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前歯復活 [日録]

 一昨年の10月に、自転車で走行中どうしたわけか電柱に衝突してしまうという事故を起こしました。どういうぶつかりかたであったのか、自分でもその瞬間の意識が飛んでいたようでよくわからないのですが、とにかく気がつくと上唇から大量に出血していました。
 通りがかりの人が、出血に驚いたらしく救急車を呼んでくれました。家の近くだったので、ひとまず一旦家に戻り、保険証や現金など必要なものを持ちました。血まみれになっていた服も着替えましたが、着替えたほうの服にもたちまち血がついてしまいました。出血が弱まってきていたと思ったのですが、下を向いた途端にまたドバッと出てきてしまったのです。
 ありがたいことに自転車も運んでくれていて、それからあらためて救急搬送されました。
 どうも上の前歯が唇に突き刺さったのであったようです。あるいは突き抜けていたのかもしれず、表側からと裏側からと、両方から3針か4針くらいずつ縫合しました。
 それとは別に、左手の人差し指が骨折していて、これはこれでしばらく難儀したのでしたが、唇のほうはとにかく軟膏を塗りたくってイソジンでうがいしまくった成果か、1週間ほどで抜糸できました。しかし、いまでも天候などによってはピリピリと痛みが走ったりすることがあります。
 さて、突き刺さった前歯のほうですが、折れてしまったようだ、とそのときは思いました。舌でさわってみた感じ、前方がすっぽりと空間になっているようだったのです。口の中に何かゴロゴロするものがあって、吐き出してみるとどうも歯の一部であるように思えました。ただ、感じられる空間の大きさに較べて、かけらがずいぶん小さいようです。他の部分はどうしたのだろうかとあたりを探してみましたが、見当たりません。まあそれよりもあとからあとから出てくる血をなんとかしなければならず、それどころではなかったのも事実です。
 しばらくして、前歯の様子を鏡でじっくりと見てみました。
 それまでも、舌に触る歯の数がどうもおかしいことに気づいていました。前歯2本が飛んでいたのであれば、私は親知らずを抜いていますので、左右6本ずつになるはずです。しかし、どう勘定しても7本あるようなのです。もしかして、上の前歯がまるまる折れたわけではないのかもしれない、と思っていました。
 鏡で見ると、なるほど前歯が無くなってはいません。左前歯は、半分くらいは先端まで残っていたようです。右前歯はもう少し短くなっていて、先端が欠けたのは確かでした。
 それにしても、最初から歯に関しては全然痛みを覚えなかったのが不思議でした。欠けた部分が神経にかかっていなかったのでしょうが。
 さらに、自分の前歯がそれまでどうなっていたかを思い返してみると、何年も前に虫歯を治療しており、そのときにだいぶ削られていた気がします。そして削られたところに詰め物をされていたのですが、その詰め物があるとき外れてしまって、そのままにしていたのを思い出しました。詰め物をしていた部分は、それが外れてだいぶ薄くなっていたはずです。
 どうやら、事故のときに欠けたのは、その薄くなっていた部分だけなのだろうと納得しました。もともと弱くなっていたところが、衝撃によってぽっきり行ってしまったということです。
 もともと痛くなかったところが欠けただけなので、痛みも無かったというわけです。
 痛くはないものの、正面から口を開けているところを見られると、真ん中に穴があいているようですので、見栄えはよくありません。あちこちから、早く治せ、と言われました。私も早いところ治したいのは山々でした。

 ただ、こういう治療がどのくらいの金額かかるのか、見当がつきません。
 仄聞したところでは、差し歯などだとまあ1本10万円くらいかかるというような話でした。保険適用だと安くなるとはいえ、色などが合わないことが多く、前歯の場合はいささか気になります。
 私の場合は2本になるので、下手をすると20万円くらいかかることになるかもしれません。
 そう聞くと、二の足を踏みます。
 根元は残っているので、差し歯にしなくても良いのか、それならもっと安いかも、とは思いましたが、ネットでいろいろ調べてみても、確実なところは出てこないのでした。
 痛みがあるのであれば、いくらかかろうと治すしかありませんが、あいにくとまったく痛みが無いので、それだけの金額をかける踏ん切りがつかないのでした。
 実用的にも、さほどの不便はありません。麺類などを食べるときにちょっと食べにくいのと、口に入れたものをこの隙間から落としやすく、食べこぼしになりやすいというくらいです。そんなこんなで、ずっと放置してしまいました。
 1年が過ぎ、さらに今年に入っても、私の前歯はそのままでした。2月なかばからは、コロナが流行りはじめてマスク着用が推奨されるようになり、そうすると人に歯欠けを見られる機会も減り、さらに治療のモチベーションが下がってしまいました。
 マダムの友達が、アベノ10万円(特別給付金)でやはり前歯の欠けたところを治療した結果、足が出てしまったという話を聞き、さらにおじけづきました。20~30万円という金額を、痛くも不便でもない歯の治療に宛てるのはためらわれました。国民年金の支払いにと思ってとっておいたお金を切り崩さなければなりません。
 しかしながら、親からかなり強く言われ、とにかくいちど診て貰おうと考えたのが先月のことです。
 ちょうど、マダムも前歯あたりの歯周病がひどいようで、このあいだなどキュウリをかじったらかなり出血したそうです。「リンゴをかじると血が出ませんか」という古いコマーシャルのフレーズを思い出しました。それで歯医者にかからなければならない、とずいぶん前から言っていましたが、彼女もなかなか踏ん切りがつかないたちで、予約をためらっていました。
 じゃあふたりで予約に行くか、と合意しました。電話予約で充分なのですが、マダムは直接行って容態を話したほうが早いというので、一緒に出かけたついでに、駅前の歯医者に寄ってみました。マダムは前からかかっている医院です。私は以前は別の歯医者にかかっていたのですが、もう最後に通ってから10年近く経っているし、正直なところあまり手際が良いとは思えない先生でしたので、この際転院しようと考えたのでした。駅前の歯医者は、駅前再開発で新しい駅ビルが建ったときに入った医院で、マダムによればなかなか手際も良かったとか。難しい症例のときは無理をせず大病院などに気軽に紹介状を書いてくれるというのも気に入ったようです。実際、マダムはそこで紹介状を貰って、お茶の水の大学病院まで親知らずを抜きに行きました。神経やら血管やらが複雑にからみついていて、麻酔科のある大きな病院でないと対処しづらかったのだそうです。
 ところが、その日は休診でした。マダムの持っていた診察券には、その曜日が休診日とは書いていなかったのですが、マダムがしばらく行かないうちに変わっていたようです。
 翌日、あらためて予約しに行きました。まずマダムが予約しましたが、ひと月近く先にしていたので、痛みもあるようなのに大丈夫かと思いました。続いて私も予約。私は朝が良いと言ったら、マダムより2週間も早い診察日となりました。
 それが先週の水曜、9月2日です。問診票に、「保険の範囲での治療・保険外治療についても考慮」という二択があり、いちおう「保険の範囲」と答えておきましたが、さてどうなることか。「無理ですよ」と言われたらどうしよう、と思いながら診察室に入りました。
 先生はざっと見て、口腔内カメラで私の口の中を撮影しました。すぐに目の前のモニターに写真が出てきます。時代は変わったものだと思いました。
 あらためて写真で見ると、一時は根元から折れ飛んだに違いないと思った私の前歯は、案外と健在で、半分以上が無事に残っているようでした。ただ、折れ口がかなり真っ黒で、虫歯になっているようです。
 「この虫歯のところを削ってから、こんな風に継ぎ足しますね」
 と先生は写真の上にマウスで線を引きました。最近の歯医者はこういう具合になっているのだなあ、と変なところに感心して聞いていました。
 それからレントゲン写真を撮り、いよいよ治療です。
 「他の歯にはほとんど虫歯は無いようですね。しっかりしてます」
 と言われました。実はしばらく、冷たいものを飲んだりするときに奥歯のほうがしみるような気がしていたのですが、虫歯ではなく知覚過敏のたぐいであったようでした。だいぶ安心しました。
 まず左側の前歯。差したりかぶせたりするわけではなく、ごく普通に、接着剤で補綴材をくっつけるというだけの治療でした。
 30分ほどで終わり、左の前歯がちゃんと復元されていることに感激しました。
 さていくらくらいかかるだろう、と内心びくびくしながら会計を待ちましたが、4千円足らずであったので、烈しく拍子抜けしました。10万円以上を覚悟していた自分はなんだったのだろうかと、思わずずっこけそうになりました。
 明細を見ると、いちばん高いのは画像診断、つまりレントゲン撮影になっていました。治療そのものは400点以下、つまり保険が無かったとしても4千円以下です。根本的に差し歯やキャップとは違っていたのでした。
 なんというか、ひと安心です。

 右の前歯のほうは、1週間後、つまり今日(9月9日)の治療となりました。
 こちらは欠損が左より大きく、先生は少し手間取っていた様子でしたが、それでも40分ほどで片づきました。欠損箇所が神経に近く、もしかしたら麻酔を打つことになるかもしれない、と先週聞いていたのですが、今日行ってみると、
 「ま、大丈夫でしょう」
 とそのまま削りはじめました。神経に当たったら痛いだろうなあ、とやや身をすくませ気味でしたが、特に痛みを感じることもなく削り終えました。
 明細の、治療に相当する「歯冠修復および欠損補綴」という項目は、先週よりもちょっと大きな数字になっていましたが、それは少し厄介だったからか、それとも補綴材が大きかったからか、その程度の差に過ぎませんでした。レントゲン撮影も、そして麻酔注射も無かったので、今週は2千円ほどで済みました。
 20万円以上かかるかと覚悟していた前歯が、合計6千円ほどですっかり治ってしまいました。なんだったんだ、というのが正直な気持ちです。こんなことならさっさと治しておけば良かったと思いますが、それは後知恵というものでしょう。
 久しぶりに前歯が備わったので、まだ少々違和感がありますが、そのうち馴れると思います。
 マダムの診察は来週になっています。けっこう痛むようで、もっと早い日にしておけば良かったとときどき後悔しています。彼女の治療も簡単であれば良いのですが。

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