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隅田川七福神めぐり [日録]

 東京都で2千人超えのコロナウイルス新規感染者が出たり、再度の緊急事態宣言が発令されたりと、何やら風雲急を告げるかのような世情ですが、私たちはあまり気にせず、恒例の七福神めぐりをしてきました。
 どうも、毎年やっていることをやらないで済ませると、少々気持ちが悪いのでした。確か一昨年、結局できずに終わったことがありましたが、その1年間はなんとなく験の良くないことが多かったような気がします。2月にはマダムが突然の鼻血で救急搬送されましたし、生まれてはじめて税金の督促状なるものを受け取りました。金回りが良くなかったのは確かであったようです。福の神の加護が無かったのでしょう。
 懲りたので、去年は柴又の七福神めぐりをしました。去年は武漢コロナで世界中が大変だったわけですが、とりあえず自分たちは無事に過ごせました。
 で、今年も欠かさないようにしたわけです。しかし日程がなかなか取れません。今年の正月は、元旦にはいつもどおり私の実家を訪ね、2~3日はマダムの実家を訪ね、4日からマダムが仕事に行きはじめました。彼女は毎月はじめに3~5日くらい、決まった会社に出かけています。他にも単発で行くことはあるのですが、月はじめの仕事はこのところ大体そこで固定しているのでした。今月は4~6日と8日が通勤日です。また今日7日は前からやっている学習塾のパートが入っていました。
 こんな状態ですので、七福神めぐりをしようとしても、空いている日が見つかりません。よく行っていた川口市の七福神は、全部まわると自転車で半日以上を要しますので、まず無理そうです。それで、隅田川七福神めぐりをすることにしました。
 隅田川七福神はいままでめぐったことがありませんが、墨田区全域に拡がっているわけではなく、おおむね隅田川沿いの一帯に位置しています。調べてみると、七福神相互の距離の合計は3キロちょっと、最寄り駅からの距離などを含めても4キロちょっとです。さらに都合の良いことに、大國さまと恵比寿さまは同じ神社でお詣りできるので、7箇所まわる必要はなく、6箇所で済みます。それぞれの参詣に10分ずつかけたとしても、まず2時間あればまわってこられるようです。
 最初は、2日に、マダムの実家に行く前にまわってこようかと思っていたのですが、諸般の事情により果たせませんでした。2時間でまわれるのであれば、学習塾の仕事の前に行ってこられるのではないかというわけで、今日出かけたわけです。緊急事態宣言が発令されてしまったあとでは、さすがにちょっと気が引けますし、それよりも隅田川七福神の神様たちはいつでもお詣りできるわけではなく、開帳されているのが7日までだというのでした。それならばもう、今日行ってくるしか仕方がなかったとも言えます。
 最南端の三囲(みめぐり)神社の最寄り駅は東武のとうきょうスカイツリー駅か都営浅草線の本所吾妻橋駅、最北端の多聞寺の最寄り駅は同じく東武の堀切駅です。マダムの行っている塾は東川口なので、とうきょうスカイツリーか堀切から東武スカイツリーラインに乗って新越谷まで行き、そこで武蔵野線に乗り換えればすぐです。
 堀切駅というのは都会の秘境駅とまで言われる、簡単に到達できない駅で、特に下り線プラットフォームの駅舎はなんだか箱根登山鉄道の駅を連想するほどのローカル色をかもし出しています。せっかくならそこから乗ってみたいと思い、三囲神社からはじめることにしました。
 さて、そうなるとスタートとなるのはとうきょうスカイツリー駅ですが、うちからは案外と行きづらい駅です。上野から地下鉄で浅草に出て東武にひと駅だけ乗るか、日暮里常磐線に乗り換え北千住で東武に乗り換えるか、いずれにしてもやや面倒なのでした。
 それを救済するのが、日暮里から錦糸町に向かうバスです。この「都08」系統のバスは、浅草駅、とうきょうスカイツリー駅を経由して錦糸町へ抜ける路線で、逆向き(日暮里行き)には何度か乗ったことがあります。時間的には電車を乗り換えてゆくのとさほど違わないかもしれませんが、歩く距離が短くて楽でしょう。
 バスの所要時間なども勘案して、10時頃に家を出れば楽々七福神めぐりができるだろうと結論を出しました。

 ところが、なかなか思ったようにはゆかないもので、朝起きてこれまた恒例の七草がゆなどを作っていると、案外と時間がかかってしまい、10時に出かけるのは難しい按配になってきました。
 しかもマダムはどういうわけか「10時半」と聞いた気になっていたらしく、そのつもりで起きてきます。
 食事を終えたらもう10時10分くらいになっていて、すぐに準備をして出かければ、まあマダムの考えていた10時半には出られたはずなのですが、彼女はそのぎりぎりになってから髪を洗いたいと言い出します。公文式の教室が今年はじめてなので、汚い髪の毛で行きたくないと言うのですが、毎日のように晩にフィットネスクラブに出かけてアクアトレーニングをしていて、水に漬かりますから当然毎回シャワーを当てているので、そんなに汚くなってはいないはずです。なんで今さら、と思いましたが、マダムはもうそう決めてしまったようで、洗面所で水音がしはじめました。
 洗髪してドライヤーをかけるのに15分くらいを要し、結局家を出たのは10時50分を過ぎていました。本来の行程よりも1時間近く遅れています。
 京浜東北線の電車は快速運転タイムに入っているので、田端山手線電車に乗り換えて日暮里で下ります。なんでも京葉線が強風のために運転見合わせをしていて、京葉線に乗り入れている武蔵野線も遅れが生じているという情報が入ってきました。マダムはスマホとにらめっこで電車の時間を調べています。念のため最後の、南越谷からの武蔵野線電車を、予定より1本前のにしたいと言い出し、そのためには堀切を13時45分に経たないといけないのだそうです。
 日暮里からバスに乗りましたが、七福神のパンフレットに載っている地図を見ると、とうきょうスカイツリー駅よりも本所吾妻橋駅からのほうが近そうに思えました。まあ、この種の地図の縮尺がちゃんとしているかどうかはなんとも言えませんが、多少なりとも時間の節約ができればと思い、本所吾妻橋駅のところで下りることにしました。歩きはじめたのはちょうど正午です。2時間ほどでめぐるつもりだったのを、1時間45分でなんとかしなければならなくなりました。少し速足で歩き、参詣の時間も切り詰めなければなりません。
 それなのに、私はさっきから尿意を覚えて、だいぶヤバい状況です。日暮里駅で少しバスの待ち時間があったのでトイレに寄ってくるつもりだったのに、つい機会を逸してしまいました。三囲神社に着いたら、参詣よりもまずトイレに駆け込まなければなりません。
 本所吾妻橋の交差点から、500メートルほど歩いて言問通りを渡り、そこから脇道に入ってさらに200メートルほど行くと三囲神社がありました。周囲には「隅田川七福神」の幟(のぼり)が立っていてわかりやすくなっています。こういう幟も、今日を最後に片づけられてしまうのだろうと思います。
 神社の入口に、貼り紙がありました。
 「神社の中にはトイレはありません。向かいの小学校の裏手の公園の中にトイレがあるので、そちらをご利用ください」
 こん畜生め、と内心で毒突きながら公園のほうへ走りました。だいぶ離れた場所に公衆便所が建っていました。用足しと往復で6、7分くらいは無駄にしてしまったような気がします。
 さてあらためて三囲神社に詣でます。二柱の神様が祀られているのはこの神社です。神社の正殿とは別に、福の神の社がある形で、川口の七福神の標準形といったところです。ただし、大國さまと恵比寿さまは別々になっておらず、同じ社に一緒に祀られています。
 ただしこの形はここだけで、あとの場所ではみな正殿に祀られていました。そしてその近くにスタンプ台があり、マダムが喜んでスタンプを捺していたのでしたが、三囲神社だけは別社になっていたせいか、スタンプ台がよくわからず、捺さずに出てきてしまいました。マダムが悔しがって、来年そこだけ捺しに来るなどと言っていましたが、さてそんなことになるのかどうか。

 布袋さまの祀られた弘福寺弁天さまの祀られた長命寺は、同じ道を300メートルほど進んだ先に隣り合っていました。
 弘福寺は黄檗(おうばく)の寺で、黄檗宗の寺には鳥居があるものだと思っていたのですが、この寺には見当たりませんでした。「咳の爺婆尊像」なる風邪よけの石像があり、マダムが喘息気味でよく咳をしているので効くだろうかなどと思いました。
 長命寺のほうは山門をくぐるといきなり幼稚園になっていて面食らいました。ここはまた桜餅でも有名です。境内で売っていたら買っても良いと思いましたが、寺務所には無いようで、裏手にある店舗で売っていたようです。そちらに立ち寄る余裕はありませんでした。
 何度も書きましたが弁天さまの本体はインドの芸事の女神サラスヴァーティです。私らは仕事柄、この女神様を自分の守護神と意識しているので、他の神様よりも多少念入りにお詣りします。

 ここまではわりと移動が楽だったのですが、長命寺の先で墨堤通りと合流し、そこからはいささか距離がありました。1キロほど歩くと白髭神社があり、ここでは寿老人が祀られています。この神社では「寿老神」と綴るようです。
 その近くに福禄寿を祀った百花園があります。このあたりから、わかりやすい道順でなくなるので、地図を見るのに少し苦心しました。パンフレットの地図は、かなり正確であることがわかってはきたのですが、住宅街の小道などをおそろしく簡略に記していて、老眼の進みつつあるわがマナコには少々きついのでした。
 また、パンフレットの道順では、百花園は白髭神社より先に詣でるべきであったようでもあります。少し手前で脇道に入れば良かったのでした。
 百花園というのは文字どおり花壇を連ねた園地であって、神社でもお寺でもありません。園地の一角に福禄寿の小さな像が祀られているのでした。園地自体は、今日は閉園となっていたようです。参詣所だけ外に出している形でした。

 あとは毘沙門天を祀った多聞寺だけですが、これがけっこう、遠い上に道がわかりづらいのでした。白髭神社からであればそのまま墨堤通りを歩いて途中から道を折れれば良かったのでしょうが、百花園から行こうとすると、墨堤通りに戻るにあたって少し遠回りになりそうです。白髭神社からでも1.5キロはあるとパンフレットに書かれています。時間に余裕が無いので、地図を凝視し、おそらくショートカットできるであろう小道を辿ってみることにしました。マダムはタクシーに乗ろうとせがみましたが、そこまでの距離ではなさそうだし、コロナ蔓延のおりから、タクシーにはあまり乗りたくありません。
 地図上では道がつながっていますが、いつ行き止まりになるだろうかと心配になるような、住宅地の中の小道を歩きました。
 「ほんとにこの道で近づいてるの?」
 とマダムは何度も疑わしげに訊いてきます。大丈夫だよ、と答えますが、一度も歩いたことの無い道ですから、自信はそんなにありません。
 しかし道は途切れそうで途切れず、住宅地を抜けて鐘ヶ淵の駅前通りに突き当たると、そこからは「隅田川七福神参詣順路」とか「↑多聞寺」とかの標示がたくさん見られるようになりました。たぶん、墨堤通りを歩いてきても、ここからは同じ道になるものと思われます。
 やがて多聞寺に辿り着きましたが、1.5キロなんてものではなかったような気がします。2キロはさすがに無かったと思いますが、1.8キロくらいは歩いたのではないでしょうか。時間的にもそんな感じです。
 急いで多聞寺の毘沙門天に参詣し、そこからは東武の線路に沿った道を歩きました。堀切駅までは500メートルあまりといったところです。
 このあたりは、岩淵水門で分かれた荒川と隅田川がきわめて再接近している場所で、堀切駅の手前には両河川を結ぶ水路があります。地図には綾瀬川と記されているのですが、綾瀬川というのは草加あたりを流れて、この辺では荒川の東側に寄り添っており、もう少し下流で中川と合流するルートであるはずです。現在の荒川が放水路として明治末から昭和はじめにかけて造られたことを考えると、もしかするとそのときに綾瀬川も付け替えられたのかもしれません。本来の綾瀬川は、堀切で隅田川(もとの荒川下流域)に合流していたのを、中川に合流するように付け替えられ、しかしもとの流路もまた荒川と隅田川を結ぶ水路としてそのなごりが残され、そのためにこの水路に綾瀬川の名前が残ったというところでしょうか。
 線路は堀切駅の直前でこの綾瀬川を渡るのですが、線路沿いの道路には橋は無いようです。そうすると、迂回しなければならないかもしれない……と思ったら、歩道橋がありました。離れて見ると線路を跨ぐ歩道橋としか見えないのですが、同時に綾瀬川を渡る階段橋にもなっていたのでした。以前堀切駅周辺を自転車で走ったときは、歩道橋で自転車が通れそうにないため、あまりきちんと確認しなかったのだと思います。
 堀切駅は前に見たとおり、下り線駅舎の前からはそこで行き止まりになっている道路が1本通じているだけで、到達するだけで不便そうな「都会の秘境駅」でしたが、あまりその風情を味わう余裕はありませんでした。何しろ堀切駅に到着したのはすでに13時43分、乗る予定だった13時45分の電車にぎりぎり間に合うというタイミングだったのです。むしろよくぞ間に合ったものだと自分を褒めてやりたいくらいです。
 プラットフォームの外側に、東京未来大学の校舎がでんと居坐っていました。「頭の体操」「レイトン教授」でおなじみ多湖輝先生が学長を務めていた大学です。この「秘境駅」は、現在ではほぼこの大学のために存在しているようなものかもしれません。近くには住宅も多いのですが、住宅地の中のどの道を行っても行き止まりになっていて、駅には辿り着けないというおそろしい地理になっているのが堀切駅なのでした。隣の牛田駅を使う人のほうが多いのではないでしょうか。
 北千住行きの各停電車に乗り、北千住で急行電車に乗り換えて新越谷へ行き、下車して駅前のそば屋で昼食をとって武蔵野線に乗り換え、東川口でマダムが下りるのを見送って私は帰宅しました。武蔵野線は、マダムが狙っていた14時28分発の1本前の18分発は5分遅れていました。それでは28分発もそのくらい遅れたかと言うと、それはなぜか時間どおりにやってきました。しかしそのまた次の電車からひどく遅れているらしく、28分発の電車は南越谷で時間調整をおこない、実際に発車したのは33分でした。京葉線の強風被害はまだ尾を引いていた模様です。

 帰ってから携帯電話附属の万歩計を確認したら、12000歩くらい歩いていました。これには川口駅への往復とか乗り換えのときの徒歩なども含まれていますが、ざっと計算して7キロ半くらい歩いたことになります。たぶん本所吾妻橋でバスを下りてから、堀切で電車に乗るまで、6キロ近く歩いたでしょうか。両端の歩きが思ったより長かったような気がします。久しぶりによく歩きました。
 その後買い物に行ったら、売り場を歩いているときに急に両足のすねのあたりが攣(つ)りそうになって狼狽しました。しばらく歩きかたに気をつけていたらなんとか治りましたが、7キロや8キロ歩いたくらいでこんなに足にダメージが来るとはショックです。運動不足で衰えてしまったのでしょう。やはり散歩などをしっかりしたほうが良さそうです。
 夕方になって、緊急事態宣言が発令されました。七福神めぐりに今日行っておいて良かった、と思いました。

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