどのことはありませんでした。けっこう忙しくて、のんびり列車に乗っている気分でないという点もあります。それに、集団移動に近かったので、ひとりだけ別行動にすると角も立ちます。
 というわけで、9時ちょうどの「のぞみ213号」で東京駅を発ち、19時53分着の「のぞみ40号」で帰ってくるという強行軍をするはめになったのでした。まあ、忙しいビジネスマンなら、そのくらいのスケジュールで動くこともあるでしょうが、私などにとっては驚天動地です。

 なんの仕事だったかと言えば、オーケストラの中でピアノを弾くというものでした。オーケストラと言ってもフルオケではなく、N響のメンバーを中心に十数人で組んだアンサンブルオーケストラです。しかしいちおう弦楽器は5部あるし、木管楽器もひと揃いあるし、ドラムも入っているので、板橋編成よりはバランスが良いと言えそうです。
 もともと、後輩がこの仕事をしていたのですが、今日だけどうしても都合が悪く、代わりに行って貰えまいかと泣きついてきたので、義を見てせざるは勇無きなり、代行で参加することにしたのでした。
 が、内容をよく聞くと、どうも簡単な仕事ではなさそうです。後輩は作曲科上がりですが、ピアニストの知り合いだっていくらでも居そうなものなのに、わざわざ私に頼んできたという意味を考えるべきでした。
 演奏曲目はジブリナンバーです。それなら私も何曲も編曲したことがあるし、とっつきやすいだろうと考えていました。
 ところが、ピアノのパート譜は無いというのでした。スコアを直接見て弾いてほしいとのことです。
 それはそれで、譜めくりの問題さえ解決すれば、私にとって困難なことではありません。しかしそれだけではありませんでした。
 パート譜が無いばかりか、スコアにもピアノパートは心覚え程度しか書かれていないようなのです。要するに後輩は、ほとんどアドリブで弾いていたのです。
 いろんな曲をアドリブで、けっこう盛り上げて弾くのが得意な人であることは知っていたので、彼がそれをできることはまったく意外ではありませんでしたけれども、それを代行せよと言われては困惑します。私も、簡単なアドリブで歌の伴奏をつけるくらいのことはできますけれども、オーケストラを向こうに回してやってのける度胸はありませんでした。ひとつには、私がアドリブで伴奏などすると、わりと自由にリハーモナイズ(コードをつけ直すこと)してしまうことが多くて、すでに和音が決まっているオーケストラと一致させられるかどうか心許ないのでした。
 それに、曲全体の進行を知悉していないと難しいものがあります。ジブリナンバーはだいぶ知っているとはいうものの、細かい前奏や間奏などまで憶えてはいませんし、今回の曲目の中では「ハウルの動く城」の曲などはほとんど知りませんでした。「天空の城ラピュタ」なんかも、「君をのせて」以外はあんまり知らないのでした。

 8月末に、今回と同じ曲目で東京でコンサートをやるので、そのリハーサルと本番を聴きに来て、様子をつかんで欲しいと言われました。残念ながら本番の時間帯には他の仕事が入ってしまい、客席で聴くことはできませんでしたが、リハーサルで後輩がピアノを弾いているところを隣で見ていました。
 そういえばリハーサルも当日開演前に1回やるだけだと言われています。何よりもこれが不安でした。後輩は同じ曲で何度も舞台を踏んでいるようなので、もうそれだけで充分なのでしょうが、はじめて合わせる人たちと、それだけのリハーサルで本番に臨むというのは、大変なプレッシャーです。
 それはともかく、8月のコンサートのリハーサルを聴いていると──というより観ていると、スコアにはピアノパートが予想以上になんにも書かれていないことがわかって愕然としました。1個の音符も書かれておらず全休符が蜿蜒と並んでいるところを、後輩は平気でガンガン弾きまくっています。たまに書かれているところがあっても、オクターブを重ねたり分厚い分散和音を伴っていたりで、全然楽譜どおりではありません。
 また、譜めくりなどまるで頓着せず、適当に手が空くところまで弾いてからまとめてめくったりしています。どうもスコア自体が、彼にとっては心覚え程度のものでしかないようです。
 サイズがカットされた部分も多いし、譜面に書かれていないリタルダンド(遅くする)などもちょくちょくおこなわれていました。
 これは容易ならぬことを引き受けてしまったと思いました。この条件でも、事前に一度くらいリハーサルの機会がとられていれば、そのときにあれこれ打ち合わせて、フィードバックしながら仕上げることも可能でしょうが、とにかくリハーサルは当日にしかありません。それもどうも、開演前ということで非常に時間が限られた中でのリハーサルでしかないようです。
 なるほど、これでは普通のクラシックピアニストに代役を頼むわけにはゆきません。

 送られてきたスコアは、積み重ねると10センチ以上の厚みになりそうな厖大なものでしたが、私の必要とする情報の量はきわめて少ないのでした。眺めてみても雲をつかむような感じで、本当にこの仕事ができるのか不安になってきました。
 自分でアレンジしたのであれば、同じ条件でもまだ融通が利くというか、なんとかなると思うのですが、アレンジは当の後輩です。ただもうひとりアレンジャーが居たようで、そちらの人が手がけた譜面は、まだしもピアノパートの態をなしていて、イメージもつかみやすかったのですけれども。
 しかも、アンコールに使うという「崖の上のポニョ」の譜面が入っていません。聞いてみるとこれはスコア自体が作られておらず、各楽器にパート譜だけ渡してあるということでした。そして当然、ピアノ譜は無いのでした。
 ここで「え?」と思われたかたも居られるでしょう。スコアがないのでは、指揮者はどうするのか?
 答えは簡単で、このオーケストラには指揮者は居ないのでした。最初のテンポとりや、息の合わせが必要な部分だけ、コンサートマスターが合図を出して済ませてしまっています。それでなんとか合ってしまうのだから大したものではあります。
 それはともかくとして、「ポニョ」はなんとかして後輩が私に送るということだったので、待っていたのですが、先週の木曜、つまり3日前になって、しびれを切らして──と言うより焦燥にかられて、どうなっているのかと本人に問い合わせました。本当はもっと早く問い合わせておくべきだったのですが、私もいろいろ忙しくてなかなかこちらに意識が向かなかったのです。ポニョの楽譜のこと以外にも、どのようにピアノをつければ良いのかという全般的なことを訊ねました。
 後輩からは折り返し、8月のコンサートの録音データが送られてきましたが、それを全部耳コピしている暇は私にもありません。それにオーケストラの中でピアノがどう動いているか、聴き分けるのはなかなか困難です。ピアノだけがソロで鳴っている部分くらいしか参考にはならないようでした。
 翌日、金曜の晩になって、曲ごとの注意点をまとめたメールが送られてきました。ただしそのときは前半分だけです。
 しかし、このコメントをスコアに反映させてみて、ようやくどう弾くべきかのイメージが固まってきました。それをやっていたのは土曜日ですから、もう前日です。
 後半分のコメントは、土曜の深夜に送られてきました。前半分はスコアに書き込んでから実際に弾いてみる余地がありましたが、後半はもう無理です。ぶっつけ本番みたいなものです。
 それと一緒に、コンサートのMCにかぶせるBGMの譜面などもデータが送られてきました。繰り返しますがこれは前日深夜のことです。
 ポニョの楽譜もようやく受信できましたが、なんと小学校の歌集みたいな、旋律だけの譜面で、前奏や間奏は長休符になっていてさっぱりわかりません。
 確かポニョは、前に豊洲でファミリーコンサートをやったときに編曲&演奏したはずで、その底本にしたヴォーカルスコアがあったと思います。後輩が送ってきた歌譜よりはましだろうと考えて探してみたのですが、いい加減私も眠く、また急いでいたせいもあってか、どうしても見当たりません。
 とにかく譜面データとコメントを印刷して、その晩は寝ました。

 9時発の「のぞみ231号」に乗るので、家を8時くらいには出なければなりません。衣裳と楽譜だけキャリーバッグに詰め込んで出かけました。
 考えてみると「のぞみ」に乗るのはこれがはじめてです。「ひかり」「こだま」より特急料金が高いので、いままで敬遠していました。いまや東海道新幹線では「のぞみ」が圧倒多数を占め、不定期列車まで含めると「のぞみ」が1時間に10~11本に対して「ひかり」と「こだま」が2本ずつというような状態なのですが、ただでさえ新幹線にはなるたけ乗りたくない人間ですので、これまではそれで済んでいました。
 しかしそんな感慨にふけっている時間はありません。座席に落ち着くや否や、私はキャリーバッグからスコアをひっぱりだし、後半分のコメントをスコアに反映させる作業をはじめました。
 いちおう最後までその作業を終わらせると、大井川を渡るところでした。作業が手間取ったと言うべきか、「のぞみ」はやっぱり速いと言うべきか。
 名古屋着10時40分。8分後に発車する「(ワイドビュー)ひだ7号」に乗り換えます。名古屋~岐阜などという区間を特急で移動するなど、私などから見るとびっくりなのですが、メンバーがちゃんと揃っているかを確認する意味では理にかなっているのかもしれません。「のぞみ」の中ではぼんやりしていましたが、「ひだ」に乗り換えると、まわりはみんなオケのメンバーであるらしいことがわかりました。
 なお名古屋発着の「ひだ」は岐阜で進行方向が変わります。「ひだ」の主要走行区間である高山本線内で通常の向きになるように、名古屋~岐阜間では座席が逆方向を向いており、走り出したときに驚いている人が何人も居ました。
 岐阜着11時06分、すぐにタクシーに分乗して、会場の岐阜市民会館へ向かいます。リハーサルは11時半からというので、ほとんど休憩する時間もありません。非常にタイトなスケジュールでした。
 リハーサルにも余分な時間はとれません。ほとんど1回ずつ通すだけで、息の合わせかたに問題がありそうな箇所だけ「抜き」でやり直す程度でした。
 最初の曲で、はじまって間もなくピアノが裸で出てくる部分があり、そこの和音が違っているとオケの人から指摘がありました。
 「え、譜面はこうなってるんですが、違う和音なんですか?」
 ともう一回注意深く叩いてみても、やはり違和感があるようです。結局、
 「それじゃ、いままでが違った音を弾いてたんだ」
 ということで決着しました。
 一体に、オケの音の補強という感じで弾くところは、そこそこ自信を持って弾けるのですが、ピアノソロになったりすると不安があります。後輩はそういうところこそフリーダムに、ほとんど陶酔して弾いていた観がありましたが、他のメンバーに馴染みもない私としては、そこまではできません。

 さらに、危機一髪ということがありました。「コクリコ坂から」の挿入歌が、8月のコンサートでは扱われていたので、いちおうスコアは受け取っていたのですけれども、その曲は岐阜では使わないと聞いていました。また、スコアの束が送られてきたときに同封されていた曲目表にも載っていません。だから当然、やらないのだろうと思って、荷物を減らすべくそのスコアは家に置いてゆこうとしていました。
 しかし、使用したスコアを返却するようにと言われたことを思い出して、最後の最後に荷物の中に入れてあったのです。
 その曲を、なんとここでもやるということになっていたので狼狽しました。譜面を控室まで取りに戻らなければならず、面目ないことになってしまいました。
 「曲目表に無かったんで、やらないと思っていました」
 と弁解すると、プロデューサーがなんだか得意そうに、
 「サプライズで演奏するんでね」
 と言いました。お客に対するサプライズはそれでいいとして、演奏者にサプライズを仕掛けてどうするんだと思いました。それにしても他のメンバーはみんなちゃんとその曲のパート譜を用意していたようで、私だけ情報伝達に難があったらしい。それとも他のパート譜はライブラリアンなどが一元管理しているのでしょうか。
 ともあれ、当初の考えどおり家に置いてきていたらと思うとぞっとします。冷や汗をかきました。

 リハーサルタイムが終わると、もう間もなく開場です。私はもう少しピアノをさらっておきたいと思ったのですが、そんな時間はありませんでした。
 全席売り切れだったそうで、すごい客入りです。受付の処理能力を超えてしまったらしく、モギリが間に合わないので少し開演を押すという通達がありました。実は終演後のスケジュールもなかなかタイトで、オケのメンバーたちは
 「ここで押しちまって、帰りの列車に間に合うのか?」
 とひそひそ言葉を交わしていました。
 6分押しくらいで、開演となりました。不安がいっぱいのまま、緞帳が上がります。
 ただ本番になってしまうと、私はわりとクソ度胸がつくほうで、昔からピアノの発表会などでも、ミスをごまかすことの手際には自信がありました。
 冒頭「ラピュタ」の3曲を済ませたあたりで、まあこの分ならなんとかなるか、と思いはじめました。
 実際、きわめて不完全な譜面を用い、奏法のアドヴァイスを受けたのが前夜で、リハーサルが当日開演前の1回、しかもほとんど通しただけで、なおかつはじめて顔を合わせたメンバーばかりで指揮者もいない──という条件下においては、われながらよくやったと思います。後輩がやっていたようにはとても弾けませんでしたが、彼の場合、不完全な譜面と言っても自分のアレンジであり、同じ曲目を繰り返し演奏しており、オケのメンバーとも気心が知れ合っているというわけで、条件がまったく異なっています。他の奏者たちからするとピアノが物足りなかったかもしれませんが、いきなりここまでできる代役はなかなか居るまい、と言いたいところです。
 ただやはり「ポニョ」だけはどうしようもありませんでした。コーダで転調するのですが、その部分からのコード進行などがまったくわかりません。リハーサルで一度聴いたくらいでは、とても憶えきれるものではないのでした。まあ他の楽器がガンガン鳴らしていることもあるし、適当に音を拾ってごまかすにとどめました。
 「これしか貰ってないんですよ」
 とリハーサルのときに歌譜を皆さんにかざすと、
 「ありゃ、これはさすがにヒドいですね」
 という声が口々に上がったものでした。

 ──録音を聴いてくれれば良かったのに。

 と後輩は言うかもしれませんが、上に書いたように2時間以上もかかるライブ録音を全部聴いている時間はここ数日の私には無く、ピンポイントでつまみ聴きするくらいしかできませんでしたので、それはご無体というものです。

 ともあれお役目を果たしてホッとしました。
 終演は17時05分くらいになりました。ちょうど開演を押した分くらいが、予定よりはみ出したというところです。
 帰りも「(ワイドビュー)ひだ16号」の指定席が確保されていましたが、この列車の岐阜発は、なんと17時41分です。駅まではタクシーですから、17時20分くらいには撤収しなければなりません。
 これまでも驚いたことが何度もあるのですが、オケの人たちの撤収の早さはすさまじいものがあります。終演後あっという間に
 「お疲れ様でした~~」
 と言って帰ってしまうので、信じられないような気がしたものです。
 私は真っ先に控室に帰ってきて着替えはじめたにもかかわらず、撤収を完了したのは最後から3人目くらいでした。まあ私は扱いの面倒な燕尾服を着ていたので、仕方のないところでもありましたが……燕尾など着ていた人は他に居らず、良くてダークスーツ、黒シャツにネクタイだけの人も居たので、早いのも当然なのですが、それにしても約15分で全員完全撤収というのはびっくりです。
 タクシーはすでに何台も待機していて、出てきた人から順に乗り込んで駅に向かいました。私は最後のクルマでしたが、それでも駅に着いたらまだ17時半より前で、列車に乗る前に飲み物を買う時間くらいはあったのでした。
 名古屋では今度は10分乗り換えで、19時53分にはちゃんと東京駅に帰り着いていました。オケメンバーは、新横浜品川でもだいぶ下りてゆき、東京駅まで残っていたのは3分の1くらいでした。
 なんともあわただしい一日で、どっとくたびれましたが、ここ当分いちばん気にかかっていた仕事を終わらせてホッとしました。


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JOE

情景が目に見えるようで、失礼かとは思いましたが爆笑してしまいました。私も先日本番が終わったところなので、撤収の速さがすごいことなどはよくわかります。

しかし、私の知り合いにもピアノの楽譜を見てギターを弾くという人がいますが、さすがに店長はすごいですね。全休符の連続から音を紡ぎだすなど、まさに作曲家の面目躍如という感じです。ジョン・ケージの4分33秒とはわけが違いますしね。
by JOE (2015-10-21 16:08) 

コンビニ作曲家MIC

#JOE様
いや~なかなか大変でした(^_^;;
とにかく、当日の開演前しかリハがないというのがいちばんプレッシャーでしたね♪
ジャズ系の人なら、こういうのも馴れているのかもしれませんが、クラシックピアニストにはまず無理だろうと思った次第です。
by コンビニ作曲家MIC (2015-10-22 12:51) 

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