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さらばわがソウルフード [日録]

 火曜日はローテーションでコーロ・ステラの指導をしています。コロナ禍の影響で、全国的に合唱活動が目の敵にされている昨今であって、私が関わっている他の合唱団はいまのところ活動休止中ですが、この合唱団だけは、7月に練習を再開しています。
 とはいえ、本来の予定であれば7月11日に演奏会を開催していたはずで、それは残念ながら中止にせざるを得ませんでした。この演奏会は、いちおう、場所を換え、内容もスリムアップした状態で、11月下旬にやり直すことになっており、そのためにも練習を再開したわけです。
 合唱団の練習場所としては、地区会館とか公民館とかが使われることが多いのですが、幸いなことにコーロ・ステラが活動拠点としている世田谷区では、部屋の定員を半分にした状態で、合唱活動にも貸してくれるようです。この許容範囲は、自治体によってまちまちで、とにかく合唱はNGというところもたくさんあります。私が指導しているもうひとつの女声合唱団であるクール・アルエットが活動場所としている新宿区は、いまのところまだ貸してくれないようで、いつ活動再開できるかまったく読めません。
 ともあれ世田谷区は制限付きとはいえ貸してくれるので、いままであまり使っていなかった広い部屋を借りたり、それが借りられなければメンバーを半々にしたりして、なんとかやっています。半々というのは、週によって入れ替えるのではなく、一日のうちにダブルヘッダーで同じ内容の練習をおこなうというやりかたなので、先生のほうはなかなか大変です。昔中学校で講師をしていたとき、3クラスおんなじ内容の授業をしなくてはならずうんざりしたことがありましたが、ちょっとそれを思い出しました。

 さて、合唱指導について詳しく書きたいわけではありません。コーロ・ステラの練習場所が、以前からあちこち移動していることをまず言いたかったので、よく利用するのは経堂の地区会館や新代田の区民集会所です。それから祖師谷の同趣の施設も使うことがあります。新代田の区民集会所のすぐ近くなのですが、代田区民センターというのもあってこちらもわりによく使います。以前は松原の施設もよく使いましたが、最近はご無沙汰しています。拠点を決めたいところではありますが、毎週確実に使えるという場所が無く、その都度区内ネットを通して予約しなければなりません。
 経堂と祖師谷の最寄り駅はもちろん小田急経堂祖師ヶ谷大蔵です、代田・新代田はいずれも井の頭線新代田のすぐ近くです。新代田は実は私の実家のすぐ近くでもあり、メンバーのかなりの数が代田の町内に住んでいたりもして、便利なので最近は使用頻度が上がっています。代田とつく駅は、他に小田急の世田谷代田京王線代田橋がありますが、新代田駅はその両者のあいだにあり、代田の町域の真ん中くらいにあたります。
 私が通う場合、小田急線沿線のときは当然ながら新宿から小田急に乗りますが、新代田へ行くときは2通りの行きかたがあります。渋谷から井の頭線に乗る方法と、新宿から京王線に乗って、明大前で井の頭線に乗り換える方法です。
 京王線まわりのほうが、運賃は安くなります。JRの運賃設定が雑で、わが家の最寄り駅である川口から新宿までは220円なのに、渋谷までだと、わずかな距離の差なのに310円に跳ね上がってしまうため(IC乗車券だと数円安くなる)、そういうことになるのでした。しかし、乗り換えが1回増えますし、新宿での乗り換えは決して近くありません。
 渋谷まわりだと、乗り換えは赤羽と渋谷だけで済みます。しかし運賃が余計にかかるのはやはりデメリットだし、少し前まで、埼京線プラットフォームが遠かったのでそれも気の重いところでした。それも、もともとは動く歩道が設置されていたのが、プラットフォームの移設工事がはじまえるとそれも使えなくなり、歩きにくい通路を長々と歩かされるので、それ以来はよほどの理由が無い限り渋谷乗り換えは避けていました。この春ようやく移設工事が完了して歩く距離は短くなりましたが、依然としていささか不自然な乗り換え通路で、使いにくいところはあまり変わっていません。
 そんなわけで渋谷乗り換えはしばらくしていなかったのですが、実はひとつだけ、このルートを使いたい要因がありました。

 前に書いたことがありますが、私は駒場東大前を最寄り駅とする学校にしばらく通っており、その頃以来、駒場東大前駅前のそば屋にちょくちょく通っていました。最初は、高校時代に友達に教えられて行ったのだったと記憶します。もう40年近く前の話です。
 そこの「冷やしたぬきそば」というのが私たちのオススメでした。冷やしたぬきそばはいまはたいていのそば屋にあると思いますが、そこの店のは別格なのでした。ドンブリと見まがうような大きな皿に、高校生大学生が充分に満腹するくらいの量のそばが盛られ、上には揚げ玉だけでなく、かまぼこ、キュウリ、ハム、錦糸卵など、冷やし中華かとつっこみたくなるようなたくさんの具が乗せられていました。それでいて値段もリーズナブルで、高校生の財布にも優しい設定でした。
 その後、別の場所の大学に行ったのでご無沙汰していましたが、大学卒業と共に母校の非常勤講師を務めるようになり、また毎週駒場東大前へ通うようになりました。それで、毎回ではないにせよ、ふたたび駅前のそば屋にちょくちょく足を運ぶようになりました。少し値上げされていましたが、それはまあやむを得ないでしょう。
 母校の講師は6、7年やったと思います。その後も、母校のPTAコーラスの伴奏を続けていましたが、このときは練習時間が15時半くらいからで、さすがにそば屋に寄ってからという時間帯ではありませんでした。それに、渋谷からバスで行くことが多くなり、駒場東大前駅はあまり使わなくなりました。
 それきり、しばらくご無沙汰していたのですが、その店の冷やしたぬきそばはなんだか私のソウルフードみたいになっていて、また食べに行きたいと熱望していたのです。
 コーロ・ステラの練習で新代田へ行くようになって、ちょっと途中下車すればあの店に寄れる、と駒場東大前駅を通りかかるたびに思っていたのですが、なかなか踏ん切りがつきませんでした。
 そんな中、ついに再訪の機会が訪れました。
 都営地下鉄京王電鉄が共同で開催している謎解きイベント「鉄道探偵」シリーズに参加した最初の年。たぶん2017年のはじめ頃だったと思います。このイベントの途中で、駒場東大前駅で下車する必要がありました。私はこの機会にくだんのそば屋を再訪しようと思い、そのあたりで昼食どきになるように考えたのです。同道したマダムに私のひいきの店を紹介しようと思ったことでもあります。
 店はありがたいことにまだ残っていましたし、冷やしたぬきそばも健在でした。ずいぶん値段が上がってしまい、いまではもう高校生が気軽に食べられるような価格帯ではなくなってしまっていましたが、それはもう仕方のないことだろうと思います。運ばれてきたそばを見て、マダムも
 「これって冷やし中華なんじゃ?」
 と眼を見開いたものでした。
 実際、私は他のそば屋でも冷やしたぬきそばをよく注文するのですが、たいていは揚げ玉のほかにはキュウリの千切りくらいしか具は乗っていません。ハムや卵が乗っていたためしは無く、本当にこの店でしかお目にかからない豪華版なのでした。
 このときをきっかけに、私はまたちょくちょくこの店に行くようになりました。まあ、わざわざ遠回りして行くわけではなく、新代田でコーロ・ステラの練習があるときに、少し早めに家を出て駒場東大前で途中下車して立ち寄っただけですが。渋谷から新代田は初乗り運賃で行けるので、駒場東大前で途中下車すると初乗り運賃が2回、つまり倍額かかることになるわけですが、わがソウルフードを食すのであればもったいないとは思いません。コーロ・ステラのローテーションは、通常時で月イチくらいで、本番が近づいたりするともう少しペースが上がりますが、そのうちで新代田に行くのは半分程度の割合です。そして必ずしも渋谷を通るわけではないということを考えると、くだんのそば屋に足を運ぶのはせいぜい3~4ヶ月に一遍程度のものではありました。
 それでも、40年前と変わらぬ満足感を覚えていました。

 今日、久しぶりに駒場東大前に寄ろうと考えました。前に寄ったのがいつだったか思い出せません。今年になってからは行っていないと思います。3月にコロナ禍のため練習が中断されるまでは、私の担当回は経堂ばかりでした。それから6月まで練習が無く、7月に再開されて、それから今日で4回目になります。4回中2回は、代々木上原けやきホールのリハーサル室を使っています。ここはふだん使いしているわけではないのですが、たまたま空いていたのでした。そしてもう1回は新代田区民集会所だったのですが、その日は家を出るのが少々遅くなって、そば屋に寄っている時間がとれませんでした。
 今日は余裕を持って出ました。ちょうど食事のできる時間を計算に入れて練習に間に合うように動いたのでした。
 1年ぶりというほどではないと思いますが、少なくとも9ヶ月はご無沙汰しています。久々のソウルフードに舌なめずりしながら、井の頭線の電車を下りました。
 ところが、なんだか変です。入口のところが、封鎖されているようです。
 おやおやと思って、ふと上を見ると、看板が裏返されています。営業していないようです。
 コロナ禍のせいで、休業してしまったのだろうかと、首を傾げました。
 眼を下に戻して、あっ、と声が出ました。そこには、私の希望をあえなくも粉砕する言葉が書かれた札が貼られていました。

 ──貸店舗

 と。

 私はふらふらとその場を離れました。休業なんてものではありません。店は、永遠に閉められてしまったのです。
 もう、あの豪華な具の乗った冷やしたぬきそば、私の40年来のソウルフードは、どこに行っても食べられなくなってしまったのでした。
 その店、その店と書いてきましたが、実は「更級」「砂場」などと同様、いろんなところで屋号を見かける「満留賀(まるか)です。満留賀は、ここでなくともあちこちに店があります。だからそんなに凹まなくても良いと思われるかもしれません。
 しかし、これらのそば屋は、いわゆるチェーン店とは違います。のれん分けを重ねて店は増えましたが、メニューは店舗ごとの創意であって、ファミリーレストランチェーンのように、どこの店舗に行っても同じメニューが揃っているというわけではないのでした。
 毎週教えに行っているピアノ教室の近くにも満留賀そばはありますが、そこで同じ形の冷やしたぬきそばをみたことはありません。かまぼことハムとキュウリと錦糸卵のどっさり乗った、冷やし中華と見まごう冷やしたぬきそばは、まさに駒場東大前駅前店オリジナルのメニューであったのです。
 胸にぽっかりと大きな穴があいたような気分になりました。
 新代田まで行ってしまうと昼食をとれるような店がほとんど無いので、仕方なく駒場東大前駅前のマクドナルドに入りましたが、せっかくの月見バーガーが、ほとんど味がしないような気がしたものでした。
 さらば、わがソウルフードよ。もう二度とお目にかかることはありますまい。自分の中で、ひとつのことが終わったように思われます。
 どこか他の店で、同じ形の冷やしたぬきそばが食べられるところがあるようだったら、ぜひ情報をいただきたいと切望いたします。

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