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女王の崩御 [世の中]

 英国エリザベス2世女王陛下が崩御されたとのことで、またひとつの時代が終わったな、と感慨を催します。
 享年96歳と言いますから、驚くべき長命でした。最近はそのくらいの齢まで生きるお年寄りもたくさん居ますけれども、一国の(コモンウェルス=英連邦を考えれば何ヶ国もの)君主というのは普通の人に較べて格段に忙しく、もちろん責任も重く、最後まで務めを果たし続けたという意味合いにおいては、やはり驚くべき年齢であったと思います。
 即位したのは1952年、25歳のときでしたから、実に在位70年に及びます。昭和天皇の足掛け64年(最初と最後の年が1週間くらいずつなので、正味で言えば62年)というのも特筆すべき長さでしたが、それを軽々と上回りました。英国王としても最長記録です。
 英国は女王の治世が目立つ国で、エリザベス1世の46年というのも、当時としてはかなりの長さです。アン女王は在位期間はさほどでもありませんが、スコットランドイングランドが合併してグレートブリテンとなった最初の国王です。そして19世紀には、ヴィクトリア女王の65年の長い治世がありました。「ヴィクトリア朝の○○」と言えば、英国人でなくとも一定のイメージが浮かぶほどです。英国のいちばん輝かしい時代であったと言えるでしょう。

 そのヴィクトリア女王の治世をも上回る70年の長きにわたって英国に君臨したエリザベス2世女王だったわけですが、残念ながらその治世は、英国の輝かしい時代であったとは言えなさそうです。第二次世界大戦後、英国のプレゼンスは低下し、英国病と称される低迷の時期が続きました。サッチャー首相による建て直しが成功するまで、英国病はほとんど不治の病と思われるほどに国と国民を蝕んでいたのです。
 そういう時期に国王であったことは、なまなかの心労ではなかったと思われます。何しろ当時、ヨーロッパの大国はことごとく君主制を止めてしまっていました。フランスドイツイタリアも、みんな皇帝や王様を追い出していました。スペインさえ王制を停止してフランコ総統の独裁体制が続いていました。王国として残っていたのは、英国を除くと、オランダベルギーといったいわば中規模国、デンマーク・ノルウェー・スウェーデンの北欧3国だけでした。なおルクセンブルクは大公国、モナコアンドラリヒテンシュタインは公国であって、報道などではこれらの国の君主も「国王」と呼ばれることがあるにせよ、正しくは「王」ではありません。
 「英国に国王は必要なのか? 英国もほかの大国に倣って共和国にすべきではないのか?」
 という問いかけが、1950年代当時は、かなり切実なものとして英国民のあいだに広まっていたのです。
 日本でも、共産党などを中心にして、天皇制廃止を訴える勢力が一定数存在しますが、いまのところ国民のコンセンサスとはなっていません。天皇は大和民族の血統の総本家という性格を持っており、それゆえに「祖先」に向ける感情に近い敬愛を国民から寄せられています。
 しかし、英国の王様というのは、もとを辿れば「征服者」の血統です。まあたいていの国の王様は、起源を探るとそんなものだったりするわけですが、それだからひとたび国民に疑問を持たれると、追放とか処刑とかいうことになってしまいがちです。さらに20世紀は「共和国」ブームみたいなところがあり、王制などは古臭い過去の遺物みたいに見なされがちでした。
 そんな中で、王室の存在意義を明確に示し続けなければならない女王の苦労は、並大抵のものではなかったと思われます。国家に王が君臨するのがあたりまえであったヴィクトリア女王の時代とは、まったく異なる課題を突きつけられていたと言えましょう。
 エリザベス2世女王は、王室の財政を明瞭化することで、その存続のために使われる税金が、さほどのものでないことを世に示しました。実際のところ、英王室は英国教会と並んで英国でも指折りの資産家であり、税金を投入されなくても自律的に存続することが可能なほどだったのです。
 そのほかにもさまざまな施策をおこなって、王室の在りかたを現代に適うようにアップデートし続けたのが、女王の70年の治世であったと言って良いと思います。

 1975年に来日したとき、昭和天皇から非常に有益な教えを受けた、と述懐したそうです。どんなことを教わったのかは誰にも明かしていなかったようですが、昭和天皇もまた25歳と、女王と同じ年齢で即位しており、すでに二・二六事件大東亜戦争、戦後の混乱期などの国難を乗り越えてきた先輩君主として、ちょうど娘くらいの年齢にあたるエリザベス2世女王には、いろいろと伝えたいこともあったのではないでしょうか。とりわけ、立憲君主の在りかたなどについては、昭和天皇は一家言あったはずです。
 日英の君主同士の語らいの内容など、たいへん好奇心を刺戟されますが、まあ歴史の霞の中にぼやかしておくくらいが良いのかもしれません。

 ともあれ、女王の尽力により、英王室は英国の統合の象徴、英国民の誇りとして存続することができました。凡庸な君主であれば、とっくに王室が廃止されていたかもしれないのです。
 スペインが王制に復帰したのは、フランコの遺言もあったようですが、英国における王室の在りかたの成功を見てのことだったかもしれません。スペインは、一旦王制を停止したにもかかわらず元に戻した、世界でも稀有な例となったわけです。
 エリザベス2世は国民に敬愛される女王となることができましたが、王室自体は、さまざまなスキャンダルが取り沙汰されたりして、はたして国民にどれほど支持されているものか、やや心許ないところもあります。特に後継者であるチャールズ王太子、すでに即位してチャールズ3世となっていますが、この人はダイアナ元妃との不和からの離婚騒動、愛人であったカミラ現妃とのあまりにも早い再婚など、いろいろと良識ある人々の眉をひそめさせる行動が多く、国民からの支持率も低いようです。母女王の長命に伴い、新王チャールズ3世はすでに73歳で、これから名誉挽回というのも、なかなかしんどい話ではありますまいか。
 チャールズ3世の次男のヘンリー王子も、アメリカの女優メイガンと結婚して王族から離籍したりして、かんばしからぬ話題の多い人物です。まあこのたび王太子となったウィリアム王子のほうにさほどのスキャンダルが無いのは何よりではありますが。
 いずれにしろ、英王室の立場は、いまだ盤石とは言えないのかもしれないという気がします。
 「エリザベス2世陛下は偉大だったけど、跡継ぎがこんなんじゃ、やっぱり王室なんか要らないんじゃ……」
 という懸念の声に、これからも応え続けてゆく必要はありそうです。

 まあ、王様とか皇帝とかいう存在に、人々がかつてほどの拒絶感情を抱かなくなっているのは確かでしょう。
 革命を起こして王様や皇帝を処刑したり追放したりした国々の中にも、

 ──やっぱり、王様が居たほうが良かったかも……

 と後悔している向きが少なからずあるようなのです。王様とか皇帝が居るだけで、何億ドルの費用にも相当する外交的効果を得ることができると、だんだん明らかになってきたのでした。わが国にも皇室外交という言葉がありますが、政府と別ルートでの外交窓口が用意されているのは非常に有利です。
 国民の中から選出された「大統領」では、王様の持つ圧倒的権威、文化力というものが備わっていません。もちろん多額の経費や卓越した政治力により、それをカバーすることは可能でしょうが、王様が居れば、そういう費用や労力を、まるまる浮かすことができるわけです。
 しかし一旦追放した王様を呼び戻すというのも大変なことです。呼び戻された王様が国民の支持を得られるかというと、それもまた心細いものがあります。スペインは幸い、フランコの独裁に飽き飽きしていた国民から熱狂的支持を受けることができましたが、ほかの国ではどうでしょうか。うまく行ったのはカンボジアくらいではないかと思います。ここも国民が、フランコに輪をかけて独裁的だった暴君ポル・ポトに脅える日々にこりごりだったからこその歓迎だったでしょう。
 それにしても多くの他国民が、王様や皇帝に懐古の念を抱くに至ったのは、日本の天皇やエリザベス2世女王などが、真に尊敬すべき人格者であったからではないかと私は思っています。
 「ああいうかたが王様なのであれば、ウチの国にも居て欲しい」
 という気分があったに違いありません。
 タイの前国王プミポン陛下も、国民から絶大な敬愛を向けられていましたが、現国王のワチラロンコン陛下はいろいろと奇行が多く、あまり支持されていないように仄聞します。そういえばプミポン陛下も在位期間は70年でした。長い治世で評判の良かった王様の後継者は、どうしても先代と較べられることが多くてプレッシャーも大きくなると思われますが、チャールズ3世王ともども、ワチラロンコン王にも頑張って貰いたいものだと思います。
 「こんな王様だったら、やっぱり居ないほうが良い」
 などと他国に思われては、目も当てられません。

 エリザベス1世の治世、ヴィクトリア女王の治世は、いずれも英国人が誇りを持って回顧する時代となっています。エリザベス1世は王位を争った相手を無惨に処刑したり、いろいろとえげつない一面もありましたが、とにかくスペインの無敵艦隊を撃破して、英国を一等国へと押し上げました。ヴィクトリア女王の治世には英国はまさに躍進に躍進を重ね、陽の沈まぬ帝国と呼ばれる最強国家へと躍り出ました。いずれも、国民の自尊心をくすぐる偉大な時代であったと言えます。
 さてエリザベス2世の長い治世は、将来英国においてどのように思われる時代となることでしょうか。従来の「エリザベス朝」「ヴィクトリア朝」と同様に「エリザベス2世朝」とか、「エリザベス2世朝様式の○○」みたいな言われかたをする日が来るでしょうか。
 70年の前半は、英国は英国病に苦しみ、長い低迷のときを過ごしました。後半はEUを離脱するなど思い切った行動に出たりしましたが、その成否はまだ明確になっていません。願わくば、英国人が誇りを持って思い返せる時代であらんことを。
 困難な時代を乗り切った偉大な女王の、冥福をお祈りいたします。

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