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『セーラ』初演始末 [日録]

 いよいよ『セーラ~A Little Princess』本番です。
 企画書を書いたのは2013年6月のことでしたので、そこから数えればまさにちょうど2年間、このオペラにつきあってきたことになります。板橋区演奏家協会でオリジナルオペラをやろうと呟きはじめたのはさらにその前年だったと思います。
 台本に着手したのがその年の秋頃でした。台本の完成が去年の2月、その月末くらいから作曲にとりかかりました。
 草稿が仕上がったのが今年の1月21日です。作曲開始から11ヶ月近くかかっているわけですが、何度も書いたとおり、この期間には他に『印度の虎狩り』『法楽の刻』『星空のレジェンド』の作曲を並行しなければならず、ずっと『セーラ』にかかりきっていたわけではありません。しかしそれにしても、これだけ期間を要し、その期間中気にかかり続けていたという作品は、これがはじめてです。いままでの最長の作品である『葡萄の苑』の倍以上かかっています。まあ、長さも倍以上であるわけですが。
 さらにアレンジに2ヶ月半近く要しました。結果的に作曲という作業には13ヶ月ばかり携わっていたことになります。
 これだけ長いこと関わっていると、さすがに本番を迎える感慨も大きくなります。

 今回は、もうひとつ私にとって劃期的なことがあります。オペラ作品としてははじめて、客席で初演を観ることができるということです。
 いちおうオペラである『葡萄の苑』も『豚飼い王子』も、私自身楽器奏者として舞台に乗っていましたから、客観的に観てはいません。事後に録画したものを観たばかりです。
 作品リストで「オペラ」と称している作品は他に『ダイアの涙』『ステイション』がありますが、これも私自身が伴奏しています。音楽劇団熊谷組の方針として、本番当日に無駄に過ごすスタッフの存在を許さないというところがあったため、作曲者としてのうのうと聴いていることができなかったのでした。
 「オペレッタ」と分類しているものになって、ようやく「他人に演奏して貰った」作品が出てきます。『上野の森』『おばあさんになった王女』は、初演のときには他の人が伴奏してくれました。ただし『上野の森』の初演(藝大の学内演奏会)の際には私はみずから演出をしており、客席で観ているわけにはゆきませんでしたが。なおこの両作品とも、再演のときには自分でピアノを弾いています。
 今回、私は合唱指導に行ったり、歌い手にコレペティトーアとして音とりを助けに行ったりしましたが、途中からは眺めているだけになりました。稽古は主に水曜と金曜に入ることが多く、私は金曜日は都合が悪いので、最初のうち隔週くらいに顔を出していましたが、立ち稽古(演出稽古)がはじまると、もう来なくて良いと言われたくらいです。
 オーケストラの練習がはじまると、音チェックのためにずっと聴いてはいました。気をつけたつもりでもスコアやパート譜にはいろいろとミスがあるものですし、実際音を出してみるとイメージと違っていて修正するということもあります。しかし音づくりの基本的なところは指揮者に任せており、私はミスの申告意外には、指揮者から問われたときだけ答えるような立場でした。

 演出がだんだん固まって、通し稽古がはじまったときにはワクワクしました。考えていたより演奏時間が長かったのであわてたりしました。正味2時間半、休憩を入れて3時間と踏んでいたのですが、どうも2時間40分くらいかかりそうです。短いと思っていた第3幕が、意外と長かったのでした。そのときは少し途切れ途切れなところもあったので、本番はもう少しサクサク行くだろうか、と思いました。
 さらに先週からは、オーケストラとの合わせ稽古となります。声とのバランスはどうだろうか、オケが分厚すぎて声が聴き取れないということはないか、逆にオケがヘロヘロに聞こえたりすることはないか、いろいろ気を揉みながら聴いていました。
 遺憾ながら、本番近くなって体調を崩す出演者が何人か出てしまい、そういう人は本番のコンディションを調えるために稽古では声を抜いて歌ったりします。前日の舞台稽古でも何人かそういう出演者が居り、はたして本番にどういうバランスで聞こえてくるかは神のみぞ知る、という状態になってしまいました。
 実を言うと、私は前日になって急に不安にかられてしまいました。歌い手が抜いて歌っているにせよ、オケがどう考えても厚すぎるように感じられる箇所があるのに、指揮者がわりとあっさりと解散してしまったので、これはいかんと思い、今朝になってオーケストラメンバーに対して「お願い」を書いて人数分印刷し、本番前に配りました。本来はこれは越権行為であって、指揮者を通して言うべきことなのですが、もう時間が無かったのです。
 初演を「任せる」のは、自分がそこに加わっているときとはまた違う緊張感があるものだと実感しました。そんなことは合唱曲でも器楽曲でもいくらでも経験していることであるはずですが、稽古期間の後半をほとんど演出家と指揮者に委ね、口出しを極力控えていたために、知らない間にけっこうストレスが累積していたのかもしれません。今日の本番直前など、胃が痛くなりかけました。

 15時開演予定でしたが、舞台監督の判断で「5分押し」となりました。お客の入りがうまく途切れないときにはよくそういうことをしますが、ただでさえ長大な公演なので5分押しもして大丈夫だろうかと思いました。
 私は当初、舞台袖で聴いていようかとも思っていたのですが、演出の加藤裕美子さんに

 ──いやいや、必ず客席でお聞きください。私もそうやって自分の至らぬところを見つけています。

 と言われ、開演少し前に舞台袖に居ると出演者から、

 ──作曲家は、そろそろ客席に行って愛想を振りまいていなさい。

 とも言われたので、片隅に陣取りました。
 今回は私もだいぶ頑張ってチケットを売りましたし、私の両親もずいぶん張り切って売ってくれました。売ったのではなく招待券を差し上げた人も含めると、私の関係のお客は150人くらい集められたかと思います。私の(両親のコネも含めた)配券力は、だいたいそのくらいであることが経験上わかっています。残念ながら

 ──MICの作品なら何を措いても聴きに行くよ。

 という、「ファン」と呼べるほどのお客は数えるほどしか居ません。オペラだけに入場料もそこそこ高額であることを考えると、150人ならばまず筒いっぱいというところでしょう。
 他の出演者たちなどがどのくらい配券しているのかはわかりません。例年のオペラ公演なら観客動員数は700人内外ということが多く、新作初演であることがそこにどう響くかがまったく読めないのでした。新作だから売りづらいのか、逆に新作だから配券に力が入るのか。
 まだ客数の総計が出ていないのですが、仮に700とすると、私の関係のお客が5分の1以上を占めたことになります。
 当然、少し歩くと続々と声をかけられたり、こちらから挨拶したりと、開演前にかなり忙しいことになりました。

 5分押しというのは、15時05分に「1ベル」が鳴るということです。それから注意事項の陰アナや、楽器のチューニングがあって、さらに5分ほどあとに演奏が開始されます。この段階ですでに、終演時刻は18時20分くらいになることが予想されました。券を売るときに、
 「終わるのは何時くらいになりますかね」
 と訊ねられ、
 「まあ18時頃じゃないでしょうか」
 などと答えていたので、もしかすると最後まで観ていられないお客が居るかもしれません。
 最初の合唱は少し元気が無いかなという気がしました。合唱団の大半はアマチュアなので、固くなっていたかもしれません。しかし「新しき世は来たり」から「ミンチン神聖女学院」の歌に入る頃には、だいぶほぐれてきたようです。
 ここまでで15分近くかかっていますが、実際には序曲みたいなもので、その次のミンチン先生の登場からが本筋です。
 水島恵美さんのミンチン先生はさすがに練達の歌い手で、音域が相当広く動くわりには言葉もわかりやすく、まずもって安心という気になりました。その妹アメリア役の長野佳奈子さんは、前日の舞台稽古で非常に不調そうで、声もほとんど抜いていましたので心配していました。熱も出たらしく、今日も決して本調子とは言えない様子でしたが、そこはやはりプロで、破綻はまったくありませんでした。
 もっと心配だったのはほかならぬヒロイン・セーラ役の宮入玲子さんで、ホール練習に入ってからほとんどまともに歌っていませんでした。タイトルロールだけあって歌う箇所が格段に多く、特に2幕1場などはアリア並みのボリュームある歌が連続しているため、本番に備えて抜いておくのも無理はありませんでしたが、本当に本番は大丈夫なのかという懸念が拭えません。
 しかし、これも蓋を開けてみるとしっかり歌っていました。とはいえ、上のような状況で判断してオケを薄くした箇所などは、薄いままで良かったと思います。
 アーメンガード役の菅原直子さん、ラヴィニア役の稲見裕美さんなどもベテランなので、安心して観ていられます。ロッティ役の佐藤真弓さんは、ファミリー音楽会ほかいろんな演奏会に出演してはいるのですが、オペラ公演ははじめてということで、彼女も一時期のどをこわして心配されましたけれども、こちらもコンディションを調えてきてくれたようでした。
 意外な拾いもの、と言っては失礼ですが、ベッキー役の小林実佐子さんが、日本語歌唱も手馴れた感じだし、高声も低声も非常に明瞭だし、演技力もあって、素晴らしい歌い手でした。彼女は演奏家協会のメンバーではなく、協会がはじめて開催した外部オーディションに応募して選ばれた人です。
 外部応募者の中ではダントツにうまく、問題なく採用となりましたが、ただ受けた役はセーラで、

 ──いや……良いんだけど、セーラじゃないよね

 というのが審査員一同の統一見解でした。ベッキー役を打診してみたら、ふたつ返事でOKだった次第です。今日はじめて当時の志望動機などを聞く機会があり、

 ──『小公女』の物語が大好きで、ぶらあぼ(音楽宣伝雑誌)で『小公女』を扱った新作オペラをやると知り、なんとか関わりたいと思った。

 ということでした。なるほどそれなら、ふたつ返事にもなることでしょう。実際のところ、ベッキーは実にはまり役で、アニメ版『小公女セーラ』に出てきたベッキーにも少し似たところがありました。
 今回のキャスティングはまったく「神キャスティング」と言って良いくらいみんなはまり役だったと思います。「キャストを想定して作曲したんでしょう」とも言われましたが、何人かを除いては必ずしもそういうわけではありません。実際ベッキーのパートなどは、小林さんに出逢う前に書き終えていました。
 そういう中、ラヴィニアだけは、裕美さんに決まる以前から、裕美さんをイメージして書いていた気がします。最初、「いじわるな女の子の役」と言うと裕美さんはやや微妙な顔をしていました。これまでの公演では、『カルメン』ミカエラなど清純派といった雰囲気の役が多かったのですが、ラヴィニア役はかなり早い時点から、彼女に頼みたいと私は思っていました。2幕2場で流れるラヴィニアのアリアは、台本の段階からすでに相当に力を入れており、このアリアを入れることによって、ラヴィニアという「いじわるな女の子」は、原作とまったく異なったキャラクターに変化するのでした。この変容を歌いきれる人は他に思いつかなかったのです。
 ラヴィニアという脇役にこの主役級のアリアを歌わせるのは、『レ・ミゼラブル』エポニーヌが歌うアリア「On my own」の向こうを張ったような気分があります。エポニーヌというのは原作ではいたって薄いキャラですが、ミュージカルではこの歌を歌うことによって一躍忘れがたい人物となりました。彼女と対置するコゼットにはこれほどの歌は割り振られていません。
 ラヴィニアのアリアは、音楽稽古ではじめて歌って貰った時から、相方のジェシー今仲敬子さんが、
 「なんか、涙が出てきた」
 と述懐したほどで、それを聞いて私はひそかに
 「よし!」
 と叫びました。
 もちろんそれだけではなく、セーラたち3人が歌うワルツが大好きと言ってくれた関係者も居ましたし、セーラとカリスフォード氏林永清さん)が歌う二重唱が最高と言ってくれた出演者も居ました。それぞれの関係者が、稽古が進むにつれ、いろいろとこのオペラの「好きなところ」を見つけ出してくれているらしいことが、作曲者としては嬉しくてなりませんでした。演奏者に好きになって貰えない作品など哀しいものではありませんか。

 ときおりヒヤリとする箇所をはらみながらも、公演は佳い感じで進みました。ヒヤリと言っても作曲者と演奏者くらいで、はじめて聴くお客にはあんまりわからないでしょう。
 2幕のあとの休憩が、急遽5分引き延ばされました。たぶんトイレが混んでいたのでしょう。終演はさらに遅くなります。
 演出の都合で、曲の途中でかなりの休止が置かれることもあり、そのため演奏時間自体も長くなっているようです。
 3幕に至って、お客のノリが急に良くなったように思えました。カーマイケル弁護士稲見浩之さん)によるコメディタッチのシーンが多いせいもありますが、それまでほとんど無かった笑い声が聞こえはじめました。途中でミンチン先生が登場しただけで大笑いが出たのはどうしたことやら。そのあと、ミンチン先生が次々に凹まされてゆくあたりでのお客の食いつきぶりは、客席の隅っこに坐っていた私にもひしひしと伝わってきました。
 最後近くで、罵詈雑言を吐きまくるミンチン先生に対して、それまでおとなしかったアメリアが逆ギレし、
 「も~う、いい加減にして!」
 と叫んだところでは、客席全体が
 「おお~」
 と唸ったような気さえしたものです。アメリアが、それまでのおっとりしたキャラクターからは想像もつかないようなブギウギ調のアリアを歌い終えて退場するときには、もう拍手喝采でした。

 全体を通じて、舞台装置は簡素でしたが、それを補っていたのが中野昇さんの照明でした。中野さんはしばらく前から板橋区立文化会館付きの照明係をやってくれていますが、オペラ公演のときにはことのほか凝った照明プランを立てます。私は2回ほど、彼の照明プランにもとづいて「照明キュー出し」の仕事をしたことがあります(オペラの場合は、譜面を読める人がやらないと大変なことになります)が、キッカケが多くて往生しました。今回は例年よりさらに多かったようです。練習ピアノを務めてくれていた三浦愛子さんがキュー出しをやってくれましたが、相当に苦労していた模様です。
 ラストの波止場のシーンのホリゾントの色など、それこそ涙が出そうなほどに美しい青で、いつまでも眺めていたいと思ったほどでした。
 しかしそれを尻目に、私は舞台袖に駆け込みます。カーテンコールで舞台に出て行かなければなりません。もっとも舞台に呼ばれるのはカーテンコールの最後だったので、そんなにあわてて袖にひっこまなくても良かったかもしれませんが。
 最後の合唱は、1月にファミリー音楽会で披露したことがあり、歌い手の大半がその時に出演していたせいか、えらく気合いの入った感じの歌声になっていました。

 カーテンコールまで含めると、18時半をまわっていました。予定より30分くらい長引いたことになります。開演の5分押し、2幕後休憩の5分押しなどを考えると、正味の演奏時間は2時間45分というところだったでしょうか。
 いかにも長いので、
 「ダイジェスト版を作ったらどうですか」
 といろんな人に言われました。音楽と台本の両方を無理なくつぎはぎできればそれも良いかなと思います。例えば学校公演にかけるとかだったら、合唱部分はカットしても良いかもしれません。それだけで30分近く短縮できるでしょう。
 終演後にロビーに出て、めまぐるしいほどにいろんな人と挨拶しました。そういう場でわざわざ批判的なことを言う人もあまり居ないでしょうが、それを差し引いても、まずます好評であったようでほっとしました。
 途中泣いた、後半泣いた、と言う人がずいぶん居ました。出口近くに立っていた出演者によると、泣きながら帰って行ったというお客も何人か居たそうです。私の「泣き」を入れるテクはだいぶ板に付いたようです。次は「笑い」をとるテク、それもテキストの内容ではなく「音」で笑わせるテクを身につけたいものです。

 ともかくも、2年以上にわたってつき合ってきた『セーラ~A Little Princess』の初演が無事済んで、ひとつ大きな肩の荷を下ろした気分です。実は作品としては、再演できるかどうかが鍵でもあり、しかも初演団体とは別の団体で再演できれば最高です。その意味では、今回の初演の音源やDVDなどを活用して営業してゆく必要もあり、まだまだ荷を下ろしてはいられないのですが、とりあえず最初の山を越えたのは確かでしょう。
 昨日の舞台稽古のあと、急に不安になったということを上に書きましたが、それは音量のバランスだけの話ではありません。オペラとして通して観たときに、とんでもなく退屈な作品に仕上がってしまったのではないかという危惧があとからあとから立ちのぼってきていたのです。おそらく、「本番前日」という変な精神状態の中での妄想だったのでしょうが、そこを乗り越えて本番を済ませ、やはりオペラを書いて良かったと思えたのは幸せなことでした。
 ご来聴くださった皆様、この場を借りて御礼申し上げます。

  涙と絶望をこえて 喜びが訪れる
  なかなか気づけないけれど 幸せはそこにある
  未来をはぐくむのは あなたの心
  未来にはばたくのは あなたの夢
  それらはすべて あなたのそばにある


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