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米朝首脳会談終わる [世の中]

 昨日、USAトランプ大統領と、北朝鮮金正恩総書記の会談がシンガポールでおこなわれて、テレビなどはどのチャンネルを見てもその話題で持ちきりでした。マダムなどは午後のサスペンスの再放送を見ていたところ、いきなり打ち切られて記者会見がはじまったので、大いにおかんむりになっていました。
 USAと北朝鮮の首脳がサシで会談するのは史上はじめてのこととあって、むしろ外野のほうが異様に盛り上がっていた観があります。少々はしゃぎすぎではないかと思われるほどでした。そのため、期待が妙にふくれ上がっていたのではないかと思われます。実際に共同声明が発表されると、ややがっかりな空気が流れたようでした。
 いちばんの問題だった核兵器の放棄についてはもちろん触れられていましたが、USAの主張していた「完全かつ検証可能で不可逆的な(CVID)」核廃棄という文言は入れられませんでした。もちろん、いくら不可逆的という文言を入れたところで、かの民族はあっという間に無かったことにしてしまうのは、韓国とのいわゆる慰安婦合意の件で、われわれ日本人にはよくわかっているのですが、しかしとにかくいちどでも国際場裏で明言されれば、それを破った場合の他の国からの批難の度合いが違ってきます。CVIDを盛り込まないという妥協をするべきではなかったと思います。
 一方、北朝鮮が主張していた「朝鮮半島の」非核化という言いかたはしれっと盛り込まれていました。言うまでもなくUSAが要求していたのは「北朝鮮の」非核化ですが、北朝鮮側はその都度「朝鮮半島の」非核化に応じるという言いかたでかわしてきました。「朝鮮半島の」非核化ということになると、当然ながら北朝鮮だけではなく韓国も含まれます。在韓米軍は、在日米軍と同じく、核兵器は「装備していないことになっている」わけですが、本当のところは誰にもわかりません。韓国に確実に核兵器が無いということを保証するためには、在韓米軍が撤退するしか無いわけで、北朝鮮の言う「朝鮮半島の」非核化とは、在韓米軍の撤退を要求するという意味になります。
 もちろん、共同声明は両者の会談内容の一部でしかないでしょう。裏でどんな交渉がおこなわれていたのか、それは現時点ではわかりませんし、今後積み重ねられてゆくであろう事実から判断するしかないのでしょうが、さしあたって表に出てきた文面だけを見れば、「非核化」に関しては、どうも金正恩のほうがうまく立ち回ったような気がしてなりません。

 さらにトランプ大統領は、体制保証という言質を与えてしまいました。
 まあ金正恩にしてみれば、何よりもかによりも、自分の地位を保全することが肝心であったわけです。核兵器の開発も、言ってみれば自分の地位を確保するためのツールという面があったと思われます。言い換えれば、地位さえ確保できれば、核兵器を放棄することなど安いことだったのかもしれません。
 当然ながら、体制保証だけは、どうしても譲れない一線として頑張ったのではないでしょうか。
 前交渉の段階で、「リビア方式」というタームが何度も飛び交いました。かつてリビアが核兵器開発をおこなっているというので、国連軍──実際はほぼ米軍──が空爆の末、当時の指導者であったカダフィ大佐に、今回と同様の「完全に検証可能で不可逆的な」核放棄を呑ませ、査察団を入れてわずか数ヶ月のあいだに本当にすべての核開発施設を使用不能にしてしまいました。要するに短期間で外部の手により核兵器を放棄させるというのがリビア方式であって、北朝鮮が従来言ってきた「段階的な放棄」に対応する概念です。
 ところが、カダフィ大佐は核放棄に合意して7年後、みじめな最期をとげます。これは実のところUSAとは関係なく、チュニジアエジプトで発生したいわゆるジャスミン革命に影響されたリビア国民が、圧政を斃すべく立ち上がったのに対し、カダフィが強圧的態度で臨んだせいで、革命軍にひきずり出されたカダフィは、「生かしておけ」という司令官の指示にもかかわらず、いつの間にか殺されていたのでした。一説には少年兵による誤殺であったとも言われます。
 カダフィ大佐の核放棄と、その末路とは、本来あまり関係のないことであるにもかかわらず、北朝鮮も「リビア方式」でやらなくてはならない、という米高官の言葉を聞いた金正恩は、自分が殺されるところまでをセットとして受け取ってしまった気配があります。またトランプ氏も同じ認識で居たようでもあります。彼はよくSNSで政見を語りますが、いちど、

 ──リビア方式でなくとも良い。

 というようなツイートを流して物議を醸しました。これはどうやら、段階的な核放棄であっても構わない、という意味ではなくて、体制を保証してやっても良い、ということだったらしい。
 いずれにしろ、金王朝が存続することについては、USAが保証することになってしまいました。これについて不満を言う人も多いのですが、私などが見ていると、USAというのはそういう国だよなあ、と思わざるを得ません。いかにも「民主化」の旗手のような顔をして、ひとの国の政治体制に無遠慮に口を出してくるというイメージがありますが、実はUSAの意志に逆らわない限りは、そんなに体制にくちばしをはさむことはありません。USAに従順であるがゆえにその体制が見過ごされている独裁国家は、けっこう多いのです。民主化の旗手のつもりなら、そういうところにも干渉したらどうだと言いたくなりますが、要するに民主化という旗印も、USAにとっては方便にすぎないということが言えるのではないでしょうか。もちろん、USAはUSAの国益によって動いているのですから、それで良いのです。いい気なものだとは思いますが。
 体制保証と言っても、USAが直接北朝鮮の体制にくちばしをはさむことをしない、というだけの消極的な場合と、金王朝の存続のための後ろ盾になる、という積極的な場合とがあります。どちらを保証したのかはわかりません。前者であると思いたいところですが、

 ──カダフィのようにはなりたくない。

 と金正恩が訴えてトランプがそれを認めたとすれば、積極的な保証ということになりかねません。そうなると、いろいろ迷惑する向きが出てきそうです。

 北朝鮮の体制については、いろいろ勘ぐる人も多いようで、もう崩壊寸前だと言う論者も居れば、まだまだ盤石だという観測者も居ます。金正恩がシンガポールに行っているあいだにクーデターが起こるのではないか、それをおそれているのでシンガポールに来るのは影武者であろう、などと面白おかしく論ずる人も居ました。
 北朝鮮の人民が金王朝をどう見ているかについては、なんとも言えません。あんな専制王朝が長く続くはずはない、と見るのが普通でしょうが、北朝鮮の体制に酷似した李氏王朝が、550年の長きにわたって存続しえたという「実績」を甘く見てはいけないと思います。人民の生活は苦しく、厳しい身分制度にがんじがらめになっている状態は、「近代」というものを受け容れた私たちにとってみれば耐え難いありようでしょうが、はたして北朝鮮の人民がそんな社会を壊したがっているのかどうか、軽々しく判断はできません。李氏朝鮮の人民たちも、ぶつくさ文句は言いながらも、王朝には従い続けていたのです。
 福沢諭吉勝海舟も、李氏体制に不満を抱き世直しを試みようとする、西郷隆盛みたいな人物が必ず朝鮮に現れるはずだと期待し続けました。そういう志士が出てきたら、彼らと手を組んで、共に文明開化を成し遂げようと考えていたのです。その期待の根拠は、おそらく接した朝鮮人たちから、いまの生活に対する文句をたらたらと聞かされていたことがあるのではないかと想像します。これだけ不満が高まっているのならば、必ずや「維新の志士」たちが立ち上がるに違いない、と錯覚したわけです。
 しかし、福沢や勝の期待にもかかわらず、李氏体制を打開しようという人物は現れませんでした。福沢は金玉均のような改革派に望みを託しましたが、彼らは結局多数派工作に失敗し、勝算の乏しいクーデターに走って玉砕しました。福沢がその後「脱亜論」を唱えたのはよく知られています。彼は深い絶望感に襲われていたのでした。
 北朝鮮も同じような状況ではないかと私は考えています。いかに生活が苦しく、身分差別がひどくとも、それはいわば「勝手知った苦労」であって、「近代」というものに向かい合うストレスに較べれば、彼らにとってはそのほうがましだと思われているのではないか……ということは、前にも書いた記憶があります。
 550年とは言いませんが、金王朝は周囲の困惑をよそに、けっこう200年くらいは続くかもしれません。

 大ざっぱに言って、今回の共同声明は、どちらかというと金正恩の主張のほうがいくぶん色濃く出ているという印象を受けました。会談後の様子は、トランプも金正恩も、すこぶる上機嫌でしたので、どちらもさほど不満は持たなかったと見えます。だとすると、声明で金正恩のほうにウェイトがかかっているならば、裏ではトランプの要求もかなりの程度通ったという証拠になりそうではあります。いわば、金正恩は「名」を取り、トランプは「実」を取ったというところでしょうか。
 それにしてもまあ、そんなに衝撃的なこともない、薄味の声明であったという感じはぬぐえません。いやに世界の耳目を集めていたにしては、肩すかしのようなところがありました。
 韓国の文在寅大統領は、「歴史的な一日だった」などとすっかり舞い上がっていましたが、それほどのこととは思えません。何か大変なことが決まったということは全然無かったのです。USAの大統領と北朝鮮のトップがサシで会ったのがはじめてだったという点では、確かに「歴史的」ではあるのでしょうが、いままでの6ヶ国協議などでらちがあかなかったのを、一対一で話したというだけのことであり、感激するような事態ではなさそうです。
 USAは北朝鮮の体制保証をするとは言いましたが、経済制裁を止めるともひとことも言っていないのであって、にわかに情勢が変化するとはとても期待できません。何事も、これからというところでしょう。

 われわれとしては、日本人拉致についてトランプがちゃんと言ってくれたのか気になるところです。共同声明にはこの件は入っていませんでした。それで失望する向きも多かったと思いますが、まあ「米朝」の声明に明記するような性質のことでないことも確かです。
 トランプ大統領は会談の前にも後にも、安倍晋三首相と長々と話しており、拉致事件に言及しなかったということは無いでしょう。実際、「書いてはいないが、ちゃんと話した」と記者に答えています。それに対し、北朝鮮の常套句である「解決済み」という言葉も無かったと言いますから、一応トランプ大統領は扉を開けてくれるところまでやってくれたのだと考えたいところです。このあとは、日本政府がやるべきことです。
 そういえば日本のメディアは、米朝会談について、しきりと日本が──ということは安倍首相が──蚊帳の外に置かれている、などと言いはやしていましたが、安倍首相は疑いもなく今回の立役者と言って良いでしょう。舞台上の役者としては立っていませんが、脚本家というか演出家というか、いわばトランプに丁寧に所作をつけてやったようなものです。
 先日のG7でも、貿易不均衡を是正するように求めるトランプ大統領が、開催国であるカナダを含む多くの参加国の首脳と険悪なことになりかけたとき、その場をおさめたのが安倍首相だったと言います。どの国の首脳からも一目置かれていたからこそその場をおさめられたわけで、やはり外交に関しては凄腕だと認めざるを得ません。
 小泉元首相の訪朝のときも、なんとなく腰の定まらない小泉氏の隣で金正日と実際に渡り合ったのは、安倍晋三官房副長官でした。それから失意の時期もあったとはいえ、復活してからこの5年間で、北朝鮮に対するすべての布石を打ち終わったというところではないでしょうか。その最後の石が、トランプ大統領だったのです。
 そう遠からず訪れるであろう日朝首脳会談こそ、安倍首相にとっても、日本国にとっても、正念場と言えそうです。

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