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「戦勝記念日」に [世の中]

 5月9日は、独ソ戦が終結した日だそうで、ソ連、引き続いてロシアでは、戦勝記念日として毎年軍事パレードなどがおこなわれているようです。
 1941年ナチスドイツバルバロッサ作戦を発動、いくつものルートでソ連に攻め込みます。緒戦では、ドイツ軍は各地でソ連の赤軍を圧倒し、北方ではレニングラードサンクトペテルブルグ)が包囲され、中央ではスモレンスクが占拠されました。南方戦線だけは少々手間取っていましたが、スモレンスクを安定させた中央軍が加勢することで、キエフハリコフが陥落しました。
 各地に橋頭堡を築いたドイツ軍は、モスクワへ向けて進軍しますが、ここでソ連軍に強力な援軍が加わります。その名は冬将軍。かつてナポレオン軍も撃退したことのある凄腕です。この年は例年より冬の訪れが早く、ドイツ軍はモスクワまで数十キロというところまで進みながら、降雪と泥濘に阻まれて停滞してしまいます。そのころ、USAレンドリース法が成立、ソ連軍に無制限に兵器が供給されることになり、ドイツ軍は一転して防衛戦を闘わなければならなくなりました。
 ドイツ軍はあちこちで包囲され、特にスターリングラードでは泥沼のような攻囲戦が繰り広げられました。42年中はそんな状況が続き、43年に入るとスターリングラードのドイツ軍も降伏します。ナチスドイツは戦線を整理することを強いられましたが、ヒットラーはなおも積極攻勢を命じました。
 そのため各地のドイツ軍は撤退することもできず、かなりの抵抗は示すものの徐々に各個撃破されるに至りました。
 44年に入ると、ドイツ軍は国境線まで押し戻され、ソ連軍はさらにドイツ国内にまで攻勢をかけます。翌45年4月、赤軍の司令官ジューコフ元帥はベルリン総攻撃を決行、月末にヒットラーが自殺します。5月2日にベルリンが陥落、そして8日に降伏文書の批准がおこなわれましたが、いろいろあって批准式が完了したのは24時を過ぎてしまい、そのため終戦は9日ということになっているわけです。
 以上の経緯のため、ソ連はナチスドイツにとどめを刺したのは自国であると誇ることになるわけです。そして、いまに至るまで、「反ロシア」的な存在に対して「ネオナチ」というようなレッテルを貼る癖が消えないのも、

 ──ナチスを倒したわれわれに歯向かうヤツらは、みなナチス同然だ。

 という論法によるところが大きいと思われます。
 ただし、ソ連は独力でナチスドイツを倒したわけではありません。英国から、そしてUSAから、巨額の軍費や大量の兵器を供給されてのことです。USAのレンドリース法は、しばらく眠っていましたが、最近復活し、こんどはウクライナに適用されて、ロシアを圧迫するに至っています。
 しかも、独ソ戦を通じて戦死したソ連兵は2000万とも言われ、第二次世界大戦に参加した国の中でも群を抜いており、文字通り桁の違う数です。もちろん対戦していたドイツよりもはるかに大量に出血しているのです。確かに勝ちはしたものの、その内容はあんまり褒められたものではありません。ドイツ軍は、殺しても殺してもあとからあとから湧いて出てくるソ連兵を前に、心を折ってしまったのではないかと思われるほどです。「ロシアの兵士は畑にいくらでも生えてくる」と言われる所以です。

 まあ、内容はともかくとして、5月9日はソ連、そしてロシアにとって誇らしい日であることに違いはありません。近代以降、大きな戦争に滅多に勝っていないロシアにとって、忘れがたい勝利の日なのです。
 輝かしいこの日を、今年のプーチン大統領は「勝利を重ねる日」としたがっていたようです。つまり、ウクライナ戦争の勝利宣言をこの日に出す予定だったというのでした。
 このたびの侵攻の数日後に、ウクライナの「解放」を宣言し祝祷するはずだったプーチンの「演説草稿」が誤配信されたなんて騒ぎもあり、それは真偽のほどは明らかではないのですけれども、独ソ戦の戦勝記念日にウクライナ戦の勝利、いやロシア側はまだ今回の侵攻を「戦争」と認めてはいないので、ロシアの立場としては「ウクライナ解放の成立」を宣言するつもりだったのは確かなようです。
 しかし、4月後半になっても、戦線はさっぱりらちがあきません。上に書いたように、USAでレンドリース法が復活し、ウクライナに適用されることになったので、ウクライナにはこれからどんどん新型の兵器が供給されることになります。それに対し、ロシアは西側の経済制裁により、半導体などもろくに調達できなくなり、近代兵器の補充もままならなくなっています。
 キーウ制圧は失敗し、やむなく東部だけの制圧に切り替えたものの、あちこちで占領地を奪還されつつあります。すぐに陥ちるはずであったマリウポリすら、まだ抵抗が続いています。黒海艦隊の旗艦モスクワが沈み、そのほかの艦船も何隻も撃沈され、おそらく黒海艦隊はもうほとんど壊滅しているのではないかと言われています。さらに、軍の幹部クラスの動向などはことごとく西側に察知されて、すでに将官クラスの上級軍人が十数名も戦死しています。将官クラスが戦死するなどというのは大変なことで、普通は軍隊崩壊からの大潰走でもしない限りはあり得ない事件です。
 プーチンに対し、どれほどの正確な情報が伝えられているのかはまったく不明ですが、さすがにこの状況で「解放宣言」は無理だと考えたのでしょう。その次にはこの日に「正式な宣戦布告をおこなう」という予測が流れました。
 ロシアはウクライナに対し宣戦布告をしていないので、国際法上では確かにまだ「戦争」ではなく「紛争」でしかありません。もともとちょっと脅せばウクライナが頭を下げ、ロシアの思いどおりになる予定だったのですから、宣戦布告などする必要を感じなかったのでしょうが、そのままずるずると攻防戦が続くことになりました。
 宣戦布告をすれば、はっきりと戦争状態になります。そうなると、戦時体制になりますので、国民に対して徴用や徴発をおこないやすくなるというメリットがありますが、国際的にはのっぴきならない領域に足を踏み込むことにもなります。はたしてプーチンが、戦勝記念日のスピーチで何を言い出すか、ネットなどでもけっこう注目されていました。
 結果としては、プーチンのスピーチはわりとおとなしめで、解放宣言も宣戦布告もしませんでした。ただこのたびのウクライナ侵攻が「正しいことであった」と言い張るにとどまりました。もちろん他国への軍事侵攻を正当化するのはけしからんことではあるものの、勢い込んで注視していた人々からすれば、いささか肩透かしと言うべきでした。
 軍事パレードに参加した戦車その他の兵器の数も少なめでした。多くはウクライナに行ってしまっているからかもしれません。思いのほかしょぼいパレードであったという評価が有力です。

 ところでこれに先立って、プーチンは旧ソ連諸国の首脳・国民にメッセージを送っています。
 「人々に戦争の災難をもたらしたナチズムの復活を許さないことが共通の義務だ」
 というのですが、ネットでは、

 ──いや、現在進行形で人々に戦争の災難をもたらしているのはあんただろうに。

 と、たちまちツッコミの総攻撃を受けていました。何度も指摘しているとおり、プーチンやその取り巻きたちが言っているナチズムというのは、「ロシアに歯向かうもの」という以上の意味は無さそうです。このプーチンの言葉を補うならば、

 ──ナチズム(=ロシアに歯向かうもの)を許さないことが、(旧ソ連諸国の)共通の義務だ。

 ということになります。
 旧ソ連諸国と言っても、その大半はいまや独立国であり、ごく少数を除いては、ロシアを宗主国のごとく仰いでいるわけではありません。むしろ機会さえあればロシアの影響下から逃れたいと考えているらしき国のほうが多数と思われます。そういう国々を相手に、
 「共通の義務」
 などと主張するあたり、プーチン並びにその周辺の感覚がよく顕れている気がします。
 つまり、ロシアがソ連の後継国家なのであり、従ってロシア以外の旧ソ連諸国は、ロシアの属国であり、ロシアの意思に従うべきなのだ……という感覚を、いまなお保ち続けていると言って良いでしょう。カザフスタンも、タジキスタンも、アルメニアも、アゼルバイジャンも、当然ウクライナやモルドバも、彼らにとっては「外国」という意識が無いのだとしか思えません。
 そう考えると、ウクライナ侵攻をちっとも悪いことと思っていないらしい彼らの態度も、納得できます。彼らにとっては、ウクライナ侵攻は「国外への侵略行為」ではなく、
 「自国の一部地域が言うことを聞かなくなったので、懲らしめるために兵を送っただけであり、他国から文句を言われる筋合いはない。それはいわば内政干渉である」
 という意識なのであるに違いありません。ウクライナはロシアの属国であり、ロシアの意に従わなければならないはずなのに、EUに入るとかNATOに入るとか言い出して、ロシアに反しようとしている。ロシアに反しようというのだからその首謀者はネオナチでしかあり得ない。そのネオナチの輩の毒牙から、ロシアに従順であるはずの国民を救わなければならない……という論理展開になるのでしょう。
 形としては独立を認めていても、内心では旧ソ連諸国を独立国とは思っておらず、依然としてロシアを宗主国とする属国群であると考えているのが、現在のロシアの指導者たちなのです。
 私は、韓国が日本に対して、本当に独立したという意識が欠けているのではないかと疑っていますが、ロシアも旧ソ連諸国がすでに独立しているという意識に至っていないのだと思われます。なおかつ、ロシアは旧ソ連諸国のひとつであるに過ぎず、ほかの構成国に対して形の上では同等だったはずなのに、そのソ連のなんやかやをすべて受け継いでいるかのように錯覚しているのも間違いないでしょう。
 2014年にクリミアを併合したとき、西側諸国が案外とすんなり認めてしまった形になったがゆえに、ロシアはウクライナ他の旧ソ連諸国に対し、宗主的な地位に居るということを認められたと確信したのかもしれません。
 旧ソ連諸国がみんなロシアの属国みたいなもので、ロシアの陣営に居るべきだとする迷妄からロシアの指導陣が醒めない限り、この戦争は終結しそうにありません。たとえ経済的な理由で継戦不可能となり、一旦は撤退したとしても、この迷妄が続く限り、またいつか必ずロシアは再侵攻するに違いないのです。
 国際社会はロシアに、ウクライナもアルメニアもカザフスタンも、ロシアと対等な独立国なのだということを骨の髄から教え込まなければならないのではないでしょうか。軍事的にロシアを抑え込むだけでは、悲劇は何度でも繰り返されることでしょう。

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