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「二部合唱」という可能性。 [お仕事]

 去年から今年はじめにかけて、少し風変わりな編曲仕事をしていました。
 「女声(同声)二部合唱」という編成で、それ自体は別に珍しくもないのですが、「無伴奏」というところがミソです。無伴奏女声二部合唱で、いちおう単なるエチュード的なものではなく、人前で演奏しておかしくないアレンジとなると、伴奏つきのものに較べて、急に編曲の難易度が高くなります。

 もともとは、マダムが入っていた女声合唱団のために書いたものが発端です。
 マダムは現在Chorus STの団員でもありますが、出身大学の同窓会で組まれていた女声合唱団にも入っていました。自主演奏会を開いたりコンクールに出たりするほどには活動的でなく、地域の合唱祭や、同窓会主催の演奏会があるときに出演するくらいなものだったようですが、いちおう月1~2回くらいなペースで練習していました。
 同窓会合唱団ですから、新しい卒業生などがどんどん参加してくるかと思えばそうでもなく、何年経ってもマダムが最年少でした。つまり年月を重ねるにしたがって年齢層が上がってしまったわけでもあり、それぞれに家庭の事情などもあってコロナ禍以前から人数も減っていたようです。それがコロナ禍に突入して練習も中止のことが多くなり、しばらく前にとうとう解団となってしまったのでした。
 解団に決まる少し前のこと、確か一昨年の暮れくらいに、いちど集まって歌おうということになったようでした。それで出席者を募ったところ、ソプラノパートは全滅で、メッツォソプラノとアルトが2~3人ずつ、というようなていたらくだったと記憶します。ソプラノが全滅では、ろくに歌える曲も無さそうです。
 そんなことをマダムがぼやいていたので、私がクリスマスソングを何曲か、無伴奏で二部合唱として歌えるように手早く編曲し、その練習に持ってゆかせたのでした。「ジングルベル」「ママがサンタにキッスした」それに「アメイジング・グレイス」くらいのラインナップであったと思います。
 ソプラノが居なくとも良いように、音域も低めにしておきました。曲がりなりにも音大卒業生の集まりですので、初見でもこのくらいは歌えるだろうと思える程度の難易度にしたつもりです。
 それで、いちおう楽しく歌うことができたとの報告を受けました。そしてその合唱団の活動は、それが最後となったのでした。
 私としてはそれだけで終わるつもりだったのですが、ここから話が拡がったのです。

 その合唱団の団長をしていたのが山田由美さんと言って、歌い手です。マダムよりもだいぶ先輩なのですが、マダムは月にいちどほど、山田さんのところにフランス語歌唱を教えに行っており、わりと親しくして貰っています。何年か前には、お寺で一緒にコンサートをしたこともありました。
 その山田さんが、自分の指導している「ミルフィーユ」という女声合唱団に、このときの二部合唱クリスマスソングを持って行って歌わせたというのでした。その合唱団も人数が少なくて難儀しているそうです。女声合唱のスタンダードである三部合唱にしてしまうと、パートの人数が少なくて大変なのでしょう。私が前に指導していたクール・アルエットもそんな感じで、ほとんど二部合唱ばかりやっていました。ただしクール・アルエットには常任ピアニストの山本佳世子さんが居たので、ピアノ付きの二部合唱です。ミルフィーユのほうはそれも居ないのでしょう。無伴奏で歌うことに抵抗が無いとすれば、そこそこ実力はあるのでしょうが。
 そういう合唱団だと、無伴奏二部合唱というのが編成として手頃であろうことは想像できます。問題は、そういう編成のアレンジがあんまり無いということでした。
 いや、無いことはないのでしょう。そういう楽譜もいくつも出版されています。ただ、メロディーを重ねるとか、そういう処理しかしていないのかもしれません。マダムも前にそういう「無伴奏二部合唱」アレンジのものを聴いてきて、つまらなかったと言っていたことがあります。どんなアレンジであったのか私は知りませんが、昔の愛唱歌集などによくあった、ハモりパートのついた歌という感じで、伴奏無しでそれだけ聴いて楽しいというようなものではなかったのではないでしょうか。
 その点私のクリスマスソングは、リズムを補ったり対旋律をつけたりして、それ自体で演奏して愉しめるように作っておいたつもりです。それを持ち帰って歌ってみて、ずいぶん気に入って貰えたようなのでした。
 それで、同じような作りかたで、ほかの曲も編曲して貰いたい、という要望が寄せられたわけです。

 扱ってみたい曲については、先方から伝えられました。合唱団の中でアンケートでもとったようです。同窓会合唱団が活動停止したあとも、マダムがフランス語指導で月1度会っているので、途中経過も伝わってきましたが、最終的に10曲がリストアップされてきました。わざわざ≪A群≫と≪B群≫に分けられ、≪A群≫はわりと古い、昔の教科書に載っていたような歌が中心で、≪B群≫は比較的最近のJ-popなどが含まれていました。
 ≪A群≫のほうが扱いやすそうだったので、その中から「銀色の道」「冬の星座」「夕方のおかあさん」を選んでまず編曲してみました。

 「銀色の道」はダーク・ダックスのヒットソングで、かつて男子高校で教えていたときにピアノ伴奏つき男声四部合唱に編曲したことはあります。無伴奏でも四部合唱くらいだったらなんとかなりそうに思えましたが、さてこれを二部合唱にしなければなりません。
 ただ単に「ハモる」だけだと、この曲の躍動感とか軽快さとかが出てきません。この曲は小節の前半で附点リズムで動き、後半は2分音符など長い音符で延ばすというパターンが基本になっていますが、ハモらせただけでは、延ばしのところでいちいち停止してしまう感じになるのでした。これでは曲の佳さが活かされません。といって、「主旋律と伴奏」みたいな形にしてもあまり面白くならなさそうです。
 必要なのはハモりでも伴奏でもなく、「対位」なのだと心を決めました。つまり、和声法(ホモフォニー)ではなく対位法(ポリフォニー)で処理すべきです。片方が延ばしているところでは、もう片方は動かなくてはなりません。一緒に動くところがあっても良いですが、一緒に止まるということはよほどの必要が無ければ避けるべきでしょう。
 私は修行時代、対位法はわりと得意なほうでした。その後の実作でも、対位法を学んでおいて良かったと思うことはしばしばあります。和声法は現代においてさほど絶対必要とも思えませんが、対位法はたとえポピュラー音楽の作曲家でもちゃんと学ぶべきだと思っています。ポップスでも歌謡曲でも、主旋律とは別に「裏メロ」というべきものが入ることがありますが、対位法をマスターしているかしていないかで、裏メロの出来がまるで違ってくるものです。
 もちろん、ここで要求されるのは古典的な対位法ではなく、いわば現代対位法とも呼ぶべきものでしょうが、そう意識しはじめると、なんとなくこの編曲作業が愉しくなってきました。
 「冬の星座」はそれこそ小学校の音楽の教科書に載っていたような歌です。原曲はヘイズという人が作った、いわゆる外国曲です。これなどはまったく対位法的に処理することができました。カノン風ですが、追いかけるメロディーは少し変形させました。リズム・カノンというヤツかな。2番はまた少し違った処理をしてみました。
 それに対し、「夕方のおかあさん」は中田喜直先生の童謡で、これは逆に対位的処理がしにくい曲で、あえてハモり主体で組み立ててみました。ただし、「ごはんだよぉ~」と呼びかけるサビの部分では、下声が上声を追いかけるような形にしてあります。また、中田作品ではピアノが大事になりますが、これを無伴奏合唱でどう表現すべきか、やや頭を使う必要があります。以前「さくら横丁」「サルビア」などを無伴奏混声合唱にしたときのことを思い出しました。
 パートがふたつしか無いせいもあり、一曲一曲にかかる時間はさほど長くありません。文字どおり朝飯前に済ませてしまったものも何曲かあります。アレンジのアイディアを思いついたらあとは一気呵成という感じでした。
 このあと「ローレライ」「すみれの花咲く頃」を編曲して≪A群≫を終わらせ、しばらく間を置いて≪B群≫にとりかかりました。「メリー・ウィドウ」の編曲などもしなければならず、短時間で終わらせられるこちらの作業は手が空いたときに一挙に仕上げるというパターンでした。

 ≪B群≫は「心の瞳」「少年時代」「いのちの歌」と並び、なんだか馴染みのあるラインナップです。「心の瞳」と「いのちの歌」はわりに最近Chorus STでも歌ったことがあり──というか「いのちの歌」は来月の演奏会のプログラムにも入ってます。「少年時代」はかつて夏の歌メドレーを作ったときにも編曲しました。
 J-pop系になってくると、単純に追いかけるだけというのは難しくなります。リズムも細分化されるし、コードも凝ったものになってくるので、対旋律パートをどう配置するか、どう歌わせれば曲のリズム感のようなものが伝わるか、少し頭をひねらなければならなくなりました。また、イントロとか、かなり長いインストゥルメンタルフレーズなど、省略もできず、さりとて原曲どおりにスキャットで歌わせてもあんまり面白くないという悩ましい事態に陥ります。
 それから、それまでは基本的に、ふたつのパートのどちらにも、少なくともどこかで主旋律を受け持って貰うようにしていたのですが、J-pop系になるとその受け渡しがなかなかうまくゆかなくなりました。「少年時代」ではついに下声にいちども主旋律を渡せなくなり、なんだか負けたような気分がしたものです。
 残りの2曲、中島みゆき「糸」と、ダ・カーポ「野に咲く花のように」は、私自身に耳憶えが無く、うちにある本にも載っていなかったので、Youtubeで耳コピせねばならず、なかなか手がつきませんでした。年が明けて、先日ようやく耳コピに時間をかけられる余裕ができました。幸いどちらもわかりやすいメロディーで、耳コピに苦労はありませんでした。ただ、「野に咲く花のように」というのはGacktに全く同じタイトルの曲があり、そちらだったら耳コピはもっと大変だったと思います。ダ・カーポのほうで助かりました。80年代の歌だそうですが、小林亜星さんによるメロディーは、なんだか60年代の歌と言っても通じるようなシンプルなものでした。
 耳コピは必要でしたが、編曲作業そのものはこれらもさほどの時間を要しませんでした。要するにアイディアがすべてであったと言えます。

 10曲済ませてみて、案外どんな歌でも「無伴奏二部合唱」にすることは可能であるような気がしてきました。強いて言うと、あまり音程が上下せずに、呟くような音調が続くようなものは難しいかもしれません。それにしても、対位法的な発想を持ち込むことで、和声とリズムという音楽的要素をかなり充足させられるというのは、新しい発見でした。いや、対位法というのはもともとそういうものなのですが、近現代のポピュラー曲にもそれが応用できるというのが、われながら驚きだったのです。
 山田さんはたいへん喜んでくれましたが、実際に合唱として仕上げてゆくのはこれからのようです。来月あたり、地元の合唱祭のようなところで発表してみるそうですが、まだ最初に持って行った「アメイジング・グレイス」と、今回の初期にお渡しした「冬の星座」だけだそうで。10曲全部仕上げるまでにはまだ時間がかかりそうです。私も実際に聴いてみて、いろいろ調整したくなるかもしれません。さらに、無伴奏二部のオリジナル曲を書きたくなるかもしれず、この編成、意外と可能性を秘めているようです。

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