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『TOKYO物語』の展開計画 [お仕事]

 「ブギの女王」笠置シズ子をヒロインのモデルにしたNHKの朝ドラ「ブギウギ」のおかげで、『TOKYO物語』がまた売れているようで、ありがたい話です。
 昭和20年代の歌謡曲をメドレーにしたものですが、笠置シズ子が歌った「東京ブギ」はほぼ真ん中あたりに入っています。初演時の都合があって、かなり長い間奏がついているため、ステージではそこでちょっとしたダンスを入れたりする趣向がよくおこなわれるようです。
 笠置さんは「東京ブギ」のほか、「ジャングルブギ」「買い物ブギ」など、次々とブギウギのヒット曲を飛ばしました。それだから「ブギの女王」と呼ばれたわけですが、『TOKYO物語』に入っているほかの曲で、高峰秀子が歌った「銀座カンカン娘」もブギです。当時、ブギウギというのはずいぶん流行していたものと思われます。これが30年代に入ると、ゴーゴーなどが流行することになるのでしょう。
 30年代のメドレーである『続・TOKYO物語』のほうは、まだ売れ行きがいまひとつという感じです。女声版発売後にコロナ禍が起こったせいでもあるでしょう。こんど「正篇」のほうが増刷になるときには、前書きを更新して「続篇」の宣伝でも書いてやろうかと思っています。だいたい10刷ごとに前書きを書き直しているのですが、しばらく前の50刷めのときに更新を忘れてしまっていたのでした。

 『続・TOKYO物語』を初演したときには、いろんな人から
 「次は40年代ですね」
 と言われたものでしたが、私としてはあまり気が進みません。昭和40年代になると、私自身が体験している時代であるだけに、選曲その他をドライにおこなえる自信が無いのです。そもそもこの時代は、ひとことで歌謡曲と言っても、ジャンルが拡がりすぎて、ひとつのメドレーとしてまとめるのが困難になってきます。アイドル系、グループサウンズ系、演歌系、フォークソング系など、それぞれのジャンルだけでおなかいっぱいになりそうな気がします。私が比較的聴いていたのはフォークソング系と、かろうじてアイドル系の一部といったところでしたが、そうしたところで好みが偏ってしまいそうなのは争えません。
 それで、もし昭和40年代以降のメドレーを作るのなら、もっと若い世代の人にお願いしたいところです。『TOKYO物語』という冠を譲っても良いとさえ思っていますが、まあそれはプライドが許さないかもしれず、別のシリーズにしてもそれはそれで差し支えありません。
 私が、機会があったらこのシリーズ内でやってみても良いかな、と思っているのは、いまのところふたつあります。

 ひとつは「東京」を離れた『YOKOHAMA物語』といったもの。横浜を舞台にした歌はたくさんあって、東京以外にメドレーが成立するのは横浜くらいではないかと思います。いろんな都市を舞台にした歌はあるものですが、有名どころは多くても数曲といったところでしょう。大阪でさえ、そこまで多くは知りません。名古屋となると「名古屋はええよ! やっとかめ」みたいなコミックソングまで数えることになりそうです。仙台「青葉城恋唄」一択ですし、ありそうな函館札幌も案外と思いつきません。いっそのこと「函館の女」「博多の女」「大阪で生まれた女」など、各地の「女」を集めたりしたほうが面白いかもしれません。
 その中で、横浜はいろいろありそうです。平野愛子「港が見える丘」や『続・TOKYO物語』でなぜか拾えなかった美空ひばり「港町十三番地」から、「追いかけてヨコハマ」「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」などまで、横浜という土地は作詞家のイマジネーションを刺戟するところがあったのでしょう。歌謡曲だけでなく「赤い靴」など唱歌のたぐいまで交えてみるのも一興です。
 横浜で活動している合唱団などとコラボして制作できないものかと考えています。『YOKOHAMA物語』はわりとまじめに実現できないかと思っているところです。読者の皆様の中に、そちらのほうで活動しておられるかたが居られれば、ひとつ考えていただけないものでしょうか。

 もうひとつは、これはむしろ自主的に作っても良いかなと思っているプランで、『TOKYO物語・戦前篇』といったものです。最近流行の「ゴジラ -1.0」に便乗して『TOKYO物語 -1.0』としようか、などとも考えましたが、まあこれは冗談です。
 実は共立女子大合唱団に『TOKYO物語』を頼まれたとき、準備中に藤山一郎氏の逝去の報に接し、急遽「東京ラプソディー」「TOKYO物語・補遺」として編曲したのでした。アンコールにでも使ってくれれば良いと思ったのですが、残念ながら初演時には歌われず、こちらの初演は当時私が伴奏に行っていた駒場会コーラスでのことになりました。そして、それから何年も経ってから、栗原寛さんに頼まれて混声化もしました。
 この「東京ラプソディー」を最後に置く形で、戦前篇のメドレーを作れないかと考えたのです。「東京ラプソディー」は昭和11年の発表で、ぎりぎり人々が繁栄を謳歌していた年代と言えます。実際、それよりあとには、戦争が終わるまでさほどめぼしい歌が見当たりません。
 「東京」を題材にした歌は、戦前にもたくさん作られています。ぱっと思いつくのが佐藤千夜子「東京行進曲」ですね。この人も朝ドラのヒロインのモデルになったことがあります。レコードを出した最初の女性歌手だそうです。

 「いっそ小田急で逃げましょか」

 というところが鉄ちゃんとしては見逃せません。当時、小田急の本社から、
 「小田急は駆け落ち用の鉄道ではない!」
 とクレームがついたのだとか。なぜ小田急で逃げるかというと、その頃としては画期的な2人掛け前向きクロスシート、いわゆるロマンスシートを備えた電車を走らせていたからでした。

 「東京の渋谷ぢや地下鉄が、ビルヂングの3階に出入りする、ハハのんきだネ」

 の「のんき節」も入れたいところですが、実はこの歌詞はいくつかあるヴァージョンのひとつに過ぎず、言ってみれば替え歌みたいなものなので、うまくストーリーの流れに乗せられるか微妙です。
 「東京音頭」もありますね。盆踊りの定番としていまでも人口に膾炙していますが、調べてみると実は「東京行進曲」よりあとに作られていたのでした。「東京行進曲」は昭和4年、「東京音頭」は昭和7年です。案外と新しい「音頭」なのでした。そして、この2曲はいずれも西條八十作詞、中山晋平作曲であったというのも、あらためて驚きでした。
 西條八十の歌詞なんかは、踊っている人もあまり意識していなさそうですが、

 「君が御稜威(みいつ)は、君が御稜威は天照らす」

 なんてところはいかにも戦前らしい感じです。ちなみに「君が御稜威」とは「天皇陛下のご威光」ということです。「君が代」の「君」が誰なのかについては、いろいろ議論があるところですが、「東京音頭」の「君」についてはどう言い繕いようも無く天皇陛下のことですね。わが国に「天照らす御稜威(ご威光)」など持てる人は、ほかに誰も居ません。左翼がかった人も、この歌詞で盆踊りを踊っているかもしれないと思うと、なんとなく笑えてきます。
 「東京音頭」とまぎらわしいのですが、「東京節」というのもあります。こちらははるかに古く、大正7年添田知道が歌いました。「花の大正ロマン」と詠った「はいからさんが通る」というマンガの中で歌われていましたが、さすがにきちんと考証してあると言えましょう。よく知られているのは

 「ラーメチャンタラギッチョンチョンデ パイノパイノパイ パリコトパナナデ フライフライフライ」

 という意味不明なリフレインです。私もここしか知りませんでした。ところが、Youtubeで探して聴いてみると、ほかの部分もこれと同じメロディーで、歌詞だけ変えて蜿蜒と繰り返すようです。原曲はヘンリー・クレイ・ワークという人の作曲した「ジョージア行進曲」という曲なんだそうで、なんと「外国曲カバー」であったのでした。ちなみにこのジョージアはUSAのジョージア州であって、もとグルジアと言ったロシアの近くの国ではありません。
 このリフレイン、3番以降はちょっと形が変わります。

 「市長さんたらケチンボで パイノパイノパイ 洋服も詰め襟で 古い古い古い」

 実はかなり辛辣な風刺の利いた歌であったようで、まあそれも大正時代らしいところではあるでしょう。

 私がぱっと思いついたのはこのあたりでしたが、調べればもっと「東京」の歌はあることでしょう。さらにさかのぼって「お江戸日本橋」あたりから始めるのも良いかもしれません。「宮さん宮さん」1868)で幕府が追い散らされて江戸が東京となり、文明開化の世となって、「鉄道唱歌」1900)なんかもこの流れに乗せられそうです。
 いままで挙げただけで7、8曲になっており、あとせいぜい2曲ほど加えれば、長さ的にも充分でしょう。「正篇」「続篇」がそれぞれ10年間くらいの歌でまとめているのに対し、「戦前篇」はこうなると明治以前からの100年近くの流れを俯瞰することになりそうですが、試みとしてはぜひやってみたい気がします。

 実のところ、私はメドレーというものがさして好きではありません。なんとなく消化不良のまま次々といろんな曲が連続で奏でられるわけで、あんまり面白くないように思われるのでした。それでも仕事としてはメドレーを頼まれることが多くて、痛し痒しというところです。まあ『TOKYO物語』をあれだけ売っておいて、今さら何を言うと怒られそうですが、私の好みの仕事でないということは確かです。
 とはいえ、自分の構想によって選曲し構成し、ひとつのストーリーを作れるというのであれば、ときにはやっても良いような気分になるのでした。
 上に挙げた曲を時代順に並べただけで(「お江戸日本橋」→「宮さん宮さん」→「鉄道唱歌」→「東京節」→「東京行進曲」→「東京音頭」→「東京ラプソディー」)、それなりの物語がイメージできそうです。これらの歌をリアルタイムで知っているという人はもう居ないでしょうが、まるっきり知らないという人もまた少ないでしょう。歴史と懐古のあいだあたりにある歌たちです。出せばけっこう歌われそうな気もします。
 合唱団というよりも、こういうのは出版社に相談してみようかな、などと想いを巡らしているところです。

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