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「鉄道と美術の150年」展を観る [日録]

 1月2日に、隅田川七福神めぐりのあと行く予定だった東京ステーションギャラリーに、一週間遅れで行ってきました。2日にはとうきょうスカイツリーへ行ってしまったため、ステーションギャラリーに寄る時間が無くなってしまったのでした。
 スカイツリーに行ったのはマダムの両親につきあってのことでしたが、そのマダムの両親から、JR東日本の株主優待券というのを貰っていました。これを使うと入場料が半額になります。ありがたい話で、スカイツリーにつきあうくらい易いことであったとも思えます。
 さて、ステーションギャラリーで開催していたのは、「鉄道と美術の150年」という展覧会でした。もちろん、去年(2022年)が、日本の鉄道開業150周年であったことに関連しての催しです。もうひとつ、それまでの「書画」という言いかたに代わって「美術」という言葉が使われはじめてからもやはり150年であったそうです。いくぶんこじつけっぽい気もしますが、それで「鉄道と美術」という関連に焦点を当て、さまざまな絵画や写真を集めてみたというのが今回の趣旨だったのでした。JRの電車の車内でも盛んに広告されていて、マダムがぜひ観に行きたいと希望していたのです。私も異存は無く、同行することにしました。もっとも会期が今日(1月9日)までで、つまり今日が最終日です。休日でもあるし、えらく混むのではないかと心配しました。

 マダムが午前中用事があったため、14時少し前にステーションギャラリーの入口、すなわち東京駅丸の内北口で落ち合いました。一国の中央駅に美術館が附属しているというのは、世界でもなかなか無いのではないかと思います。
 入口前に行列ができているというほどではありませんでしたが、けっこう混んでいるのは確かでした。自動券売機の「株主優待」というところをタッチして入場券を買います。なお私の持っている「大人の休日倶楽部」のカードでも安くはなりますが、100円引きというところで、わずかなものです。入場料は正規で買えば1400円ですので、「半額」の威力にはとてもかないません。
 マダムは外国の絵画、たとえばモネ「サンラザール駅」シリーズのようなものも展示されていると期待していたようですが、それは無く、もっぱら邦人作品ばかりでした。あくまでも「日本の」鉄道と美術、というテーマなのでやむを得ないでしょう。
 鉄道前史というべきか、ペリーの持ってきた蒸気機関車の模型の絵などからはじまっています。模型とはいえ、ちゃんと石炭を焚いて走れるようになっていたそうですから、当時の日本人は驚いたことでしょう。それにしてもそれをすぐさま写生して、けっこう精密な絵として残していることには感心します。蒸気機関車に驚いた国は多いでしょうが、すぐにその絵を描いたなんてのは日本くらいではないでしょうか。
 そういえば、蒸気船(黒船)も世界中に出没しましたが、それを見て3年後に蒸気船を自作してしまったなんて国は日本だけだったと聞きます。しかも薩摩藩佐賀藩宇和島藩でそれぞれ別個に作ってしまったというのですから、日本の技術者というのはとんでもないなと思います。
 もっとも陸上の線路を走る機関車となると、蒸気船より機構が難しかったようで、さすがに国産のものが造られるのはだいぶあとになりました。
 明治初年の錦絵などにも汽車は盛んに描かれました。鉄道開業前にも描かれているのは、試運転などで人々の眼に触れることが多かったからだろうと思われます。もちろん開業した明治5年には、汽車は絵師たちの大人気のテーマとなりました。河鍋暁斎なども、依頼された『地獄極楽めぐり図』に早速汽車を採り入れています。三代目歌川広重歌川芳虎なども好んで汽車を画題としました。そんな中に、勝海舟が描いたという汽車のスケッチが展示されていたのもなかなか興味深いものがありました。

 その後、風景画などでも、点景として線路や汽車を描いた作品が多くなります。駿河湾あたりの「富士山、海辺、そのあいだを通る東海道本線」というような構図が増えてきました。
 それに対し、列車の中を描いたのは、赤松麟作「夜汽車」あたりが最初でしょうか。明治34年の作品です。東海道線の列車で夜を明かした乗客が、朝の光を見て動き出すといった絵です。説明文を読むと、座席の向きなどから考えてこの列車は絵の手前に向かって走っているはずで、その列車の左側から光が差し込んできているので、列車は北に向かっていることになる。東海道線で北に向かうのは名古屋に着く前だ、といったことまで考察していて、思わず噴き出しそうになりました。この手の重箱の隅をつつくような考察は鉄道マニア特有と言って良く、説明文の筆者もけっこうなマニアであろうと納得したのです。
 田端板橋水道橋といった、私のよく知っているあたりの絵もあり、なるほど当時はこんな景色であったのかと感慨を覚えます。
 大正3年に東京駅ができ、昭和2年に地下鉄が走りはじめ、いずれも画家の好む画題となりました。
 線路・駅・車輛ばかりではなく、昭和初年くらいからは、鉄道で働く労働者たちなども画題として扱われるようになってゆきます。佐藤哲三「赤帽平山氏」などが嚆矢でしょうか。そして駅員や機関士などもモデルになるようになりました。蒸気機関車の機関士は、その過酷な作業と熱気のせいか、ときに空が黄色く見えることがあるそうですが、そのとおりに空を黄色く塗った絵もありました。
 昭和10年に描かれた木村荘八「新宿駅」という絵も興味深く鑑賞しました。いまの新宿駅とはもちろん似ても似つかない光景ですが、人がやたらと集まって混雑している様子は、80年以上前でもちっとも変わらないようです。

 蒸気機関車の絵が多く描かれているのに較べると、電気機関車やディーゼルカーを描いた絵というのは、収集の都合かもしれませんが少ないようです。やはり蒸機は圧倒的に「絵になる」ということでしょうか。また、蒸気機関車は「もっとも人間的な機械」だと呼ばれることがあります。同型の機関車でも、ひとつひとつ違った個性を持ち、ときには宥めすかしたり機嫌をとったりしないとうまく作動せず、うまく「ハマった」ときには最高のパフォーマンスで応えてくれる……等々と、多くの機関士が証言しています。そういう蒸機の人間臭いところというか、人格性のようなものを、画家たちはその感性で受け止めていたのかもしれません。電気機関車やディーゼルカーにはそういった要素が希薄で、絵心を刺戟するところが少なかったのでしょう。
 その一方で、電車はよく描かれています。もっともいまのような電車ではなく、路面電車とか、それに近い軽便な電車です。2輌編成くらいの電車がトコトコと走るさまは、やはり絵心をくすぐると見えます。

 戦後の作品は、時代思潮からしても抽象的なものが多くなってきますが、1994年当時の地下鉄の各路線の概念図を、皇居の位置だけ示して取りそろえた柳幸典「トーキョー・ダイアグラムH'6」なんかは面白く鑑賞しました。1994年(平成6年=H'6)といえば副都心線はまだ無く、大江戸線都営12号線として練馬光が丘間を走っているだけ、半蔵門線水天宮前止まり、南北線駒込赤羽岩渕間だけの運転でした。そうそうこんな感じだったよな、と思いながら観ていましたが、こんなものが作品として成立してしまうのですから現代美術というのはよくわかりません。
 現在に近づくにつれ写真も多くなります。浴場にプラレールを敷きまくって、そこに多くの人が入浴しているという変な写真(パラモデル「極楽百景 第八景 ──新世界 パーク温泉 斬新な入浴」)があり、雰囲気は普通の銭湯らしいのにどう見ても混浴のようでぎょっとしましたが、よくよく見ると合成写真でした。面白いには面白いのですが、なんの意図があるのかは不分明です。

 まあとにかく、鉄道というものが画家や写真家になんらかのインスピレーションを与える存在であるということは、150年前から現在に至るまで、確かに言えることだとは思います。ただ、今後もそうあり続けるかどうかはなんとも言えません。あちこちで、一点ものの超豪華列車が走ったりもしていますけれども、そういったものが画家の絵心を刺戟するかといえば、そんなことは無いような気もするのです。50年後の200周年のときに、今回と同じような企画が成立するかどうか、現時点では微妙なところだと言わざるを得ません。

 駅構内のカフェでひと息入れてから、の実家に帰るマダムにつきあって常磐線上野東京ライン日暮里まで乗り、マダムと別れて京浜東北線で帰りました。そういえば結婚前、まだ上野東京ラインはありませんでしたので上野から日暮里だけ常磐線に乗って、当時のはっちぃを見送って京浜東北線に乗り換えたものだったと思い出しました。あの頃はまだ日暮里駅の南口側にはエスカレーターも無く、階段をえっちらおっちら昇降していました。150年の鉄道の歴史に較べれば、ごく最近というべき18年前の話ですが、あれからも駅や電車はいろいろ変わっています。
 そういえばこの3月には東急新横浜線が開業し、東急と相鉄が直通します。二俣川海老名などまで直通する電車もあるようですがそれはたぶん東横線からで、目黒線からのは新横浜止まりではないかと思われますが、とにかくうちの近くの埼玉高速鉄道から相鉄までが1本の線路でつながるわけで、そのうち直通もするかもしれません。「オワコン」であるかのように言われても、なおも不断に進化し続ける鉄道という存在。できることならば美術に限らず、これからも表現者たちのインスピレーションをかき立てるものであって貰いたいものです。

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