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ライトレールの展望 [世の中]

 この前試乗しに行ってきた宇都宮ライトレールが、開業1ヶ月も経たないうちに、すでに3回、自動車との接触事故を起こしてしまって、話題になっています。
 と言っても、電車のほうに落ち度があったとも思えません。宇都宮ライトレールは、「次世代型路面電車」を標榜しており、クルマとの無用の摩擦を起こさないように作られています。
 宇都宮市内と芳賀町内の道路併用区間では、クルマが線路敷に入らないように区画しています。路面電車というのは、都電荒川線飛鳥山附近を見てもわかるとおり、線路敷にクルマが無遠慮に進入してくるのが普通で、そういうところで時間がかかったり、下手をすると事故が誘発されたりします。そして本来クルマのほうが勝手に入ってきているのに、「路面電車はクルマの通行の邪魔になる」などと言いがかりをつけられ、昭和40年代くらいからどんどん撤去されてゆきました。
 しかし、宇都宮ライトレールが名乗っている「LRT(ライトレールトランジット=軽量軌道交通機関)は、1990年ごろから欧米で新しく導入されはじめたもので、クルマの通行する車線と電車の通行する線路敷をしっかりと区別し、両者が輻輳しないように工夫されたものです。これにより、電車の定時性を確保し、かつクルマ利用からの移行をうながしているわけです。
 また、芳賀町内では「電車連動信号機」が多数設置されていました。電車の通行を優先させた信号機で、それに伴ってクルマを待たせたり曲がらせたりするというものです。これも欧米の都市で採用されていたLRT独特のの運行システムのひとつです。
 要するに、LRTというのは、旧来の路面電車とは違って、はっきりとクルマ依存からの移行・脱却を目的とし、路面を走らせる場合にはクルマよりも優先した運行を旨としているのでした。単なる交通機関のひとつなのではなくて、運行する街の交通システム全体の変革を必要とする機構と言えます。あちこちで導入の検討はされるものの、なかなか実現させた都市が無いというのも、都市内の交通システムを根底から改革することに二の足を踏んでしまうからでしょう。その点では、一番乗りで導入した宇都宮市には充分に敬意を表したいと思います。
 それが短期間に事故を重ねてしまい、幸先が悪いように感じた人も居たかもしれません。どんな事業にも反対派というものは居るもので、このたびのLRTの反対派などは、それ見たことかと勢いづきそうです。
 しかし、それは宇都宮市民のほうが、まだLRTの存在に「馴れていない」からであろうと思われます。先のふたつの事故の詳細はよく知りませんが、3回めの事故に関しては、右折しようとするクルマが、線路敷で停止してしまって、やってきた電車と接触したということのようです。線路敷で停止してはいけないということが、本当にはわかっていなかったと考えられるのです。

 路面電車は次々と廃止されましたが、いまでも残っている街はそれなりにあります。札幌函館富山高岡福井豊橋大津京都大阪岡山広島高知松山長崎熊本鹿児島。東京の都電荒川線と東急世田谷線も、ほとんどが専用軌道ではあるものの、いちおう道路併用軌道部分が残っている路面電車の仲間です。
 それらの街では、クルマを運転する人も電車との距離感が身についており、そうそう事故は起こりません。事故を起こすのは、他地方の、路面電車の無いところから来た人にほぼ限られているようです。
 路面電車というのは、線路から外れて走ることは決してありませんので、要するに線路に近づかなければ事故など起こりようもないわけです。しかし、路面電車の無い街から来たドライバーは、その距離感がつかめず、上に書いた右折待ちのようなときに、停まってはいけない場所で停まってしまい、電車にぶつかるはめになることがあるのでした。
 そういえば戦前、もっと路面電車がたくさん走っていた頃、よく電車に轢かれる歩行者が居たようです。この場合も、田舎から出てきて電車を知らないというケースが多かったと思われます。ちなみに囃し歌の

 ──デブ、デブ、百貫デブ、電車に轢かれてぺっちゃんこ、お風呂に入ってプーカプカ♪

 の電車は路面電車であって、山手線のような電車ではありません。当時の随筆などを読んでも、

 ──電車は線路の上から出てこないのに、なぜ轢かれるんだ?

 というようなことが書かれています。危険防止にカウキャッチャーみたいな網をつけた電車もありました。
 現在の宇都宮は、全員がよそものドライバーみたいなものです。つまりみんな、路面電車との距離感を手探りでつかもうとしている段階です。そのうち馴れるでしょう。これから先、LRTを導入する気になった都市でも、初期のいくつかの事故は、いわば必要経費として計算に入れておくべきだと思います。
 クルマが渋滞でノロノロしているところを、クルマ進入禁止の線路敷をすいすいと走ってゆく電車を眼にすれば、あっちを使おうと考える人も増えるはずです。線路敷への進入禁止は、新設の路面電車には絶対に必要な条件です。

 さて、宇都宮のドライバーたちが馴れていないのはともかくとして、宇都宮市がはっきりと電車優先の交通体系を打ち出したところは評価できます。宇都宮ライトレールには、来年あたりから快速も走るようですし、西側に延びる路線も計画されています。そちらが完成すれば、東武宇都宮駅に行くのなども便利になります。
 とはいえ、LRTと名乗るにはまったく物足りない、ということは試乗した日の日誌にも書きました。
 繰り返しになりますが、欧米で新設されているLRTというのは、市街地では路面電車(トラム)として低速(しかしクルマが進入しない軌道)で走りますが、郊外に出るとかなりの速度、たとえば時速100キロ以上で突っ走ります。また、既存の鉄道に乗り入れて、かなり長距離を走ることも珍しくありません。
 西口線ができるのであれば、たとえば東武宇都宮線に乗り入れてそのまま栃木あたりまで走る、くらいのことはやっても良いのです。まじめに考えてみたらどうでしょうか。
 欧米で言うLRTと同等な交通機関は、残念ながら現在の日本にはひとつもありません。
 それに近いものはあります。高岡の万葉線福井鉄道広島電鉄などは、昔から軌道部分と鉄道部分を直通して走るようになっており、LRTにちょっと似ているようでもあります。
 万葉線は六渡寺が境目で、以前は高岡軌道線新湊線に呼び分けていましたが、現在では路面電車タイプの車輛が全線を直通しています。
 福井鉄道は赤十字前(以前は福井新)が境目で、普通の鉄道タイプの電車も路面部分に乗り入れていました。プラットフォームの高さが違うので、鉄道タイプの電車のほうは停留所に着くと出入り口に階段を下ろしていたように記憶します。それではバリアフリーの観点から好ましくないということか、その後鉄道部分のプラットフォームは削り取られて、現在ではすべて低床車に置き換えられました。また、えちぜん鉄道との直通運転もおこなわれています。
 広島電鉄は広電西広島(己斐)を境目として、低床のグリーンムーバーが直通します。ここも、昔は鉄道側はプラットフォームが高かったのですが、削り取られました。
 いずれも鉄道部分に入ると多少はスピードを上げるのですが、昔ながらの地方ローカル鉄道のレベルでしかなく、さほど長距離でもないのに時間がかかります。もっとスピードアップするには、線路その他の設備を一新するしかありませんが、それもお金がかかってなかなか進められないものと思われます。
 富山地方鉄道の路面電車である富山市内線は、かつて富山ライトレールと呼ばれていた富山港線と直通運転をしており、この富山港線は規定上は鉄道なのですが、走っているのはすべて路面電車タイプです。もともとJRの富山港線の線路その他の設備をそのまま流用したもので、そもそもあんまりスピードを出せる状態にもなっていません。
 このように、鉄道線に乗り入れたりする路面電車もあるにはあるのですが、鉄道部分の運行速度が歯がゆいほどに遅く、とても諸外国のLRTと較べられるものではありません。それに乗り入れかたも控えめすぎます。

 上に、宇都宮ライトレールを東武宇都宮線に乗り入れさせるという案を書きましたが、福井などは例えばJR越美北線九頭竜線)や北陸本線なども巻き込んで、路面電車タイプをそちらのほうにも直通させることを考えても良さそうです。富山地鉄も、不二越線に乗り入れ、そのまま立山にでも直通したらどうでしょうか。
 残念ながら日本で考えられているLRTは、宇都宮ライトレールが自称するように「次世代路面電車」というほどのものに過ぎないようです。路面電車というイメージから離れられないのです。
 とにかく、「郊外での高速運転」「大胆な複数方向への乗り入れ」という要素が満足におこなわれない限り、私はそれらを真のLRTとは認められない気がしています。
 名鉄岐阜市内線・美濃町線・揖斐線などは、もう少しブラッシュアップすればLRTの名に価するものになりえたと思うのですが、名鉄はこれらを十把ひとからげに廃止してしまいました。名鉄には名鉄の都合があったとは思うのですけれども、残念なことです。民鉄の場合は、道路に専用敷を設置するというのも、役所との関係もあって難しいのでしょう。岐阜市が本格的にLRTを育てようという気になっていれば良かったのですが、少し時期が早過ぎたようです。

 電車はクルマに較べ、ひとりあたりの移動に要するエネルギーがはるかに小さいし、走行による排ガスも無く、現在の環境的要請に充分に応えることのできる交通機関です。政府は電気自動車(EV)なんかに注力せず、各都市へのLRT敷設にこそ補助金を振り向けるべきでしょう。
 EVは、暑さ寒さに弱く、充電にも時間がかかり、故障した場合にガソリン車のような部品交換ができずほぼ買い替えるのと同じくらいの費用を要し、走行するための電気を作るにも、廃車するときに排出される重金属などを処分するにも、環境負荷はガソリン車より大きいと言われています。ガソリン車を禁止してEVだけにすると豪語していたヨーロッパ諸国は、EVのいろいろな問題が提起されてくるにつれ、あっさりと掌を返しつつあるようです。
 ヨーロッパがEVにこだわったのは、どうも日本のハイブリッドカーなどに押されがちな自国の自動車産業を守るためだったようなのですけれども、たちまち中国から怒涛のようにEVが持ち込まれて、自国の自動車産業を支えるなどという余地も無くなってしまいました。日本を排除したと思ったら中国に乗っ取られているのですから世話はありません。全車輛をEVに切り替えるとする日は、5年単位で遠ざかっています。
 日本でも能天気な首相が、2030年だか35年だかまでにガソリン車を全廃するなんてことを口走りましたが、そんなことが可能とは思えません。EV化を推進するなどという無駄な動きよりも、地方中核都市に片端からLRTを敷設するほうがずっとましです。旭川新潟など、最近まで路面電車が走っていた街にも、発想を新たにLRTとして復活させてみてはどうでしょうか。「クルマ依存社会から脱却する」というのは、いまに至っては誰にも異を唱えづらい錦の御旗になるはずです。

 LRTはあくまで中量輸送機関ですので、大都市にはあまりふさわしくありません。人口10~30万くらいの中型都市でもっとも威力を発揮します。一時期、地方の中量輸送機関として、各種の新交通システムが採用されることが多かったのですが、新交通システムというのはほかの交通機関との共用性が無いのが弱点です。つまり、「乗り入れ」ができないのです。既存路線との乗り入れを大いにおこない、駅での乗り換えの手間を減らしたほうが、利便性も利用度も上がるはずですが。
 列車の乗り入れというのは、昔からずいぶんおこなわれてきました。国鉄と私鉄の乗り入れもいろいろありましたし、私鉄同士の乗り入れもよくありました。国鉄がJRになったころから、なぜかほかの鉄道との乗り入れを嫌いはじめ、いまでは数えるほどしかありません。乗り入れをおこなうと、車輛の使用料やら運賃の按分やらがややこしくていろいろ煩わしいのは事実ですが、バリアフリー、シームレス化が時代の要請である以上、いままでは考えもしなかったであろう路面電車(トラム)と既設鉄道路線との乗り入れというのも視野に入れるべきかと考えます。LRTというのは、そこまでやってはじめて真の力を発揮できる交通システムなのです。

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