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ウクライナ侵攻1年 [世の中]

 ロシアウクライナに侵攻をはじめて、今日でちょうど1年になります。
 事態は一向に解決のきざしを見せぬまま、長期戦にもつれ込んできました。ロシア軍は案外な弱体化に驚かれつつも、まだまだ余力をかなり残している様子ですし、ウクライナ側も士気旺盛で、西側から戦費や兵器をつぎ込まれ、ロシアを一兵残らず撃退するまで戦意は衰えそうにありません。
 士気について言えば、ロシア側の士気は著しく低いと言われていましたが、とりあえず一般市民に厭戦ムードが蔓延しているということも無さそうで、プーチン大統領の支持率は依然として高く、80%台をマークしているようです。つまりロシア国民の多くはウクライナ侵攻を是としているわけです。政府によるプロパガンダや、メディアの誘導はあるかもしれませんが、1年も経てば国外のいろんな情報も入ってくるでしょうし、ロシアが何をしでかしているのか、国外からどのような眼で観られているのか、まったく知らない人ばかりということも無いのではないでしょうか。それでもプーチン支持が高いということは、やはりロシア国民の大半が、正義は我にありと思っているからでしょう。まあ、支持率自体もそんなに信用はできないのですが。
 ひとつには、ロシア本土が戦場になっているわけではないということもあるでしょう。またもうひとつ、モスクワサンクトペテルブルクなどの大都市からは、まだ動員がかかっておらず、徴兵はもっぱら田舎や異民族自治区からおこなっているので、世論を形成する中核となる都市住民には、まだ本格的な危機感が感じられていないのだろうという点もあります。
 いずれにしても、侵攻3日めにはプーチンが勝利宣言をする予定だったと言われるこの侵略戦争が、1年を経てまだ終戦への道筋すら誰にも見えない泥沼のような状況に陥るなど、予想もできなかったことでした。
 プーチンの目論見としては、電撃的に首都キーウを包囲すれば、もともとさして支持率も高くなかったゼレンスキー大統領は泣いて逃げ出し、残った政府はすぐさま降伏するはずだったのでしょう。その上で、ロシアに従順な人間をあらたな大統領とし、「ネオナチ」たるゼレンスキーから解放されたキーウ市民からは歓呼の声で送り出される……という夢を見ていたものと思われます。しかし、ゼレンスキー大統領は逃げ出すどころか徹底抗戦を叫び、ウクライナ国民もそれに応えて立ち上がりはじめたわけで、「夢」はあっさりと「悪夢」へと変貌しました。
 まっとうに考えて、300万都市であるキーウを包囲するのに、20万程度の軍で足りるはずはありません。しかもそのほとんどは、長期の演習から休みも無くそのまま連れて来られた兵士たちで、おそらく目的も作戦も教えられていなかったでしょう。大軍を「見せ」さえすれば相手が恐れ入るだろうと勝手に期待したプーチンの目算違いです。
 キーウ包囲はなすところなく撤退となり、あとは東部・南部での攻防戦となりました。東部はもともとロシア系住民の多いところで、2014年クリミア半島をロシアが強引に併合したのと同じころ、いくつかの州がウクライナ政府に対し独立宣言を発していました。ウクライナにとってみれば内乱ですので、当然鎮圧のための軍が送られ、戦闘がおこなわれます。これを見てロシアは「ウクライナ政府による迫害・虐殺からロシア系住民を保護する」という名目で侵攻をはじめたのでした。「自国民保護を名目とした出兵」というのは、19世紀から20世紀初頭にはよく見られた開戦口実です。それを21世紀にやってしまったのがロシアという国でした。
 保護どころか、ロシアは占領地の住民をさっそく兵士に仕立てて、前線に立たせました。ろくに武器も持たせていないようなので、いわゆる肉壁、弾丸よけです。また、農作業をするのに許可制を導入しました。なんと収穫の7割を差し出すようにというむちゃくちゃなお達しです。七公三民など、戦国時代でも滅多に見られないほどの高率な年貢で、こんなに取られては農民はほとんど生きてゆけません。しかもこれは、農業をして良いという許可のための収奪であり、税としてはもっと取る気でしょう。とても住民を保護しているようには見えません。
 20世紀前半とは違って、軍の行動はつねに衆目にさらされていると言えます。人工衛星からは監視され、ドローンなどの無人偵察機がどこに飛んでいるかわかったものではありません。非道をすれば、たちまち世界中に知られてしまう時代です。ロシア軍は、いまひとつそのあたりをきちんと認識していないのではないでしょうか。
 ロシアは制圧下に置いた東部から、黒海沿いに勢力を伸ばして、飛び地であったクリミアにつなごうとしていました。一方ウクライナからすれば、そんなことをされれば黒海沿岸の半分くらいを失うことになりますから、何がなんでも阻止しようとします。去年の下半期は、東部から南部にかけて、ロシアが侵攻し、ウクライナが奪回するということの繰り返しであったように思います。

 数日前、プーチンは年次教書演説をおこない、その中でこのたびの戦いが「自衛の戦い」であることを強調しました。吹きも吹いたりという気がしますが、欧米諸国がロシアを消し去ろうとしているのに抵抗しているのだという観念は、すでにプーチンの中では「真実」になってしまっているのではないかと思います。自衛と言うなら、ウクライナから軍を引けば、誰もそれ以上ロシアの領土を削ろうなどとはしていないのですが、プーチンの被害妄想はすでに後戻りできないところまで来ているのでしょう。トルコ英仏サルディニアなどを向こうにまわして戦ったクリミア戦争の再来と考えているのかもしれません。
 私は、プーチンをはじめとしたロシア人の多くが、いまだウクライナを「外国」と見ていないのではないかと思っています。ウクライナだけでなく、ベラルーシリトアニアエストニアラトヴィアカザフスタンアルメニアアゼルバイジャンその他旧ソ連諸国を、外国と見なしていないのではないか。形としては独立しても、ロシアの方針に従うべき属国ないし自治領としか認識できていないような気がしてなりません。
 であれば、ウクライナ侵攻というのは彼らにとっては「国内問題」であり、そこにNATOUSAなどが口をはさんでくるのは「内政干渉」という感覚になるでしょう。それなら、恥知らずにも内政干渉をしてはばからない欧米各国は、ロシアを消そうとしているのだ、という見かたになっても不思議ではありません。そして欧米各国の口出しに屈せずに「国内問題」をきちんと解決するのが自分の使命だ、とプーチンが思い込むのも当然でしょう。「自衛の戦い」というプーチンの言葉は、プーチンにとってみれば決して牽強付会のただのレトリックではなく、おそらく本気でそう信じているのだと考えられるのです。
 この迷妄は、ロシア本土が戦場になり、クレムリンに攻め込まれて城下の誓いを強いられるまで、醒めることは無いでしょう。しかし、現在のところウクライナには、ロシア本土にまで攻め込む意思は無さそうですし、ほかのNATO諸国もそんなつもりは無いと思われます。つまり、プーチンの自己陶酔を打ち破る手段は無いということになります。
 ロシアの戦争目的はウクライナを名実ともに属国化(ナチスからの解放、と称している)することであり、ウクライナの戦争目的はロシア軍を自国から追い払うことです。しかも、一時的に軍を引いただけでは、また準備が整いさえすれば侵攻してくるに違いないわけで、ロシアが二度とウクライナを侵さないという保証が欲しいところでしょう。その保証は米軍やNATO軍の駐留という形でしかおそらく得られるものではなく、それはロシアとして到底許せないことです。
 つまりは落としどころがどこにも無いのです。
 ただひとつの円満な解決方法は、ウクライナが完全な外国だということをロシア人が納得することです。プーチンだけではありません。外国なのだから、自分らの思いどおりにはならないこともあるし、武力侵攻をするのは間違っている……とロシア人ひとりひとりが気づかなければ、軍を引くことに同意はできないと思います。しかし、そこまで彼らの考えかたを変えるのに、どれほどの時間がかかるものでしょうか。

 この1年で、日本人のものの考えかたも、ずいぶん変わりました。
 最初のころは、「ゼレンスキー大統領がさっさと降伏すれば、国民が死ななくても済むのに」などと能天気なことを言う人も少なくありませんでしたが、占領された土地の住民がどう扱われるかということを如実にまのあたりにして、そんな声は小さくなってきました。そもそもロシアが制圧した相手をどうするかなどということは、日本人こそほかの誰よりもよく知っていたはずです。満洲に居た人々がどんな目に遭ったのか。シベリア抑留でどれだけの人が凍土に沈んだか。そんなことを考えれば、軽々しくロシアに降伏するなどとは言えたものではないはずです。
 今回の戦争はロシアが一方的に悪いと考える人の割合は、日本が突出して多かったのも印象深いデータでした。戦後一貫して侵略は悪だと刷り込まれ、いかなる事情があっても武力により国境を変える試みは許されないと強固に信じていた日本人の倫理観をまっこうから逆撫でしたのがロシアの侵攻でした。これまたはじめのころは、「でもウクライナも悪いんですよ」と、山岡さんみたいなどっちもどっち論を言い立てる論者も居ましたけれども、

 ──軍を催して他国に攻め込んだ時点で、何をどう言い繕おうとロシアが悪い。

 とすぐに反論されて、ぐうの音も出なくなっていたようです。
 そしてウクライナから得られた教訓は、

 ──自分たちが国を護るべく戦わない限り、助けてくれる国など無い。

 という冷徹な事実でした。

 ──日本はUSAと同盟を結んでいるのだから、ウクライナとは事情が違う(だから戦うのはUSAに任せておけばよい)。

 といった論も、これもはじめのころはよく聞かされました。しかし、

 ──本当にそうなのか?

 と疑問に思う人が徐々に増えてきたようです。日本がどこかの国の侵攻を受けたとして、戦いをUSAに丸投げして自分らは逃げまどっていたとしたら、本当にUSAは日本を護ってくれるのでしょうか。本国で、
 「自ら戦おうともしない連中を、わが国の軍人が血を流して護る必要があるのか?」
 という声が上がるのは必至で、そういう世論を無視できるほどUSAの大統領は全能ではないはずです。
 また、侵攻してきた国が核兵器保持国であった場合、USAもNATOもいささか及び腰になるというのも、今回の戦争ではっきりしました。欧米各国は、ウクライナに戦費や兵器の供給はしますが、いまのところ援軍を送ろうとはしていません。援軍を送ると戦争はロシア対西側諸国という様相になってしまい、そうなるとロシアが核兵器を使用する危険が高まると思われるからです。日本に敵対しそうな、ロシア、中国北朝鮮のいずれも核保有国であり、一旦緩急あったときに、USAが及び腰になってしまうというのは充分考えられることです。
 やはり、自分の国は自分たちで護るしかない……というのが、ウクライナの様子を1年見てきての日本人の結論であったのではないでしょうか。去年末のいわゆる安保三文書が、わりとすんなり通ったのも、ずっとお花畑のようであった日本人がようやく眼醒めかけてきた顕れと言えるでしょう。まだ、自ら銃をとって戦うという覚悟のある人は多くないかもしれませんが、少なくとも、自衛隊がもっと楽に動けるようにしてやったらどうだ、という点については、異議のある人が少なかったということであろうと思います。
 10年前なら──どころか、3年前であっても、こんな文書は通らなかったでしょう。野党が騒ぎ立て、メディアは「軍靴の音が~」と蜂の巣をつついたようになったと思われます。ロシアの暴挙は、多数の日本人の眼を醒ますに足る出来事でした。

 この戦争でロシアが勝つということは、武力によって国境を変えることが国際社会で認められるのと同値ですから、決して勝たせてはいけないわけです。ロシアの行為を認めれば、中国が台湾もしくは日本に野心を抱いた場合に、それを批難する根拠が薄くなります。中国に関して言えば、形の上ではウクライナの独立を認めていたロシアと違い、最初から台湾を自国領土と言っていますので、さらに批難しづらくなるでしょう。中国に余計な考えを持たせないためにも、ロシアが勝つという事態だけはどうしても阻まなければなりません。
 戦争をしているのは1万キロの彼方であっても、ロシアは日本とも国境を接している国であり、しかも日本の領土を奪ったまま居坐っている国です。日本はあらゆる手を尽くして、奪われた領土を返して貰うよう交渉を続けてきました。しかし、ロシア側では日本からの交渉など右から左に聞き流していただけだったことが、ほかでもないメドベージェフ前大統領の口から明かされました。これほど人を馬鹿にした話は無いでしょう。
 軍事的な北方領土奪回は現時点では無理であっても、日本としてはロシアを勝たせないためのありとあらゆる手練手管を用いて差し支えない局面であろうと思います。どこ相手にもとにかく「刺戟しない」ことを旨とする外務省が、この局面で腰砕けにならないことを祈ります。

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