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地震と水害 [世の中]

 このところ自分の用事にかまけていて、関西の地震やら西日本の大水害やらについてまったくコメントしておりませんでした。遅ればせながら、亡くなられたかたがたにはご冥福をお祈りし、被害に遭われたかたには心よりお見舞いを申し上げます。
 地震については、もはや日本の中で、ここなら大丈夫と言える場所は無いと考えたほうが良いように思います。一昨年の熊本地震もそうでしたが、

 ──まさかこの地域ではそんなに大きな地震は起こらないだろう。

 と思われていたところで、平気で大揺れがくることが最近増えている気がします。日本列島自体が3つだか4つだかのプレートの境目に乗っかっている以上、どこに住んでいようと地震に遭うことは避けられないでしょう。地震を制御することは、現在の人類の智慧ではまだ不可能です。
 しかし、「大地震」を「大震災」にしないための工夫はできると信じたいところです。実際のところ、東日本大震災だって、津波さえ来なければほとんど死者は出なかったと考えられるのです。私は当時、「震災」ではなく「津災(しんさい)という名称を提案しました。まあ、沿岸部では大地震のときに「津波さえ来なければ」などと言ってみても仕方のないことかもしれませんが、よりによって千年に一度というほどの大津波が発生してしまったのはやはり不運だったと言えるでしょう。これが百年に一度程度の規模であれば、助かった命も多かったのではないでしょうか。
 今回の地震でも、倒れたブロック塀に押し潰されたというようないたましい事故が何件もありました。家屋には耐震工事を施しても、塀までは手が回っていなかったのでしょうが、これも当事者にとっては「まさか」という出来事だったのだと思います。阪神淡路大震災の教訓が地元で活かされていなかったのかと嘆きたくなりますけれども、地元と言っても今回は比較的内陸のほうだったので、阪神淡路のときもそれほど揺れが大きくなく、そのために危機感がわりに薄かったのかもしれません。
 被害を受けたかたがたには満腔のお悼みを申し上げますが、このように「まさか」と思われるようなところでの地震が頻発しているのは、国民の防災意識を高めるためには有益と言えます。30年以内に90%の確率で訪れるだろうと言われる南海トラフ地震など、広域にわたって大揺れしそうな巨大地震に備えるには、日本列島のどこに居ても「絶対安全」は無いのだ、ということを人々の肝に銘じるには、予想しない場所での局地的な大揺れがしばしば起こるという事態がある程度繰り返されることこそ、大きな啓蒙効果を持つように思うのです。

 一方大水害のほうですが、これもまた、日本のどこにでも起こりうる災害ですので、被害に遭わなかった地域の人でも、対岸の火事を眺めているようなわけにはゆきません。梅雨前線が颱風に押されて停滞してしまったため、梅雨明け間近にしばしば降る豪雨が、同じ場所で降り続いてしまったというのが今回の水害の原因のようです。そう滅多にあることではありませんが、かと言って起こるときにはどこだって起こりうる状態です。
 広島高知などは4年前にも大水害が発生しており、踏んだり蹴ったりという様相ですが、関東でも3年前には鬼怒川が決壊したりしてえらいことになりました。水害というのはちょくちょくあちこちに発生するものであって、古来、治水こそが為政者の最重要課題だったわけですが、最近の激甚災害化の多さを思うと、治水の方針を少し見直したほうが良いようにも思えます。
 上に、「大地震」を「大震災」にしないための工夫ができるはずだ、と書きましたが、同じように、増水・洪水という自然現象を「大水害」にしない方法というのはあるのではないでしょうか。
 信玄堤というのは、歴史の教科書でたいてい採り上げられていて、名前だけは有名です。甲斐山梨県)の暴れ川であった釜無川の治水のために武田信玄が造らせたと言われる設備ですが、それがどんなものなのかご存じのかたは案外少ないかもしれません。
 ただの土手ではなく、遊水池を多数附属させています。土手そのものはさほど高くなく、増水した場合には簡単に水が乗り越えてしまいます。ただ、ところ構わず乗り越えられて被害が出ることにならぬよう、こちらの都合の良い場所で乗り越えさせて、遊水池に水を誘導するという工夫が信玄堤のキモです。水を分けて誘導することで、流れの圧力を緩和し、メインの堤防が決壊しないようにしたわけです。16世紀の水力学はなかなかの水準であったようです。
 むしろ現代の治水のほうが、河床や土手をコンクリートで固めるばかりで、芸がないような気さえしてしまいます。もちろん信玄堤の方式を採るには、河川の周囲に相当な面積の遊水池を確保しなければなりませんので、近代の人口増に対応できなかったのかもしれませんが、人口減になりつつあるいまこそ、治水の思想そのものを変えたほうが良さそうに思えます。
 それから指摘されているのは、山林の保水力低下についてです。現在多くの山に植えられているスギなどの針葉樹は、根があまり深いところまで張らず、保水力が低いのだそうです。保水力が高いのはブナ、ナラ、クヌギといった広葉樹で、日本の山林というのは放っておくとこれらの樹木が生えるようになっているはずなのでした。
 それが、戦後に大量の建材が必要だというので、スギを大量に植えたわけです。スギは途中で曲がらずにまっすぐに育つし、比較的短期間で生育するので、建材が大量に見込まれる場合には確かに都合の良い樹木です。
 ところが、それらのスギが育つ頃には、ラワン材など輸入木材のほうが圧倒的に安くなっており、建材に国産のスギを使う業者などあんまり居なくなってしまっていました。スギは結局使われないままに放置され、近年になって大量の花粉を放出して、かなりの割合の国民を悩ませています。
 私自身も花粉症なので、スギにはまったく腹に据えかねるものを感じているのですが、元はと言えば国の林業への見通しが誤っていたことが原因です。
 現在では、治水の多くの部分は地方自治体に任されていますが、本来治水というのは国家事業です。中国の最初の王朝と言われる(か)の創始者・(う)も、黄河の治水を成功させたことで天下をとったのでした。
 国はみずからの責任で、山林をスギ林からもとの広葉樹林に戻すべきでしょう。林業というものを、材木をとるという目的に限定せず、治水や土壌改良まで含めた大きな政策の中に位置づけるべきです。
 広葉樹林に戻すのは、実は難しくありません。上に書いたとおり、日本の山は、放っておけば広葉樹林になるようにできています。ある種の古墳など、立ち入りが禁止された区域は、自然に雑木林、つまり広葉樹が生い茂っています。もちろん本当に放置すると下草が繁殖して密林になってしまいますので、ある程度の手入れは必要ですが。
 古代の製鉄業者(たたら)たちも、そのことをよく知っていました。古代の製鉄にはものすごい量の燃料が必要で、そこらじゅうの山を禿げ山にしてしまうほどでした。ちなみに中国や朝鮮半島の山に禿げ山が多いのはそのためです。
 しかし日本の山林は強靱で、禿げ山にしても30年ばかりで再生します。製鉄業者たちはそれを知って、本拠を転々としつつ、30年ほどで元の場所へ戻ってくるというサイクルを作り上げました。これにより、日本は鉄文明を享受しつつ森林も失わないという、世界史的に見ても奇跡に近いことを実現したのです。
 古代人にさえできていた森林の活用を、現代人ができなくなっているのは大いに問題です。

 地震にしろ水害にしろ、まだまだ考えるべき点、改めるべき点はいくらでもあるし、政府や役所の尻を叩くのも結構なことだと思います。
 しかし、日本人はそれでも、災害の教訓から多くを学んでいる国民と言わざるを得ません。
 関東大震災のときの死者は約10万人でした。それを考えると、東日本大震災の2万人という犠牲者数は、その広域さを思えばずいぶん抑えられたと言って良いでしょう。しかも何度も書いたとおり、2万人の大半は津波による被害であって、揺れたことでの家屋倒壊などによる死者はほぼゼロ、火災もごく少なく済んでいます。
 おそらく日本以外の国であれば、犠牲者はひと桁多いでしょう。まあ日本並みの地震国というと中南米とか東南アジアあたりが多く、いわゆる先進国は少ないのですが、例えばUSAでもカリフォルニアなどはけっこう地震がよく起こります。カリフォルニアで東日本大震災並みの大地震があれば、おそらく犠牲者は2万人などというものではありますまい。
 そういえばニュージーランドの地震で建物倒壊による犠牲者がだいぶ出ました。日本人留学生も亡くなりましたね。日本国内と同レベルの耐震建築が施されていれば、倒壊することはほぼ無かったでしょう。
 防災に関しては、日本はおそらく世界から抜きん出て、ほとんど独走状態と言って良いほどのレベルにあると思います。世界の中でもとりわけ自然災害が多い国なので、それも無理はないでしょう。
 地震、颱風、噴火、熱波や寒波といった自然の猛威を、人の生命や財産を失わせる「災害」にしないための努力は、これからも不断に続けてゆかなければなりません。それは政府や役所の問題だけではなく、国民全員が考えなければならないことでしょう。
 国内では防災対策の質をさらに高めつつ、できれば海外にもその思想やノウハウを輸出できないかと私は思っています。日本の高レベルな耐震建築術を、地震多発地帯にある国に導入できれば、死ななくて良い命が失われてしまうという悲劇も、ずいぶん防げるのではないでしょうか。と言っても、「自然災害は仕方がない」と思っているところが多そうですから、まずは「防災思想」を普及するのが先決です。これこそ、日本という国が末永く世界に貢献できる分野だと信じます。

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