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炎熱の列島 [世の中]

 暑い日が続きます。昨日(23日)などは全国各地で観測史上最高気温をマークし、テレビなどでは「歴史的な日」とまで言われていました。
 私の子供の頃から、長いこと日本最高気温は、昭和8年1933年)に山形市でマークされた40.8度ということになっていました。70年以上にわたって、この記録は不動の一位であり続けました。まあ、戦争中の最後の1、2年は気象記録自体が機密扱いになっていたので、もしかしたらそのあいだにこれ以上の暑さになったことがあったかもしれませんが。
 それが、平成19年2007年)に至って、熊谷多治見で同時にこの記録が塗り替えられ、40.9度が最高気温となりました。さらに平成25年2013年)には高知県の四万十市41.0度の大台に乗ってしまいました。
 そして昨日、またも熊谷で軽々と新記録が出ました。41.1度です。74年間破られなかった山形の記録が、ひとたび破られるや、そのあとは5、6年ごとに塗り替えられているわけです。
 しかし熊谷はまだ、もとから暑い土地として有名でしたが、東京都内で40度以上をマークする日が来るとは思いませんでした。青梅市で、かつての山形記録とタイである40.8度が記録されたのです。青梅は東京都の市ではもっとも標高も高いし、都心からはだいぶ離れているので、都会のヒートアイランド現象とは関係が無さそうです。むしろ普通であれば、23区内なんかよりも2、3度低そうで、過ごしやすいだろうと思えるほどです。ただ言ってみれば山に挟まれた谷底みたいな土地なので、空気が抜けにくく淀みやすいということはあったのかもしれません。要するに熱気がたまってしまったのでしょう。

 熊谷と青梅の他にも、40度を超えた土地はいくつもありました。また40度に達しなくとも、その地点での観測史上最高気温をマークしたというケースが、昨日はずいぶんあったようです。
 かえって那覇あたりが32度とかで、国内でも過ごしやすいほうに属し、いったい日本の気候はどうなってしまったのかと首をひねりたくなる状態でした。
 しかも、この炎熱地獄が、7月中に起こっているのが不気味です。
 山形記録は7月25日のことでしたが、それを塗り替えた最近の最高気温記録は、すべて8月にマークしています。私たちの常識からしても、一年でいちばん暑いのは8月であったはずです。海洋性気候である日本では、太陽光がいちばん強くなる夏至と、いちばん暑くなる時期とは、2ヶ月近い時差があります。ちょうど一日の中で太陽光がいちばん強い正午より、2時間近いあとの14時ごろがいちばん気温が上がるのと同じことです。
 来月はもっと暑くなってしまうのか、それとも今年だけの異常現象として7月中に最高気温がマークされたのか、それはまだなんとも言えません。これよりも暑くなるのではやりきれないという気がします。

 近年急激に最高気温が塗り替えられている理由はいろいろ考えられるでしょうが、やはり気候が変わりつつあると見たほうが良さそうです。よく言われている地球温暖化の顕れであるかどうかはわかりませんが、少なくとも「列島温暖化(熱暑化)」は進みつつあるのではないでしょうか。海流や大気のメガトレンドが変化しているのかもしれません。
 ちなみに地球温暖化という言葉は、私は軽々しく使いたくないのであって、真逆の寒冷化を主張する学者も居り、気象学というよりもむしろ政治的な色合いをおびてしまっています。夏の猛暑とともに、暖冬ということが長期にわたって繰り返されるのであれば、それは地球温暖化を疑わなければならないでしょうが、いまのところその気配はありません。むしろ冬の寒さも長引く傾向がある気がします。
 おかげで春と秋という、日本人にとっては心を洗うような季節が非常に短くなっています。春もの衣裳、秋もの衣裳に袖を通す機会が減っているのは、誰もが感じるところではないでしょうか。四つの季節が、だいたい同じくらいずつの長さをもって訪れるのが日本の佳さだったはずなのが、いまや「二季」となってしまい、春と秋は長い夏と冬とのあいだの過渡的な期間みたいなことになりつつあるようです。
 仕事柄、いろんな季節の歌を集めたりすることもあるのですが、夏と冬の歌に較べて、春と秋の歌のほうが質量共に圧倒しています。夏の歌でも、初夏や晩夏はそこそこあるのですけれども、いちばん暑い盛夏のころというのは、どうにも詩になりづらいようです。このまま夏と冬の二季となって、猛暑の期間が増えてしまうと、日本語の表現活動は衰えてしまうのではないかと心配になります。

 ともあれ、気温が高いところへもってきて、そこらじゅうアスファルトやコンクリートで覆われてしまっていますので、その照り返しが相乗作用となり、体感温度がさらに上がっていることは間違いありません。観測された気温が40度となれば、おそらく日なたの路上あたりだと、体感温度は50度を超えるのではありますまいか。
 カリフォルニアデスヴァレーは世界一の酷暑地帯とされ、世界最高気温56.7度という記録をマークしています。しかし、ここは年間降水量約50ミリ、ほぼ沙漠ですので、空気がカラカラに乾いており、そのため50度超えであっても、水分補給さえ途切らさければそんなに不快では無いのだそうです。汗をかいても瞬時に蒸発してしまうのでしょう。デスヴァレーの暑さを実体験してきた人が、日本の夏のほうがヤバいと述懐しているそうです。
 アフリカの沙漠地帯から来た人が、日本で熱中症で倒れたなんてこともありました。気温そのものは故国のほうが高いのでしょうが、日本の夏の暑さの質には耐えられなかったのです。
 昨日(23日)一日だけで、熱中症による死者は12人に及び、救急搬送者は2377人でした。一昨日(22日)までの1週間での集計では、死者65人、救急搬送者2万2647人だそうです。そういえばここ最近、救急車のサイレンがやたらとよく聞こえます。屋外ではなく、屋内で熱中症になる人が増えているのが今年の傾向だそうです。適切に冷房を使わないと、今年は本当に命にかかわります。皆様もお気をつけください。

 再来年のオリンピックは大丈夫でしょうか。開会式は今日からちょうど2年後、2020年7月24日だそうです。本気で心配です。
 前回、昭和39年の東京オリンピックは、開会式が10月10日でした。しばらく前までこの日が「体育の日」とされていたのはそのためです。そしてこの日に間に合うように東海道新幹線も開業しました。日本で国際的な運動競技大会を開催するなら、まずそのくらいの季節が妥当だと思います。それが真夏から動かせなくなったのは、主にUSAのテレビ局の都合だそうです。
 つまり秋にかかってしまうと、野球のワールドシリーズその他、視聴率のとれるスポーツ中継番組が目白押しになり、オリンピックの中継を入れづらいというので、あまりその種の大きなゲームが無い真夏に開催するよう要求したというわけです。IOCとしても、莫大な放送権料を払ってくれるテレビ局の要求を無碍にはできず、従ったという次第。
 しかし、いくら莫大とは言っても、人命には替えられないでしょう。選手や観客から、熱中症による死者が何人も出たりしたら、東京大会のみならずオリンピック全体の汚点になりかねません。新国立競技場の暑さ対策はあまりめぼしいものが無いようです。ただでさえふだんよりも頭に血が昇りやすい環境ですから、死者が出るかもという懸念は冗談ごとではありません。日本人の観客も心配ですが、日本の夏の気候に馴れていない外国人観客が、文字どおりバタバタ倒れても不思議ではありません。JOCはいかなる犠牲を払っても、10月開催をIOCに諫言すべきではなかったでしょうか。
 オリンピックばかりではありません。甲子園なんかも、今年はいかがなものかと思います。実際、現在進められている地区大会では、プレイボールを夕方にしたりして、昼間の酷暑を避けているところも多いと聞きます。陽が暮れてもあんまり涼しくならないのが昨今の暑さなのですが、直射日光が無いだけまだましでしょう。
 40度超えになっているようなところで子供にスポーツをさせるなど、現代の感覚では虐待に等しいでしょう。関係者はそろそろ真剣に考えるべきです。時期をずらすか、せめてナイターにでもするか。「真夏のぎらつく太陽のもとでさわやかに汗を流す高校球児」などという、時代錯誤で自分勝手な高野連のご老体たちの青春イメージなど、いい加減粉砕してしかるべきだと私は思います。
 体温が42度を超えると人間のからだを構成しているタンパク質が変質して死んでしまいます。そこまでゆかずとも、気温が体温を上回ると、風が吹いても涼しくはなく、よけいに暑苦しい「熱風」にしかなりません。その辺を考えれば、気温が35度を超えたら、高校野球大会など中断すべきで、いまのようなことを続けていると、いつか重大な事故が起こるに違いありません。
 とにかく、半世紀前とは暑さの質が違ってきていることを、みんな意識したほうがよろしいでしょう。いまだに
 「わしの若い頃には、冷房なんぞなくとも平気だった。まったく近頃の若い者と来たら軟弱でいかん」
 などと放言してはばからない爺さまがあちこちにのさばっているのは、まさに老害としか言いようがないと思います。
 冷房を適切に使いながら、なんとかこの炎熱を乗り切りましょう。

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