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出版社と私 [お仕事]

 先日、以前書いたオペレッタを出版したいという話があって、打ち合わせに行ってきました。
 まだちゃんと形になるのはもう少しあとのことなので、詳細は省きますが、最近楽譜出版を始めた小さな会社からの話でした。すでに合唱のピースなどを何冊か出していて、いちおう実績はあるようです。ただしまだ店頭には出していないそうで、もっぱらネットでの販売をしている様子でした。そろそろ店頭にも出したいということで、前に私の本も出して貰ったことのある会社に販路を委託する交渉をしているところだと聞きました。
 まだ活動をはじめて間もないわけですが、大手の楽譜出版社と較べるとネット系に強みがあるようで、youtubeなどを利用して音源サンプルを提示しつつ注文を受けるという方法を主流にしている感じです。まあ、問題のオペレッタに関しては、また別のビジネスモデルを考えているらしいのですが、さてどうなることやら。
 未出版の合唱曲がずいぶんありますよ、と私が言うと、それも見せて欲しいとのことでした。パナムジカのようにもともと楽譜販売を通じて合唱団や作曲家とのコネが強いところなら、出版業をはじめてもネタは豊富にあることになりそうですが、そうでない業者の場合は、むしろ作品提供してくれる作曲家をのどから手が出るほどに求めているかもしれません。私のほうは作品を出してくれる出版社を求めているわけですので、うまく咬み合えばお互いに展望が開けるということもありそうです。カワイ出版が楽譜出版社として現在の大を為したのは(とは言っても最近は全音の傘下に入ってしまいましたが)、初期に中田喜直先生が全面的に協力して楽曲提供などをおこなってくれたおかげだそうで、そういう良い関係が築ければ幸いです。

 ただ一抹の不安を感じるのは、私が過去に、そういう小出版社と関わったことがあり、その不運な幕切れを体験していることによるのだろうと思います。
 こちらはすでに雲散霧消している会社ですから、名前を伏せなくても良いでしょう。一時期けっこう面白い合唱譜を精力的に出していたサニーサイドミュージックというところです。
 この会社も、ごく少人数で動かしていました。社長とその奥方と、もうひとり編集者が居て、その3人だけが正社員だったそうです。私が接触したのは編集者だけで、社長夫妻とは面識がありません。その編集者は確か最初カワイに居て、そこからサニーサイドに移ったのであったと記憶します。
 私はこの出版社で、『世界名作劇場・アルプスの少女ハイジ』女声版と混声版、それから男声合唱用の『アニメヒーロー・ヒロイン伝説』の3冊を刊行して貰いました。いずれも編曲本なので私としては少々残念なのですが、そもそもサニーサイドは、編曲本に力を入れていたように思えます。いわば主力商品と呼べるのは、トライトーンというプロアンサンブルのレパートリーのラインナップでした。トライトーンというグループは、いろいろな曲、それこそ宗教音楽からJ-popまで、けっこう凝ったアレンジでアカペラで歌うことをメイン活動にしています。ボイスパーカッションなども積極的に活用します。専属アレンジャーとも言うべきが松永ちづるさんでした。私などからすると、あそこまで「なんでもあり」なアレンジができれば、それはそれで楽しいだろうなと思ったりしました。合唱編曲という仕事には、たいていの場合は委嘱した合唱団の歌唱能力という限界が課せられます。
 ともあれ、そのトライトーンの曲集を、サニーサイドでは次々と出していたものでした。
 私の本も、そこそこは売れていたと思います。あちこちの店で見かけはしました。
 私がまだ手書きで譜面を作っていた頃で、それを外注して当時出始めのfinaleで入力して版下を作っていたようでした。外注するのは手間も費用もかかるので、
 「MICさん、finale入れませんか?」
 と編集者から言われたのを憶えています。ところが、その頃のfinaleはMACを主なプラットフォームとするソフトで、windowsではまだ使いづらいのでした。それに、そのとき私が持っていたwindowsのヴァージョンでは、まだ作動しなかったのだと思います。
 「うちのパソコンでは動かないんですよ。なんなら新しいパソコン買ってくれませんか?」
 そう答えると、編集者は苦笑いしていました。買ってくれていたら、入力のアルバイトもしてあげたのに。
 そのうち、その編集者から、サニーサイドを辞めてフリーになったという連絡が来ました。
 たったひとりの編集者が辞めてしまって、サニーサイドはどうするのだろうと思いました。社長夫妻は主に経理の仕事をしており、肝心の編集のノウハウは無かったようなのです。編集も外部委託したのかもしれませんが、それもせずに、それまで刊行した本の販売だけでやっていた可能性もあります。
 しかし、私の本にしても、最初に刷ったロットのあと、増刷されるということはありませんでした。
 どうも、トライトーンシリーズも、あんまり売れ行きは良くなかったように思われます。あのアレンジは、トライトーンというプロアンサンブルのために特化したものであって、一般の合唱団が歌おうと思ってもなかなか容易ではありません。合唱指揮者などが参考用に買うことはあったかもしれませんが、

 ──うちの団では無理だろう。

 と判断して、団として購入するところまでは行かなかったのではないかという気がするのです。
 カワイ出版のHさんが、

 ──編曲本は、企画がすべてですよ。

 と断言したのを憶えていますが、サニーサイドはその点、主力企画を間違えてしまったと見るべきかもしれません。
 ちなみに「企画がすべて」というのは、どんなにすぐれたアレンジであっても、全体の企画としての面白みがなければ売れないというような意味でしょう。この意味では、やはり編集者の企画創造力が問われるのではないでしょうか。
 ともあれサニーサイドの出版物は、次第に店頭から姿を消しました。
 会社自体が無くなったことを私が知ったのは、ずいぶんあとになってからだったと思います。
 私のもとに、「宇宙戦艦ヤマト」その他、かつてサニーサイド出版物に載せた編曲ものの楽譜を求めてくる人が時折居ます。そうしたときに、以前は出版社に直接問い合わせて貰うよう返事をしていました。しかしあるとき、

 ──サニーサイドのサイトが無くなっていますし、電話も通じません。

 と言われ、驚いて確かめてみると、なるほど痕跡も残さず消えてしまっていたのでした。
 これは困ったことです。会社を解散するならするで、関係する著者には一報くらいよこすべきでしょう。それもせずに消えてしまったということは、夜逃げみたいな様相だったのかもしれません。おかげで、版権がどうなったかもわからないし、どこに問い合わせれば良いのかすら見当もつきません。版権を回収できないと、例えば他の出版社が『世界名作劇場』や『アニメヒーロー・ヒロイン伝説』を再刊行することもできないわけです。と言って、もともとの発行部数が僅少なため、法に訴えるというのも大赤字になりそうで、いまのところは考えていません。
 それにしても、いつだったか『アニメヒーロー・ヒロイン伝説』がAmazonで8000円だかの値がついていたのを見たときは腰を抜かしそうになりました。絶版本なので定価より高くなるのはわかりますが、それにしても8000円。自分の本がそんな高値で取引されているのだから嬉しいことは嬉しいのですが、たとえ8000円で売れたとしても、いわば個人間売買ですので、私には一銭も入らないというのが悔しいようでもあります。

 サニーサイドミュージックという前例があるので、小出版社というものに私が一抹の危惧を覚えるのもやむを得ないでしょう。
 まあ、あの頃はネット販売ということがあまり一般的ではありませんでしたし、100部とか50部といった小ロットで手軽に印刷するという方法も開発されていませんでした。小出版社が、大手と同じ売りかたをしようとした、あるいはせざるを得なかったというのがサニーサイドの失敗の原因であったのかもしれません。つまり、楽譜売場の書棚に並べるというやりかたです。
 もちろんいまでも、店頭に並べられるというのは大きなメリットがあります。これから練習する楽譜を、店頭で物色するというのは、いまなお多くの人の採る方法です。ある程度以上の年代の指揮者や合唱団員などは、それ以外の方法を思いつきもしないかもしれません。
 しかし、比較的若い層になると、曲探しはもっぱらyoutubeで、というケースが多いのではないでしょうか。youtubeで音源を聴き、良いと思ったらその曲を刊行している出版社のサイトを訪ねて直接購入するという行動が、いまや一般的になっているように思われます。
 そうなると、大手の出している楽譜は、むしろ著作権や版権にひっかかってyoutubeに上げられないことが多いと考えられますので、そのあたり小出版社にも活路が見出されそうです。最初から著作者と、動画配信を含めた契約をおこなえば良いわけで、これはなかなか大手には簡単に舵を切りきれない点と言えましょう。
 うまくゆくかどうかは断言はできません。しかし、未出版作品を多く抱えている身としては、少しいままでとは違う流れにも乗ってみるのが吉とも思えます。

 編曲本はけっこう何冊も出ていますが、オリジナル作品の刊行が貧弱なのがどうにも残念に感じています。どうも最初に刊行した『少女追想』の売れ行きがあんまり思わしくなかったので、カワイでは

 ──MICのオリジナルものは売れん!

 と決めてしまったかのようです。これ、私の被害妄想というわけでなく、『移る季節』を出すときに実際にカワイのスタッフから言われました。『移る季節』は最初からODP(オンデマンドパブリッシング=受注出版)の扱いにすると言われたので、
 「私のオリジナルものはあんまり売れないと?」
 とはっきり訊ねてみたところ、
 「ええ、まあ……」
 と答えられたのでした。
 ODPだと基本的には店頭に並ばないので、人の眼に触れることが少なく、余計に売れ行きが芳しくないことになります。それで

 ──やっぱり売れない。

 と思われたのでは立つ瀬がありません。
 ともかく、カワイ出版が私のオリジナル作品の刊行に消極的なのは確かなようなので、私自身も他に活路を見つけたいところです。
 男声合唱組曲『きょう いきる ちから』近大のグリークラブが歌ってくれたとき、関西つながりでパナムジカのスタッフも聴きにきていました。残念なことに、
 「いい曲ですねえ。ちょっとうちでは出せませんが」
 と言われました。男声合唱曲というのは出版社にとっても賭けみたいなところがあるのはわかります。男声合唱団自体の数が少なく、最初からマーケットが狭小であるところへ持ってきて、選曲が保守的な合唱団が多いのでした。外国の宗教曲、外国の現代曲、多田武彦、お楽しみステージ、といった構成であるのが普通で、タダタケ以外の邦人作品をねじこむ隙があんまりありません。男声合唱曲の新しい楽譜を出しても、売れる見込みが非常に低いのです。出版業をはじめてそう間もないパナムジカとしては、いまのところそういう賭けをする余裕が無いということは想像がつきました。
 パナムジカの販路展開は、長いこと内外の楽譜販売で培ってきたルートに、自社の出版物もそのまま乗せるという戦略であって、店頭にも置きますが重点は通信販売のほうにありそうです。先発大手に較べるとネット利用の比重が高いと言えます。しかしネットに最適化した売りかたであるかと言えば、そこまでは言えないようでもあります。
 今回コンタクトしてきたところは、もっと先鋭的なネット販売をもくろんでいるようで、しかも小回りを利かせた動きかたができるようです。前に出した合唱ピースで、100部ほど売れたのを「よく出た」と言っているくらいだったので、本来小ロットで勝負するつもりでしょう。しばらく乗ってみても良いかな、と考えています。たぶん、サニーサイドの二の舞を演ずることにはならないのではないか……と言うか、なってくれないようにと祈るばかりです。
 具体的な話がもう少し進んできたら、また詳細を書くことになるでしょう。いまはとりあえず、ふわっとしたところを記してみました。

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Pague

私が勤務していた銀座山野では、トライトーンシリーズ(かなりのスペース)その横にアニメヒーローヒロイン伝説、通常在庫でした。
「花と木のことば」是非カワイさんで出版して頂きたいですね。Micオリジナルがどうのというより、問題はtextの世界観ですよ。私のイチオシまど・みちおですし!
パナムジカさん、男声合唱は、何もタダタケだけではない!男声合唱に新風を!
by Pague (2019-03-31 09:42) 

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