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「楽語」を考える(2)強弱記号と変化標語 [いろいろ]

 「速度標語」に引き続いて、ほかの楽語を見てみましょう。
 もっとも多種多様なのは、いわゆる「発想標語」と呼ばれるもので、どんな情感を込めて、あるいはどんな性格を持たせて音楽を演奏するのかということを指示する言葉です。それから「演奏標語」と呼ばれるものもあります。これは楽器をどのように使って演奏するかを指示するもので、楽器によって独特な術語が使われることが多く、専門が違うと意味がよくわからないというようなことも起こり得ます。
 それらも面白いのですが、いまはあとにまわしておきます。

●強弱記号●
 今回、まずは「強弱記号」を扱ってみましょう。
 音量を表す楽語ですが、ほとんどの場合は略号をもとにした記号で書かれるため、「強弱標語」という言いかたはしません。演奏する側としても、ひと目でわからないと困るので、長たらしい単語をそのまま書くことは滅多に無いのでした。
 基本は、p(ピアノ)とf(フォルテ)です。pは「小さく、弱く」、fは「大きく、強く」と理解すれば良いわけですが、原義を調べるとこれがまたなかなか興味深いのでした。
 forteは確かに、「強い、頑健な」というのが元の意味です。力が強いことも、体格が良いことも、健康であったりすることもみんなフォルテです。これが大きな音の形容に使われたのはまったくもって妥当です。
 ところが、pianoのほうには、「弱い」とか「小柄な」とかいう意味は本来ありません。ではもともとどういう意味かというと、「平べったい」「平坦な」
というのが原義なのでした。つまり、起伏に乏しい、無表情なのがpianoなのです。forteの対語として使われるようになって「小さい」という意味合いが付加されたわけです。
 イタリア語でお皿のことをpiattoと言いますが、これも関連語かもしれませんね。
 forte、pianoというのはもともとハープシコードの「演奏標語」でした。J.S.バッハ「イタリア協奏曲とフランス序曲」という作品を見ると、随所にforte、pianoといった書き込みがなされています。
 ハープシコードは鍵盤が単一のこともありますが、少し立派な楽器になるとたいてい二段鍵盤を備えています。二段の鍵盤は同じ音色の音を出すようにもできますが、レジスター操作により、フォルテ鍵盤とピアノ鍵盤という風に設定することもできます。フォルテ鍵盤にした場合、鍵盤を叩くと、ピックが2本の弦を一緒にはじくので、1本しかはじかないピアノ鍵盤に較べて大きな音が出るのでした。
 ハープシコードは、奏者の弾きかたによって強弱をつけることのできない楽器でしたが、少し時代が下ると、弦をビックではじくのではなくハンマーで叩くようにし、奏者の弾きかたによって強弱のつけられる鍵盤楽器が開発されました。単一の鍵盤で大きな音も小さな音も出せたので、人々はこの楽器をピアノフォルテと呼びました。言うまでもなく、これが現在のピアノの原型で、いつのまにか「フォルテ」のほうは省略されるようになったのでした。もっとも、楽譜にはまだ「Pianoforte」と記している場合もあります。
 この楽器が普及して、演奏方法としてのfpが表記されるようになったのです。バッハのようにforte、pianoと書いていては読みづらく、大きく太いフォントで頭文字だけを記すという習慣になりました。
 強弱記号は、なかなか便利でしたので、鍵盤楽器だけではなく、ほかの楽器にも用いられるようになったのです。
 それでも、モーツァルトくらいの時代までは、fpのふたつだけで間に合っていました。これに「(その音だけ)特に強く」ということでsf(スフォルツァンド)、fz(フォルツァート)、rf(リンフォルツァンド)などの記号が追加で使われ、あと「大きくしてすぐに小さく」ということでfp(フォルテピアノ)という記号が考案されたくらいで、たいていの曲は問題なく演奏できたのです。
 しかし、モーツァルトの晩年くらいになると、ピアノの音量の幅も大きく取れるようになり、ほかの楽器の表現力も上がってきました。こうなると、fpだけでは物足りなくなってきます。
 そこで、もっと大きい音、もっと小さい音を指定する記号が考案されました。
 ffppと重ねた形で書かれます。読みかたは最上級で、フォルティッシモ、ピアニッシモとなります。
 小さいほうから並べれば、pppfffとなり、ベートーヴェンはこの4つを使いました。
 そのうち、もっと表現の細やかさが要求されるようになって、mf(メッツォフォルテ)、mp(メッツォピアノ)という記号も発明されました。メッツォmezzoは「半分の」という意味です。「強めだけどフォルテほど大きくなくて良い=半フォルテ」、「小さめだけどピアノほど落とさなくて良い=半ピアノ」という段階の強弱記号が必要となったのでした。このメッツォ付きの記号は、ベートーヴェンの生前すでに使われはじめていましたが、ベートーヴェンはかたくなにこれを使用しませんでした。たぶん、彼の作曲理念からして、そんな中途半端な表現は許せなかったのでしょう。
 より極端なほうにも拡がりました。fffPPPと3つ連ねた記号も使われるようになったのでした。読みかたは「フォルティッシッシモ」「ピアニッシッシモ」です。本来、最上級をこんな風に重ねることは文法としてあり得ないのですが、俗語などで意味を強調するために使われていたのかもしれません。最近では「フォルテフォルティッシモ」などと読む方法も見られます。
 チャイコフスキーなどは調子に乗って、大きいほうはffff(フォルティッシッシッシモ)、小さいほうはpppppp(ピアニッシッシッシッシッシモ)まで使いました。こんな音量の幅を要求したのは、さすがにオーケストラ曲に限ったと思いますが。
 その後はこんな受けを狙ったような重ねかたはむしろ少なくなり、フォルテもピアノも3つくらいまでが常識的な範囲となりましたが、現代音楽の中には奇をてらってpppppp!などとビックリマークまでつけた表示をしている場合もあります。

 速度標語と同様、piùやmenoをつける場合もあります。più fは「もっと大きく」、meno fは「より大きくなく=もう少し小さく」です。なおpiù pもよく使われますが、meno pというのはあまり見ません。
 「少し」という意味のpocoをつけることもありますが、これもpoco fは見ますが、poco pというのは滅多に使われない気がします。

 上に出たsffzrfなどについても触れておきます。スフォルツァンドはsfzと書かれることもありますが、こうあるとスフォルツァートと読む人も居ます。意味はほとんど変わりません。sfsfzfzは、ほとんど作曲家によってどれを使うか好みで決めている感じがあります。
 リンフォルツァンドはrfのほか、rfz、またrinfなどと書かれることがあります。こちらもリンフォルツァートと読む人も居ます。こちらも「特に強く」なのですが、ロッシーニの譜面を見たとき、sfrfが明確に使い分けられていたので、少なくともロッシーニは別の意味合いとして考えていたことがわかりました。どうも、sfは「その音だけ」強くすること、rfは「その音の附近を」強くすること、といったニュアンスの差があったように思えました。これに限らず、楽語や記号の使い分けについては、作曲家が実際にどう使っているかを見るべきであり、特にイタリア人作曲家の使いかたを参考にしてニュアンスをつかむのが良さそうです。

 さて次に、「変化標語」あるいは「変化記号」と呼ばれるタイプの楽語を考えてみましょう。
 変化標語や変化記号というからには、何かを変化させる言葉あるいは記号ということになりますが、大体楽語というのは、その書き込まれた瞬間から何かが変わるという性質のものが多いわけなので、この場合は「徐々に変化させる」と解したほうが良いかもしれません。
 徐々に変化することといえば、速度や音量でしょう。「だんだん速く」「だんだん遅く」あるいは「だんだん大きく」「だんだん小さく」というのが変化標語や変化記号の示す意味合いです。これだけなら、そんなに種類は無さそうに思えますが、これまたニュアンスの差があるのでした。

●速度を変える●
 まず、「だんだん速く」する言葉です。
 accelerand(アッチェレランド)というのが代表格です。英語でもaccelerate(アクセラレイト)と、ごく近い綴りになります。文字どおり、アクセルを利かせる、加速する、という意味です。長い単語なので、accel. と略されることが多く、われわれも「アッチェレ」などと縮めて読んでいました。
 stringendo(ストリンジェンド)というのもよく使われます。この言葉にはstring(弦、ひも)という原義が含まれています。stringareという動詞は「ひもできつく縛る、緊縛する」という意味になります。その副詞形であるわけですので、「きつく縛って」……つまり「(テンポを)引き締めて」というようなことになり、それが転じて「だんだん速く」という意味合いとなりました。accelerandoとの使い分けは、単に速くするか、その中に緊張感を込めるか、というあたりになるでしょう。こちらも長い単語なので、string. と略記されることがよくあります。
 stretto(ストレット)という言葉が使われることもあります。これも「引き締める」というニュアンスですが、元来は「狭い、距離が近い」といった意味合いです。実は、音楽用語としてのstrettoにはもうひとつの用法があり、フーガの終わり近くで、主題が完結しないうちに次から次へと出てくる部分のことを指します。辞書を見ると、このふたつのストレットは、別項目、つまり語源が違うものとして扱われていたりしますが、フーガのほうも「(次から次へと)迫ってくる」というようなニュアンスが感じられるので、まったく無関係ではないように思われます。

 「だんだん遅く」のほうは、ritardando(リタルダンド)とrallentando(ラレンタンド)というふたつの用語が頻繁に使われます。このふたつの「だんだん遅く」は、どういう違いがあるのかということで、音楽家のあいだでも論争が起こったりしています。何しろ、辞書や楽典の本を見ても、どちらも「だんだん遅く」としか書いていないのです。しかし、両方を同じ譜面の中で使い分けている作曲家も数多く居て、何か区別しているはずだというわけです。
 イタリア語の原型となっている動詞を見ると、ritardareというのは「時間が遅れる」、rallentareというのは「速度が遅くなる」というニュアンスであるようです。渋滞でタクシーがrallentareしたために、飛行機の出発時刻にritardareするのです。
 この関係から考えると、rallentandoは「遅くなる」、ritardandoは「遅らせる=遅くする」と解するのが妥当であるように思えます。rallentandoは自然に停止してくる感じ、ritardandoは意識的に遅めてゆく感じです。エンジンブレーキとペダルブレーキの違いと言いましょうか。
 ただし、異論はあり、rallentandoのほうが意思をもって遅らせるのだ、と主張する人も居ます。
 言葉の構造として、rallentandoにはlento、つまり速度標語のところで触れた「遅く」という単語が含まれていることを指摘しておきます。「lentoにする」というのが本来の語義なのです。
 どちらも長い単語で、よく使われるので、略語にすることが多くなっています。ritardandorit.ritard.rallentandorall.rallent. と書かれます。
 rit. によく似た、riten. という楽語があります。これも「遅くする」意味なのでまぎらわしいのですが、ただしニュアンスはかなり違うので注意が必要です。riten.ritenuto(リテヌート)の略で、上に挙げたクルマのブレーキに喩えるなら、急ブレーキに相当します。そこから急に遅く、ということです。「徐々に変化する」言葉ではありませんが、間違えやすいのでここで紹介しました。速度標語としてのMeno mossoPiù lentoとは違い、ritenutoはそこだけ一時的に遅くなるニュアンスが強いと言えます。発想標語であるtenuto(テヌート)、「音を良く保って」という言葉の派生語です。
 それほど使われませんが、slentando(ズレンタンド)という用語もあります。元になったslentareという動詞は「手綱を緩める」というような意味で、その点ではstringendoなどの対語とも見られます。

 速くする、遅くするのに対し、「元に戻す」というのもあります。
 a tempo(ア・テンポ)というのが代表格です。これまで出てきた速度変化標語すべてに関して、この言葉で「元に戻す」ことができます。in tempo(イン・テンポ)というのも同様に使われますが、これは「テンポを守って」というニュアンスが強くなるように感じられます。演奏家の人情として加速や減速をしたくなりそうな箇所で、あえて「テンポを変えないで」と要求したい場合にin tempoと書かれることが多いです。
 Tempo Iもテンポを戻す意味ですが、このIはプリモと読み、「最初のテンポで」ということです。曲の途中でPiù mossoPiù lentoなどによりテンポが変わったものを元に戻す場合に使われ、accel.rit. などによって一時的に変化したものを戻す場合にはあまり使われません。ちょくちょく2種類のテンポが切り替わるような曲では、稀にTempo II(テンポ・セコンド)と書かれることもあります。

●強弱を変える●
 「だんだん大きくする」はcrescendo(クレシェンド)、「だんだん小さくする」はdecrescendo(デクレシェンド)やdiminuendo(ディミヌエンド)が使われます。これらも長いので、cresc.decresc.dim. あるいはdimin. と略記されるのが普通です。もっと簡単に、< や > といった記号で表記されることも良くあります。記号のほうがわかりやすいですが、一般に、文字で書かれたほうが意味が強まると意識されているようです。たとえばpという表現の中で音量を微調整する場合には記号が使われ、pからfへと表現を変えてゆく場合には文字が使われる、という具合です。ただし、後者の場合でも記号になっていることも多く、音符の配置の都合により使い分けるということもあるので、それほどはっきりした差ではありません。
 crescendoというのは原義は「育つ、成長する」で、これが「だんだん大きく」という意味に転化するのは納得できます。
 これに対し、decrescendoは否定や反意を表す接頭辞de-をつけた形なので、単純に「crescendoの逆」ということで「だんだん小さく」となります。
 一方、diminuendoの原義は「減らす」です。コードネームにディミニッシュというのがありますが、あれは日本語で言うと「減和音」で、短三度を重ねた和音のことです。ここでは「音量を減らす」ということになります。
 decrescendodiminuendoにはさほど明確な違いは無さそうです。どちらを使うかは作曲家の好みみたいなところがあるでしょう。rallentandoritardandoのような議論はあまり起こりません。

●速度と強弱を変える●
 速度と強弱を同時に変えたい場合があります。曲が静止に向かうような箇所で、音量を落としながら遅くしてゆく、あるいは逆に、堂々と遅くしてゆくなどの変化が欲しかったりします。
 この場合、簡単なのは、rit. e dim. のように、接続詞eで結ぶやりかたですが、イタリア語ではここでもなかなか味のある表現が見られます。
 smorzando(ズモルツァンド)。「鎮める」「テンションを下げる」といった意味合いです。小さくしながら遅くしてゆきます。
 perdendosi(ベルデンドージ)。これも同様ですが、意味は「失われる」。消えゆくようなイメージ。
 morendo(モレンド)。mor-という、「死」を意味する接頭辞が含まれているとおり、「命の灯が尽きるような」イメージです。
 calando(カランド)。原義は「下ろす(下りる)」「下げる(下がる)」で、ゆっくりと着地するようなイメージですね。
 以上は、「音量を落としながら遅くする」でしたが、逆にallargandoなどは「音量を上げながら遅くする」と解されています。実際には、largoという言葉が含まれており、「~に向かって」という意味の接頭辞al-がついていますから、「largoに向かって」、つまり「だんだんと幅広く」ということになります。largoは遅いテンポの中でもとりわけ「幅が広い」イメージであることを、速度標語の項で説明しました。
 幅広くしてゆきさえすれば、音量を上げなくとも良いので、稀にですがallargandoの先がpppになっている曲もあります。私の作品にもそういうのがあり、マダムから
 「アラルガンドって、クレシェンド・プラス・リタルダンドだって習ったよ。なんでここは小さくなってるの」
 と文句を言われたことがあります。これは原義に即して教えていない教師が悪いのです。

 「速くしながら音量を落とす」「速くしながら音量を上げる」というのも考えられますし、それらしい標語を記した作曲家も居るには居るのですが、あまり普及はしていません。音楽の表現は、遅くしてゆく、というのが悪ければ「たっぷりと歌う」ケースのほうが多く、速くしてゆくほうは多くないのが原因でしょう。実際、rall.rit. に較べると、accel.string. の使われかたは一体に控えめです。

 変化を、かなり長時間にわたって、ゆっくりとおこないたい場合もあります。poco a poco、つまり「少しずつ」という言葉を添える場合もありますが、これまた作曲家の求める表現がだんだんと極端に走り、

 cre -  -  - scen -  -  - do

 とか、

 ac -  - ce -  - le -  - ran -  - do

 とかいったように、単語を音節などで区切って広範囲に対応させる方法も使われるようになりました。ひどいときには

 poco -  - a -  - poco -  - ral -  - len -  - tan -  - do

 と、両方併用することさえおこなわれます。
 ともあれ、変化のしかたをさまざまな微妙な用語や記号で表記することに、作曲家たちはあれこれと知恵を搾ってきたのでした。

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