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中国の人口 [世の中]

 中国の人口が久しぶりに減ったというので、新聞やテレビで話題になっていました。
 中国が世界一の人口を抱える国であることは、もう長いこと常識になっていました。私の子供の頃はもちろんそうでしたし、近年もその地位はゆるぎませんでした。14億と言われるとてつもない人口で、かつては「地球人の4人にひとりは中国人である」と言われたものです。いまはほかの国の人口もだいぶ増えて、この比率は変わってきているでしょうが、まだ「地球人の6人にひとり」よりは多いのではないでしょうか。
 戦前には4億と言われていたものですが、その後「大躍進政策」「文化大革命」で大量の餓死者や刑死者を出しながら、よくもまあ増えたものです。まあ、チベットウイグルなど、本来「中国」とは呼べないような地域まで無理矢理に領土化したせいもあったかもしれませんが。
 さすがに上層部も人口の急増に危機感を覚えたらしく、「ひとりっ子政策」というのがかなり長いこと執られていました。子供がひとりしか居ない夫婦を露骨に優遇したのです。結果、兄弟姉妹の居ない子供が多くなり、当然ながら子供は甘やかされて育つようになりました。わがままいっぱいでこらえ性も聞き分けも無い連中は「小皇帝」などと呼ばれています。
 一方、田舎などでは避妊の知識も不足していて、あいかわらず子だくさんの家庭もありました。しかしふたりめの子供を作ると優遇政策が適用されず不利になるので、ふたりめ以降は戸籍を登録しないというケースが増えました。地方農村などにはこれら戸籍の無い「暗戸」と呼ばれる人たちがずいぶん居るようです。彼らは戸籍が無いので学校にも行けず、就職もできず、あたかも「阿Q」のような蒙昧な存在として、何も為すことなくただ生きています。暗戸の数は政府もまったく把握しておらず、そのため中国の正しい人口は誰も知らないということになっているようです。
 今回、人口が減ったというのも、たぶん戸籍上の話であって、必ずしも信用できる情報ではない気もします。
 とはいえ、少なくとも都市部の人口はかなり正確に把握できているはずであって、それが減りはじめたというのは事実なのでしょう。ひとりっ子政策も、都市部では相当厳格に施行されていたはずです。
 ひとりっ子政策により、だいぶ前から人口ピラミッドに歪みが出てきたことは認識されていたようで、しばらく前にこの政策は廃止されましたが、都市生活が豊かになると子供を作らなくなるというのは世界各国に共通する現象であって、欧米でも日本でも同じことです。日本でも少子化が叫ばれてかなりの時が経ちました。韓国では日本以上に少子化の進行が早く、とうとう出生率が1.0を切ってしまったそうです。言うまでもなく、ひと組の男女が平均してふたりの子供を産み育てることで人口が維持されるわけで、出生率が2.0を切ると当然ながら減少となります。
 中国の都市住民も、子供が少ない、あるいは子供を産まないという気軽さにすっかり慣れてしまっているのではないでしょうか。そうすると、ひとりっ子政策をやめたところで、そうそうボコボコ産むようにはならないでしょう。実際のところ、中国の少子化は、おそらく日本をはるかに上回るペースで進行するだろうと言われています。

 黄土大地という、多くの人口を賄うことのできる環境が古くから存在したため、中国の人口は、常にその他の地域に較べて多めでした。
 王朝が商()からへと移り変わった、いわゆる商周革命の際、天下分け目となった牧野の戦いで、旧王朝である商は、実に70万人の兵を繰り出して周軍の前に立ちふさがったとされています。70万人というのが本当だとはとても思えませんが、仮に事実だとすると、その人数の軍勢を駆り集めるためには、おそらく2000万ほどの総人口が必要であったと思われます。兵数というのは、だいたい総人口の2.5%~3%程度が限界であるからです。牧野の戦いは紀元前11世紀ごろの出来事とされており、人口2000万などという国はその当時世界のどこにもありません。話半分ならぬ話10分の1として、200万であってもまだ見当たらなかったでしょう。
 帝国の成立の頃、中国の人口はだいたい5000万くらいであったろうとされています。牧野の戦いから800年くらい過ぎており、しかも「中国」の範囲ははるかに拡がりました。商の領域は、せいぜい黄河と、その支流の流域程度で、長江流域などはまだ視界に入っていませんでした。後年、いわゆる「中原」と呼ばれた地域でしょう。
 その後の春秋時代、南方の大国として中原国家群を脅かしたですら、まだ長江には達していませんでした。春秋後期ころになって、ようやく長江まで領域を拡げたと思われます。そしてそこで、長江文化領域であったなどと遭遇して、覇権を賭けた戦いを繰り広げたのです。「中国史」を見る限りだと、呉や越は何やら唐突に生まれ出たかのようですが、もちろん彼らは中原とは関わりない長い歴史を紡いできていたはずです。楚が南方に拡大して、はじめて彼らの存在が「中国」の視界に入ってきたと考えるべきでしょう。
 やがて呉は越に亡ぼされ、越もまた楚に降って、楚はついに長江の南まで領域を拡げます。秦はその楚を征服することで、「中国」の範囲を拡大したのでした。人口は黄河流域より長江流域のほうが多かったと思われ、秦帝国成立の頃の5000万という数字は、間違いなく南方を制したことによると考えられます。
 秦のあとを継いだ漢の時代になると、安定した王朝であったために人口は増え、おそらくこの時代に中国の人口ははじめて1億を超えたのではないでしょうか。
 しかし、三国時代には戦乱や疫病や不作で人口が激減し、1000万に届かなくなったとも言われます。だとすると漢の最盛期の10分の1以下になってしまったことになりますが、さすがにそこまで減ってはいなかったと思われます。戸籍に載っている人口が減っただけで、実際にはかなりの数が、豪族などの私有民として、戸籍に載らずに存在していたと考えられるのです。
 とはいえ大きく減ったのは間違いないところで、孫権などは、かなり広域にわたる版図を支配したにもかかわらず、そこに住む人口の少なさに悩み、海の向こうに人狩り部隊を派遣したりしています。この人狩り部隊、夷州という島(海南島説、台湾説、沖縄説などがある)で原住民を捕らえてきたは良いのですが、現地の風土病などで兵士がばたばたと倒れ、捕らえてきた原住民の数よりも病死した兵のほうが多いという惨状でした。孫権は激怒して司令官の将軍を処刑したそうです。
 三国時代のあと、五胡十六国時代とか、南北朝時代とかがあって、戦乱が絶えなかったため、人口はなかなか増えませんでした。華北を統一した北魏なども、兵力が揃わないので、僧侶を無理矢理還俗させて兵営に放り込んだりしています。戦乱が絶えないと、人が殺されるだけではなく、殺された人を弔う余裕もないために屍体が野ざらしになり、疫病が流行してさらに人口が減るということになってしまいます。
 唐や宋の最盛期にはまた人口が増えたと思われますが、それでも1億を突破したことは数えるほどだったのではないでしょうか。
 盛唐期の長安は200万の人口が居たと伝えられます。宋の最盛期の開封も100万都市でした。同時期のロンドンパリローマも、せいぜい数万人しか居なかったようですから、これは確かに驚くべき数字です。人間が徒歩移動するのが前提の都市としては、100万というのはほぼ限界の規模らしく、これまた同時代の都市として世界最大級だった江戸もそれ以上に増えることはありませんでした。それ以上になると、ひとつの都市として機能するには、電車や自動車が不可欠になってくるそうです。
 中国の人口が眼に見えて増加するのは、やはり代のことではないかと思います。この時代、版図も史上最大規模まで拡がりました。近代的な意味での「領土」とは異なるのですが、チベットなどのほか、モンゴル全域も清の版図に入っていますので、現在の中華人民共和国よりもさらに広大でした。そして人民共和国は一貫して、この清の最盛期の「版図」を自国の「固有の領土」として主張し、それを実現するために手練手管を尽くしています。

 20世紀の100年間だけで、世界の人口は4倍ほどに増えていますので、中国の人口が増えたのも不思議ではないでしょう。一国の人口としては、ほとんど常に世界最大であり続けました。
 世界の人口は、あと80年ばかりは増え続けて、100億人以上に達しますが、そのあたりでピークとなり、あとはゆるやかに減少しはじめるという説が有力だったのですが、近年の少子化現象は、先進国のみならず中進国にも顕著に見られるようになり、この分だと人口のピークは、いままでの予想よりも早く訪れるのではないかと言われはじめています。中国の人口が減少に転じたという報は、その傾向を裏付ける先駆的現象なのかもしれません。
 すでに人口第2位のインドは、13億8千万人くらいに達していると考えられており、しかもまだ少子化現象は明確でないそうなので、ここ数年中に中国を抜くのではないかと言われています。インドの隣のパキスタンバングラデシュも人口大国と言って良く、これからは南アジアに人口増加の中心が移るのかもしれません。
 中国は、人口のあまりの増加をおそれてひとりっ子政策を実施しましたが、もともと人口が力であるという観念を強固に持つ連中でもありますし、人口減少イコール国力の低減と見て、これから躍起になって増加を図り出すかもしれません。しかし、ひとたび少子化がはじまると、容易なことでは押しとどめられなくなるのは、日本をはじめ多くの先進国で経験済みです。共産党がいかに強権をふるっても、こればかりはどうしようもないのではないでしょうか。何しろ強権国家のことですから、インターネットを完全遮断し、テレビその他の娯楽も極度に制限して、人民にセックスくらいしか娯しみが無いような状態に追い込み、無理矢理子作りさせるといった無茶をやらないとも限りませんが……
 さて、21世紀後半の人口は、どういうことになっているのでしょうか。

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