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はやぶさIIりゅうぐうに立つ [世の中]

 日本の宇宙探査機「はやぶさII」が小惑星「りゅうぐう」に到達したというニュースには、私も人並みに心躍りました。
 先代の無印「はやぶさ」が一旦ロストしながら小惑星「イトカワ」に辿り着き、ちゃんと帰ってきたのも感動ものでしたが、かなり長期間ロストしただけにいろいろ故障も生じていて、探査そのものはいささか不満足な結果に終わったのを受けての第2弾でした。今回はJAXAの総力を傾けて万全の態勢で臨んだ探査というわけです。ターゲットであるりゅうぐうに接近しつつも、数ヶ月にわたって調査を続け、確実な着陸地点を決定し、そこに誤差3メートルの精度で当てたというのですから、いわば針の穴を通すような緻密な制御が要求されたでしょう。
 何しろ地球とりゅうぐうは3億4千万キロ離れています。これは月までの千倍近い距離で、光速でも約20分を要します。ということは、こちらからの指示がはやぶさIIに届くまでに20分、通信を受け取ったはやぶさIIがそれを地球に向けてフィードバックするのに20分、つまりはやぶさIIがちゃんとこちらの言うことを聞いているか確認するだけで40分のタイムラグが発生することになります。最終段階では、お尻がムズムズするような、じりじりする通信作業が続いたことと思われます。
 今後のことを考えると、超光速の移動手段は無理でも、通信手段くらいはどうしても必要になりそうな気がします。超光速というのはいまのところ実現不可能とされていますが、よく誤解されているように相対性理論で禁止されているわけではなく、人類がそれを実現するツールをまだ手にしていないだけだと私は思っています。ただ超光速の通信手段が実現すると、理論的な帰結として時間を逆行した通信──つまり過去への通信が可能になってしまうので、そこはなんらかの解決が必要でしょうが。
 とにかくこれから本格的な宇宙開拓がはじまるとすれば、光速というのは通信手段としては遅すぎるわけで、われわれはいずれ必ず、超光速を扱うためのツールを手に入れると信じます。
 話が先走りました。現時点では光速がいかに宇宙空間では遅かろうが、光の一種である電波によって探査機をコントロールするしかありません。最終局面ではいちいち地球から指令を出していては間に合わないので、自律的な制御がおこなわれていたようです。AIみたいなものが搭載されていたのでしょうが、向こうに着いてから姿勢を調え、着地点を選び、実際に着地し、予定された探査をおこない、試料を回収して、再びりゅうぐうを離脱して地球への帰路に就くという実に複雑な手順をこなすには、事前に気の遠くなるような厖大なプログラミングをおこなわなければなりません。しかも宇宙空間では、放射線が降り注ぎ、デブリがかすめることだってあります。それによってプログラムが損傷する可能性もありますから、かなりの冗長性を持たせておく必要もあるでしょう。
 土星の衛星タイタンに着陸したホイヘンスのように、行ったきりであとはバッテリーが無くなるまで情報だけ送ってくるという探査機であれば、そんなに精密なプログラムは必要ありません。もちろん土星に接近するところまで飛ばすのも大変なことですが、帰らなくて良いというのは相当に楽なはずです。目標の天体から再度飛び立って地球へ向かうというところまでを無人でおこなおうとすると、片道探査機とは較べものにならない仕掛けを施さなければなりません。
 それにタイタンは月よりも大きな天体ですから、とにかく近くまで行けば着陸はそう難しくありません。これに対し、りゅうぐうは直径約900メートルという小さな星で、ちょっとした山ほどもありません。海上自衛隊最大の護衛艦である「いずも」の全長が約250メートルですので、その3倍ちょっとに過ぎないのです。ほんのちょっとでも狙いが狂えば、簡単に通り過ぎてしまいます。表面重力は8万分の1G、事実上重力など無いところへ接地するのです。空母に着艦する戦闘機なんかよりはるかに難しい動作となります。
 その上テキも動いているわけですから、まずは相対速度を限りなくゼロに近づけるところからはじめなければなりません。惑星や大型衛星が目的地の場合は、相手が独自の引力圏を持っていますから、そこに到達できればロックオンしたようなもので、あとは「はずす」おそれはまずありません。しかし引力圏というほどのものを持たない小惑星が相手だと、お互い飛んでいる飛行機の操縦席同士でキャッチボールをするほどの精密さが求められます。わずかな相対速度でも、激突するか、あっという間にすれ違ってしまうか、追いつけないか、そんなことになりかねません。軟着陸など、まったく人間業とも思えないのです。
 ちなみにこの技術は、おそらくスペースデブリ回収にも役立つでしょう。地球のまわりには、いままで打ち上げられた人工衛星の残骸など、ものすごくたくさんの「ゴミ」が散らばっているのですが、これを回収して処分しようにも、つかまえるだけで容易ではありません。ヘタをすると時速何千キロというスピードでぶつかってくる凶器にもなりえます。デブリを回収するには、そのデブリとの相対速度を可能な限りゼロに近づける必要があるわけで、そういう技術を高めるには、このたびのはやぶさIIのデータが大いに役立つと思うのです。

 それにしても、そんな大変な小惑星をなぜターゲットにしたのでしょうか。小惑星というのはサイズが千差万別で、最初に発見されたケレスなど直径千キロ近い大きな天体です。大きすぎて、最近では冥王星エリスなどと共に準惑星に分類されています。準惑星は球形を保っているのが条件だそうで、現在のところ球形になっていない最大の小惑星はパラスです。パラスは正八面体に近い形で、長径と短径で100キロ近い差がありますが、まあ500~600キロくらいの大きさです。このくらいのサイズがあれば、接地も難しくはないでしょう。何もわざわざ1キロ足らずの微小惑星を目指さなくとも良さそうなものです。
 りゅうぐうを狙った理由は、有機物や水を多く含んでいると思われる小惑星であったからだそうです。こういうことはスペクトル分析などでわかるのでしょう。有機物と水といえば、生命の原料みたいなものです。おそらく太陽系が誕生したころからあまり変化していないであろう微小惑星からその成分を持ち帰り、生命の起源を探ろうというのがはやぶさIIのプロジェクト目的のひとつでした。
 というか、りゅうぐうという名前も、はやぶさIIのプロジェクトがはじまってからつけられたものです。もとは1999JU3という味も素っ気もない名前でした。含水シリケイトなど、水を含む鉱石が多いらしいこと、それからはやぶさIIが行って「玉手箱」を持ち帰るというイメージによって、浦島太郎が行ってきた海中の楽園・竜宮城にちなんだ名前を与えられました。
 今年はじめ、りゅうぐうの表面地形がだいたい把握できたところで、JAXAはいくつかの地形に名前をつけました。乙姫岩龍神尾根桃太郎クレーター黍団子クレーターなどがそれらの名前で、こういう名前をつけるということはすでに国際天文連合で認められていたそうです。
 表面と、少し深いところから試料を採取する予定だそうで、小惑星の地下の物質を持ち帰るのはこれが世界初ということになるようです。表面はずっと宇宙空間にさらされ続けているため、宇宙線や太陽光などで変質が起こっているかもしれないのでした。その点地下の物質なら、最初にできてからほとんど変化していないと考えられます。
 地球のような大きな惑星だと、マントル対流や地殻変動が頻繁に起こっているので、原始の状態が保たれている見込みは薄いのですが、900メートル程度の大きさの小惑星なら、内部の対流や地殻変動などはまずあり得ません。約46億年前の太陽系成立のときの状態がそのまま残っていることが期待されます。そのときの有機物や水のありかたを調べれば、そこから生命がどのように生まれてきたかということの手がかりになると思われるのです。
 はやぶさIIが地球に帰還するのは来年末くらいになるそうです。どんな発見があるか楽しみです。

 小惑星は、かつてはもともともっと大きな惑星だったものが砕けた残骸だと考えられていました。
 太陽系の惑星の位置について、ボーデの法則と言われるものがあります。惑星の軌道半径、つまり太陽からの距離が、ごく簡単な公式で近似できるという法則です。
 その公式とは、

  aAU ≒ 0.4+0.3×2^n

 というもので、aが惑星の軌道半径、AUは天文単位です。1天文単位が太陽と地球の平均距離、約1億5千万キロほどです。
 この変数nに順番に数をあてはめた際、惑星の位置にかなり正確にあてはまったのでした。n=1であればaの値は1で、これは地球に相当します。n=2だとa=1.6となり、火星の軌道1.52AUに近いのでした。n=4のときのa=5.2は木星の軌道に、n=5のときのa=10.0は土星の軌道に非常に近くなっています。法則が唱えられたときには土星までしか知られていませんでしたが、その後n=6のときのa=19.6にきわめて近い19.19AUのところで天王星が発見され、この法則の信憑性は大いに高まりました。なお、金星についてはnに0を代入します。a=0.7となります。これも実際の軌道は0.72AUですからかなり正確な近似です。水星はどうするのかというと、nにー∞(マイナス無限大)を代入し、2^nの項を0ということにします。するとa=0.4となり、これも実際の軌道0.39AUにごく近い価です。
 n=3、つまりa=2.8のところに惑星が見つかっていないのが瑕疵とされていましたが、1801年に2.77AUの場所にケレスが発見されたのでした。なるほど、やはりボーデの法則は正しかったのだ……と人々は思いました。
 ところが、翌1802年、ほとんど同じ軌道半径を持つパラスが発見されてしまいました。さらに04年には近いところにジュノーが、07年にもヴェスタが発見され、どうも近接した軌道上にたくさんの小さな天体が散らばっているらしいということが判明しました。
 しばらくあいだを置いて、1845年アストレイアが見つかってからは、文字どおり続々と発見が相次ぎ、1860年までには62個、70年までには112個、80年までには219個の小惑星がリストアップされました。このため、小惑星帯(アステロイド・ベルト)という呼びかたがなされるようになりました。
 中にはかなり妙な軌道を描くものもあったとはいえ、おおむね2.8AU前後の空域に散らばっていたため、本来はここにそれなりの大きさの惑星があったのが、彗星の衝突とかなんらかの理由のために粉砕されて小惑星帯を形作ったのだろう、ということが、一時はかなり信じられていました。
 ところが、1846年に発見された海王星が、ボーデの法則にあまり従っていなかったあたりから、法則の信憑性が疑われるようになりました。n=7とするとa=38.8となりますが、海王星の軌道半径は30.06AUです。これにたいし冥王星は39.44AUで、38.8に近いように見えますが、この星は近日点で30AUくらい、遠日点で50AUくらいと、極度に扁平な軌道を持っており、38.8に近いことにそれほど意味があるかどうかは疑問です。
 小惑星のほうも、惑星崩壊説はあまり旗色が良くなくなりました。小惑星は続々と発見されていますが、全部ひっくるめても惑星と呼べるほどの分量にはなりそうにないのでした。また、地殻やマントル、核といった内部構造を持った惑星が崩壊したのであれば、小惑星はそれに由来する特徴的な成分を持っているはずですが、成分のスペクトル分析が進むにつれ、そんな形跡も無さそうであるとわかってきたのでした。
 現在では、小惑星は太陽系が成立した当初からほぼいまの形であったという説が定説となっています。岩石の惑星である水・金・地・火と、ガス惑星である木・土のあいだにあって、岩石惑星に「成りきれなかった」のが小惑星であったのでしょう。太陽系成立時に、太陽に近いほうは固形物の密度も高く、それぞれの相対速度も大きかったために、頻繁にぶつかっては合体することを繰り返して惑星になったのでしたが、火星の外側あたりになると、もう密度もそれほど高くなく、相対速度も小さく、ぶつかったとしても合体するほどのエネルギーは得られず、小さなかけらのまま漂うことになったのだと思われます。
 ボーデの法則のほうも、天王星までは偶然成立したのだろうという見かたが主流であるようです。あるいは太陽の引力がある程度強い範囲でのみ成立する法則であるのかもしれませんが、それは他の惑星系で同様の法則が成り立っているかどうか検証してみないと、なんとも言えません。惑星の見つかっている星はだいぶ増えましたが、地球サイズ程度の大きさの惑星はまだ観測にひっかかっていません。地球型の岩石惑星はいくつか見つかっていますけれども、いずれも地球の5~10倍くらいの質量を持つ大きな惑星で、しかも中心となる恒星からかなり離れているようです。
 ボーデの法則の神通力は失われましたが、ケレスの発見はボーデの法則に基づく観測によるものでしたし、小惑星にとっては意義のある説であったと言えましょう。
 惑星(プラネット)になりそこなった天体、小惑星(アステロイド)。なりそこないであればこそ、惑星からは読み取れない原始太陽系の情報を保ち続けてきたわけです。人生の何事かを寓意できそうですが、ここでは遠慮しておきます。ともあれはやぶさIIの帰還が待ち遠しいですね。

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