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続・山手線の新駅 [世の中]

 山手線田町品川の間の、いわゆる田町車輌センター跡に新しく造られる駅の名前について、いろいろと論議が出ています。
 少し前に発表された新駅名は「高輪ゲートウェイ」というものでした。これが発表されるや否や、批判の声が囂々と巻き起こったのです。ネット上では、駅名撤回を求める署名運動まではじまりました。
 私もこの駅名はいかがなものかと思います。しかし、批判の趣旨は大ざっぱに言ってふたとおりに分かれていることをまず認識すべきでしょう。
 ひとつは手続き上の問題、もうひとつは駅名自体の問題です。
 手続き上の問題というのは、この駅名を決めるにあたって、公募という方式が採られたことによります。
 応募された候補の中に、高輪ゲートウェイという駅名は確かに含まれていました。ただ、それは130位というごく少数の意見だったのです。1位得票は素直に高輪でした。2位は芝浦、3位は芝浜だったそうです。
 高輪は駅の所在する町名ですから、誰でも思いつき、かつもっとも妥当と言えましょう。ただちょっとだけ難があるとすれば、実は現在の品川駅も所在町名が高輪です。品川駅西口の駅ビルのウイング高輪、駅から近いグランドプリンスホテル高輪など、品川駅前には多くの「高輪」を名乗る施設があり、新駅が高輪になるとややまぎらわしいということはあるでしょう。
 鉄道ファンや地図ファンにはよく知られた話ですが、品川駅は品川区には無く港区にあるのです。ついでに言えば目黒駅も目黒区ではなく渋谷区にあります。品川区役所は大井町駅近く、目黒区役所は中目黒駅近くにあるのでした。
 品川駅がなぜ品川区に無いかということについては、いろいろややこしい歴史的事情があるのですが、とにかく東海道五十三宿の品川宿というのは現在の品川駅よりもだいぶ南に下がったところにあったわけで、品川駅を発した京急電車が、南に走った次の駅が「北品川」であることでも察せられます。北品川駅はその名のとおり、旧品川宿の北側にあったからそう名付けられたのでした。品川駅が本来の所在地名である高輪を名乗らなかったのは、鉄道の敷設について、当時の鉄道局と陸軍とのあいだに確執があったかららしいと述べるにとどめておきます。
 ともかく品川駅の近くに「高輪」を称する施設が多いことは、公募1位であっても高輪駅を採用しにくい理由にはなるでしょう。
 2位の芝浦はどうでしょうか。厳密には所在町名ではないにせよ、線路の東側はほぼ芝浦であり、これを採用しても良さそうです。ゆりかもめ芝浦ふ頭駅とはだいぶ離れていますが、同じ駅名でないのだからそんなに間違える人は居ないでしょう。芝浦工科大学など芝浦を冠する施設も周辺にはたくさんあります。
 3位の芝浜は芝浦近辺を指す古名です。わざわざ古い名前をひっぱり出さなくとも良さそうですが、古典落語の人情ものに「芝浜」という名作があり、知名度は高いと言えるでしょう。
 ただし、芝浦にしろ芝浜にしろ、厳密に言えば新駅はその町名の領域には無いというのが弱みにはなるかもしれません。隣に「品川区に無い品川駅」を設置しておきながら今さら何を、という気はしますが。 

 「高輪」「芝浦」「芝浜」……この3位までの駅名候補を見て感じられるのは、駅名というものに対する一般の人々のまっとうなセンスです。いずれも漢字2文字で、東京・有楽町・新橋・浜松町・田町……と続いたあとに置いてもまったく違和感がありません。最近カタカナ交じりの駅名がやたらと増えてきましたが、普通の人々の感覚としては、駅名にそんなにインパクトみたいなものを求めては居ないことがわかります。
 JR当局としては、むしろこれらの「違和感の無い」応募作が物足りなかったのでしょう。もっとエッジの効いた、これこそ新駅というような駅名が欲しかったのだと思います。ただしその「これこそ新駅」と考えたのが「高輪ゲートウェイ」という、何のヒネリもないカタカナ交じりというところに、なんとも昭和的なセンスを感じずには居られません。
 ともかく、わずかな人数しか提案しなかった130位の駅名が採用されたわけで、
 「なんのための公募だったんだ」
 という憤りの声が上がるのも、無理はありません。
 公募の要項には、確かに「応募数による決定ではなく、ご応募いただいたすべての駅名を参考にして決定する」という注意書きはあったようです。が、それにしても、もう少し上のほうにもっとましな駅名があったのではないかというのが一般的な受け止めかたでしょう。
 公募資料には、

 ──田町~品川駅間では「グローバル ゲートウェイ 品川」のコンセプトワードのもと、国際的に魅力のある交流拠点の創出と「エキマチ一体のまちづくり」の検討を進めています。

 という文言もあったそうです。
 「『ゲートウェイ』を入れることは最初から決まってたんじゃないのか。それならそれと断るべきだろう」
 という声も上がっていました。まあ実際にはそういうわけではなく、資料にあった「ゲートウェイ」という言葉を拾って応募された候補を見て、「これだ!」と飛びついたというところではないかと思います。
 この騒ぎは、十数年前に私の住んでいるあたりで起こったものとよく似ています。そのときは、私が在住している川口市と、鳩ヶ谷市・蕨市という3市が合併するという話が持ち上がり、その新しい市名について住民アンケートをとったのでした。結果としては、合併するうち最大の人口と面積を持つ「川口市」をそのまま用いるという意見が過半数を占めました。しかし合併協議会が選んだ市名は「武南市」というものでした。
 武南市という意見も挙がってはいたのですが、わずかにアンケート総数の2%を占めるに過ぎません。このときも「なんのためのアンケートだ」と憤る声が頻々と上がりました。
 そしてこのときも、多数を占めた市名を採用するというわけではない、という断り書きは、確かにあったのです。しかし、過半数の回答者が選んだ答えを無視するというのも、やはり問題がありそうです。
 たぶんそのときの協議会の考えとしては、

 ──「川口市」とすると、もとの鳩ヶ谷市や蕨市の住民が、「川口に吸収された」と感じてしまい、不満を持つだろう。それなら3市のどれとも関係のない名前をつけるべきだ。

 ということだったのではないかと想像しています。こういうのは市町村合併のときによく問題になる件で、住民同士の反目を懸念するあまりになるべくニュートラルな新市名をつけようとし、その結果「みどり市」のような意味不明の市名、「奥州市」のような身の丈に合わない広域名を名乗る市名がやたらと増えました。
 「武南」は武蔵国の南側という意味で、確かに川口市には武南病院があり、鳩ヶ谷市には武南警察署があり、蕨市には武南高校がありましたから、この一帯の地名としてふさわしくなかったというわけではありません。しかし住民の意向を無視された川口市は──それ以外の理由もあったと思われますが──結局合併を拒否しました。
 この話、今回の高輪ゲートウェイ駅騒動に酷似しているように思えます。要するに市名にしろ駅名にしろ、公募という方法をとるからには、1位になった候補をそう無碍にするべきではないということ、何か方針があるのであれば、無条件の公募などせずにちゃんと腹案を説明しておくことなどが必須であるようです。
 以上が手続き上の問題です。まずここを批判する声もたくさん上がっていることを、関係者は知っておいて貰いたいと思います。

 次に駅名自体の問題ですが、これは私にもいろいろ言いたいことがあります。
 上にも書きましたが、カタカナを混ぜればイマ風のインパクトのあるものになる、という考えかた自体が、救いようもなく時代遅れです。
 駅ですから、自分が将来そこの近くに住んだり勤めたりということが無いとは限りません。そういう想像をしたときに、
 「お住まいはどちらですか」
 「高輪ゲートウェイです」
 と答える気羞しさを思えば、こんな駅名にして貰いたくないという気分も理解できるというものでしょう。越谷レイクタウンがいまひとつ人気が出ないのも、駅名のせいかもしれないのです。
 そもそも一般の人々が、駅名にインパクトだとかエッジの効きだとかをまったく期待していないのは、上位になった候補を見ても明らかです。利用者にとって駅名に求めるのは、場所が容易に想像でき、長く使っても古びないというのがいちばんであって、インパクトがあればあるほど古びるのも早いということを、人々は無意識のうちに洞察していたのだと思います。
 カタカナを混ぜた駅名というのは、バス停や路面電車の停留所の印象があり、どちらかというと安っぽく感じられます。私鉄ならまだしも、JRはなるべくやめてくれというのが一般的な意識でしょう。もちろんいまではJRも民間企業であるわけですが、それにしても国鉄のあとを嗣いでいるという自覚を持ってくれ、と言いたいわけです。
 もっとも私自身は、こんなことになるのではないかという危惧は持っていました。かれこれ7年近く前に、日誌に「山手線の新駅」というエントリーを書いていますが、その中で、

 ──(駅名を)泉岳寺とするか、あるいは高輪とでもするか、あるいは最近のJR東日本のことだからもう少しカッコをつけてカタカナ混じりの駅名などにするか、それはまだまったく未定です。車輌センター跡地にできるであろう大規模施設などの名前をつけることになるかもしれません。

 というくだりがあります。JR東日本の思考方法を心得ていれば、予想できた結果ではありました。
 何しろJR東日本は、主に東北地方ですが、こっぱずかしいような駅名改称をさんざんやってきた前科があります。地元の観光局などの要望だったのかもしれませんが、JR東日本がそれに便乗したのは事実です。
 黒沢尻北上尻内八戸毛馬内十和田南、などはるか昔から改称はおこなわれていましたが、北上線「ゆだ高原」「ほっとゆだ」「ゆだ錦秋湖」の「ゆだ」三連発、山形新幹線奥羽本線)の「さくらんぼ東根」などは最低の例です。さくらんぼ東根のごときは、窓口で切符を買うのもこっぱずかしくなりそうです。さいはてのローカル線・五能線に突如現れる「ウェスパ椿山」という駅名も違和感ありまくりです。
 とにかく観光地指向、コマーシャル指向なのです。温泉などならまだしも、施設名ということになると、その施設が廃止された場合には宙に浮いてしまいます。実際、千葉県の行川(なめがわ)アイランドなどは、駅名のもとになった遊園地はとっくに閉鎖されてしまい、他には駅周辺にろくな呼び物が無く、駅名を再改称するほどの経費ももったいないほどで、幻の施設名をいつまでも名乗っています。
 さて、ゲートウェイというのは、施設名ですらないようです。高輪ゲートウェイという大規模なショッピングモールとかそんなものができるわけではありません。このあたりを「グローバル ゲートウェイ」にしようというコンセプトでしかないのです。遠からず、意味がわからなくなる公算が大きそうです。
 だいたいグローバルゲートウェイというのはいったいなんなのでしょうか。そもそもglobal gatewayという文字を見て、外国人には意味がわかるのでしょうか。翻訳エンジンにかけてみたら、そのまんま「グローバルゲートウェイ」としか訳語が出てきません。
 gatewayというのは辞書を引くと「門、関門、入り口」とあります。大邸宅などの、門(gate)から玄関(entrance)まで、クルマが通ってゆけるような道のことをゲートウェイと呼ぶのだろうと思います。それで考えれば、東京湾とか羽田空港とかを「世界に向かって開かれた門」と見なし、その門に向かう道という意味を持たせているのだろう……と、日本人なら想像がつきますが、はたして外国人に通じるかどうかは疑問です。
 「Takanawa Gateway」という駅名を見て、普通の外国人がイメージするのは、単に「高輪入口」というだけのことでしょう。例えば高速道路の入口のようなものです。「世界に向かって開かれた門」などというのは、日本人にしか通じない用法で、しかも上のとおりかなりの想像力を働かせなければなりません。そんな名称が、駅名として適当なのでしょうか。

 それに「グローバル ゲートウェイ」などというコンセプトが、本当にイマ風であるのかどうかも検討する必要があります。グローバリズムというのは、確かに少し前まで、絶対的な正義であり、逆行しようもない世界の潮流であるかのように思われていました。しかし、相次ぐ宗教テロ、民族テロの頻発によって、いまやグローバリズムを疑う声のほうが大きくなりつつあります。
 グローバリズムというのは、西洋キリスト教世界が、自分たちの価値観や論理が、すでに世界の隅々まで行き渡って普遍的なものになっていると、傲慢にも錯覚したことによって推し進められた社会潮流であったと考えざるを得ません。この錯覚により、安心して、というよりたかをくくって、国境を開放したところ、西洋キリスト教世界とは違った価値観と論理を持った人々がたくさん入ってきて、もとからの住民とトラブルを起こし、不満を持ってテロを起こしまくりました。
 国境を無くすのはまだまだ時期尚早であったことを西洋人も悟り、いまやどの国でもナショナリズムが息を吹き返しつつあります。
 そのことに気づかず、いまだに日本人はグローバリズムを素晴らしいことと受け止め、「グローバルな何々」とつけば何事によらず、進歩的で開放的な、未来を先取りしたようなものであるかのような印象を受け続けています。そんなことは無いだろう、と言うかもしれませんが、ナショナリズムというとどこか右翼的で後ろ向きなイメージを抱く人が多いでしょう。その分だけ、まだグローバリズムに対する幻想が根強く残っていると考えられます。
 「グローバル ゲートウェイ 品川」というコンセプトも、その残滓みたいなものと思わざるを得ません。つまり、未来志向のつもりでJR東日本が打ち出したコンセプト自体が、すでに時代遅れなのです。

 駅名というのはそう簡単に変えられるものではありません。行川アイランドもそうですが、すでに実体が無いのに駅名がそのままになっている駅は、JR・私鉄を問わずたくさんあります。東急学芸大学駅や都立大学駅、小田急向ヶ丘遊園駅、西武大泉学園駅などなど。地元住民が駅名を変えて欲しくないと要望する場合もありますが、改称にはかなりの経費がかかるためにそのままになっているというケースも多いのです。プラットフォームや駅舎の駅名看板を掛け替え、あちこちに無数に掲示されている路線図などを作り直し貼り直し、登記も変更し、駅前のいろんな表示なども付け替えなければならず、ひと駅につき1億円や2億円は優にかかると言われます。
 だからこそ、駅名というのは、いっときの流行などに流されず、穏当にして着実なものをつけるべきなのです。公募の結果を見ると、多くの人々はそのことをよくわかっていると思われます。JR当局だけがわかっていないのです。
 東北地方の駅名改称は、地元の要望を反映したのかもしれません。しかし、山手線の駅名に、人々はキャンペーン的な添え物を求めてはいませんでした。JRには、公募結果を見て、エッジの無さを物足りなく思うより前に、まずそこを配慮して貰いたかったと思います。
 私自身の意見を言えば、1位の高輪で充分だと思います。鉄道局と陸軍との確執を現在にまで持ち越す必要はありませんし、高輪を称する施設が品川駅近くに多いというのも、しばらく経てば解決されるでしょう。新橋・浜松町・田町・高輪・品川……流れとしてきわめて自然です。
 撤回署名が多数寄せられても、もちろんJRとしてはそれに応じる義務はまったくありませんけれども、この不評ぶりをいちおうはまじめに受け止めて貰いたいものです。そして、新駅の名称にむやみと英語もどきのカタカナ語をつけたがる癖も、そろそろあらためて貰えればと思います。

 ところで同じ頃、東京メトロ日比谷線にも新駅が造られることが発表されました。霞ヶ関神谷町のあいだに設置されるようですが、この2駅のあいだはもともと1.3キロしか無く、新駅ができると駅間距離が非常に短いことになります。隣の神谷町~六本木間は1.5キロあるので、こちらにもひと駅くらい造ってしかるべきかもしれません。
 新駅の名前は虎ノ門ヒルズ。こちらは特に公募などもせず、メトロ側で決定したようです。
 こちらにもカタカナが入っていてあまり感心しませんが、まあ地下鉄である分、JRよりは許容されやすいでしょう。
 ただ、もとからある銀座線虎ノ門駅とは地下道をつなげるそうで、もしかすると乗換駅扱いになるかもしれません。それなら、素直に虎ノ門という駅名にしておけば良いようにも思われます。虎ノ門ヒルズは確かに大きな商業施設でランドマークにもなっていますが、メトロの直営というわけでもないし、追随する必要も無さそうな気がします。
 日比谷線は六本木も通っています。いっそのことこちらも六本木ヒルズ駅と改称し、路線名もメトロヒルズラインとでも改称したら良いかもしれませんね。

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