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美濃関とんぼ返りコンサート [日録]

 昨日(8月21日)は、また「とんぼ返りコンサート」がありました。けっこう離れた土地に朝から出かけて、コンサートをこなし、その日のうちに帰ってくるという、なかなか強行軍な一日で、いままで岐阜で1回尾張瀬戸で1回新潟で1回経験しています。N響団友オーケストラという、NHK交響楽団のOBによって構成されている室内オケに伴ってのことで、上記の3回はいずれもジブリ音楽のプログラムでした。
 本来、主に後輩のMくんがピアノを担当していたのですが、しばらく前にMくんが急逝してしまい、彼の生前にときどき代役を務めていた私にお鉢が回ってくることが多くなったのでした。岐阜のは2015年、尾張瀬戸のは2017年、新潟のは2019年と、おおむね2年に1回くらいお呼びがかかる感じだったのですが、今年はすでに4回参加しており、なおかつこのあとも2回予定されています。
 4回のうち、3月にあった1度めは、都内での公演だったので、当然ながら日帰りでした。これもジブリコンサートです。
 しかし、7月の島根県公演、今月上旬の沖縄公演はさすがに泊まりがけでした。2回の公演を連ねた旅公演であったこともあります。そしてこの2回は、ジブリものではなく、別のプログラムでした。どういう内容であったかは詳述を遠慮します。たぶん、日程と地名、それにN響団友というワードで検索すれば出てくるでしょう。
 泊まりがけだと、多少のフリータイムはあって、限られた範囲とはいえ観光のようなこともでき、いささかなりとも旅をした気になれるのですが、日帰りで行くとなると、本当にいきなり会場に乗りつけて、演奏して、そのまま帰るという日程となり、とんぼ返りの名にふさわしくなります。
 2019年の新潟公演は、帰り道に高崎でマダムと落ち合って、前橋の定宿に泊まり、翌日、その年の夏にやっていなかったマダムの祖父母のお墓参りをしたので、事実上はそれほどのとんぼ返り感はありませんでした。新潟市内が渋滞して、指定されていた新幹線に全員乗り遅れたというアクシデントはありましたが、そのあとゆっくりできたので良かったと思います。
 従って、完全に一日のうちに往復したのは尾張瀬戸以来、5年ぶりということになります。

 今回の公演は、岐阜県の関市でした。新幹線で名古屋まで行って、そこからクルマという行程でした。プログラムはこの前の沖縄と同じ内容で、楽器は弦楽四重奏プラスピアノのピアノ五重奏編成です。人数が少ないので、バスではなくジャンボタクシーが手配されていました。私以外はみんな楽器を持っているし、特にチェロなどは大きいので、スペースに余裕のあるクルマでないとなかなか厳しいのでした。
 8時21分の「のぞみ209号」で東京を発ちました。私が「のぞみ」にはじめて乗ったのが、最初の岐阜公演のときだったのですが、依然として私は「のぞみ」には仕事以外で乗ったことがありません。最近の東海道新幹線は「のぞみ」が増殖しすぎて、「ひかり」「こだま」に乗ろうとするとむしろ大変です。その大変さをかいくぐって「のぞみ」を避け、「ひかり」「こだま」に乗っているのかと言えば実はそうでもなく、要するに滅多に新幹線には乗らないということです。ただ、自分の趣味的な旅行でもし新幹線を使わざるを得ないとしても、たぶん「のぞみ」は使わないのではないかと思います。
 久しぶりに乗った「のぞみ」でしたが、自由席が3輌連結されていたので驚きました。「のぞみ」は登場時からずっと、全席指定を貫いていたはずなのですが、さすがに「ひかり」「こだま」を大減便して「のぞみ」ばかり増やしたので、自由席を求める利用者の声を無視できなくなったと思われます。
 新幹線の規定では、新潟公演のときのように、指定された列車に間に合わなかった場合、その日のうちなら後続列車の自由席に乗れることになっているのですが、その場合に「のぞみ」が全席指定だから乗れない、ということになると非常に困るわけです。こういう乗り損ねは、むしろ新幹線のメインターゲットであるビジネス客のほうが多いと考えられますから、救済措置として「のぞみ」にも自由席を設置することにしたのでしょう。
 最近、「ひたち」「ときわ」「スワローあかぎ」「あずさ」「かいじ」等々、全席指定の特急が増えてきましたが、これは通勤時利用を促すための着席保証という意味が強く、「のぞみ」の全席指定とは少々趣きが違っています。ともかく、「のぞみ」にも自由席のつく時代になったか、と感慨を覚えました。
 品川新横浜は全列車停車駅となり、そこから名古屋まではノンストップです。東京~名古屋は「1時間50分」というアタマがあったのですが、現在はほぼ1時間半で走り抜け、9時56分に到着しました。
 改札を出ると、事務所の名前を記した板紙を持った人が待っていて、すぐにタクシーに送り込まれました。
 約60分と聞いていて、そんなにかかるのかと驚きました。まあ、関市というのは名古屋からは案外行きづらい場所です。列車を使おうとすると長良川鉄道しか通っておらず、その長良川鉄道に乗るためには美濃太田というところまで行かなければなりません。実は私は旅の途上、美濃太田で泊まることが過去2、3回ありました。それこそ初発の長良川鉄道に乗るためだったりしたのですが、名古屋からだと岐阜まわりで高山本線に乗ってゆくか、あるいは多治見まわりで太多線に乗ってゆくかになります。あと名鉄犬山線新鵜沼まで行って高山本線に乗り換えるという手もあり、距離的にはこれが最短かもしれませんが、いずれにしろ特急「ひだ」にでも乗らない限りは直行はできない場所です。
 しばらく前までは、岐阜市内から名鉄の路面電車・美濃町線が通じていました。なかなか趣きのあるチンチン電車でしたが、世紀の変わり目ころに名鉄の路線大リストラがあり、そのときに廃止されてしまいました。もともとはさらに先の美濃(長良川鉄道の美濃市駅の近く)まで通じており、私はかろうじて廃止前に乗ることができました。関から美濃までは長良川鉄道とほぼ並行しており、2本の鉄道が必要なほどの輸送需要は無かったため、先行して1999年に廃止されました。岐阜から関まではさらに6年頑張りましたが、やはり利用者の減少が止まらず、2005年に廃止となったのでした。美濃町線が存続していたとしても、仕事に行くのに路面電車に乗ったとは思えませんが、ともあれ鉄道で向かうのはわりに大変なところなのでした。
 直行するバスもありますが、1時間20分ほどかかるようです。やはりタクシーで60分というのは妥当な線なのでしょう。

 私が坐っていた座席からは、道路標示などが見えにくかったので、どんな道を通っていたかはよくわかりませんでしたが、出発して間もなく高速道路に入ったようですので、たぶん名妓バイパスから、ほんの少し名神高速に乗り、一宮ジャンクション東海北陸自動車道に入ったものと思われます。長良川鉄道に乗った際、山深く趣きのある車窓風景に無遠慮に割り込んで、ローカル線の風情を台無しにしてくれる高速道路です。
 まわりがだいぶ山間部の感じになってきて、ふたつほどかなり長いトンネルを抜けたのち、高速道路を下り、しばらく一般道を走りました。関市の商店街のようなところを通りましたが、ほとんどシャッターが下りていたのは、日曜だからなのか、それとも「シャッター街」と化してしまっているのかわかりません。
 間もなく、会場の関市文化会館に到着しました。60分はかからず、45分程度で着いたようです。
 関駅の真正面のようなところなので驚きました。記憶は定かではありませんが、名鉄美濃町線が通っていた側だったような気がします。あとで待機時間に、駅まで行ってみましたが、どうやら本来の駅舎は反対側のようでした。裏口のようなところに路面電車の停留所があって、それが廃止されたあとに再開発がおこなわれて巨大な文化会館が建てられた、というところではないでしょうか。

 すでに沖縄で2回も上演したプログラムなので、リハーサルはさくさくと進みました。ただしそれから本番まではさほど猶予がありません。嘉手納のときと同様、16時開演でした。
 従って18時ごろの終演となります。沖縄公演のときは2時間をややオーバーする感じだったのですが、今回はトークの部分を少し削ったのか、18時ちょっと前に終わりました。
 そこからが例によって大忙しです。18時半に迎えのタクシーに乗っていたのだから、われながら撤収の速さに感心します。
 もともと、歌の連中に較べて、楽器の連中の撤収の速さにはいつも驚かされていました。私がもたもたしているうちに、みんな手早く荷物をまとめて、次々と楽屋を去ってゆくのです。それはこのN響団友オケでも同様で、はじめてのときなど、私が場違いにも燕尾服など着こんでいたせいでもありますけれども、真っ先と言って良いほどに楽屋に戻ってきていたのに、そこを出るのは最後に近かったほどです。その後は、もっと着脱の簡単な、黒シャツ黒ズボンといった衣装にしたので、だいぶ皆さんに匹敵する速さとなりました。
 まあ、会場や楽屋の後始末などはすべてスタッフに任せて出てきてしまうのだから、いい気なものでもありますが、ともあれ30分足らずで帰途に就いたわけです。
 帰りの「のぞみ174号」は19時49分発です。18時半に出れば余裕で間に合いそうですが、ただ名古屋市街近辺が渋滞しているらしいという不吉な話がささやかれていました。
 名古屋中心部の渋滞はかなり深刻なことが多いのです。私は学生時代以来しばしば、東名高速バスで名古屋に行きましたが、高速道路ではだいたいダイヤどおりに走っていたバスが、一般道に下りてからものすごく遅れるという経験を幾度も味わいました。たまりかねて、星ヶ丘あたりで下車してしまい、あとは地下鉄で都心部に向かったこともあります。
 名駅伏見千草、今池と、ごく近接して大きなジャンクション(結節点)があり、それぞれに四方八方からクルマが流れ込んでくるという事情によるものでしょう。
 それで心配していましたし、高速道路を走っているときに若干スピードが落ちたなと感じたところもありましたが、クルマの流れはおおむね順調でした。19時05分くらいには高速から下り、名駅まではあと5分程度ということでした。
 ただ、駅のロータリーに入るときにだいぶ手間取り、10分以上かかりましたが、それにしてもスムーズに着いたほうでしょう。着いたころに急に大雨が降ってきたのには参りましたが。
 後続列車の自由席に乗る必要もなく、無事に「のぞみ174号」に乗り込みました。東京着は21時24分ですが、私は品川で下りて上野東京ラインに乗り換えました。どちらでも良いのですが、上野東京ラインには東京から乗るより、品川から乗ったほうが、当の東京あたりで席が空いて坐れる可能性が高いのです。まあ、日曜の夜とあって、そんな考慮が不要なくらいすいてはいましたが。
 実は今回、前乗り(前日から現地入りして1泊する)という話もあったのですけれども、土曜のピアノ教室をあまりたびたび休んでもまずいので、私は「当日入りで良ければ……」という条件で出演OKしたのでした。もしかするとほかのメンバーにとばっちりが行ったかもしれません。今回がとんぼ返り公演であったのは自分のせいでもあったのです。とはいえ、やはり強行軍ですね。名古屋周辺、新潟、仙台あたりまでが日帰りの限界でしょう。移動だけでだいぶ疲れます。私は多少体調がすぐれなくとも、列車に乗ってどこかへ出かければ調子が好くなってしまうという体質ではありますが、出かける理由が仕事では、疲れのほうがまさってしまうようです。
 ところで美濃の関といえば、刃物の製造で有名です。マダムの友人にも、老舗の刃物店に嫁いだ人が居て、ちょくちょくリサイタルを開くばかりか、海外から弦楽四重奏団を呼んで、自分も参加したピアノ五重奏の演奏会などまでやっているそうです。たぶん亭主が老舗の刃物店の店主なのでお金があるのだろう、と言っていました。
 今回は関市が主催だったそうで、そのためか出演者全員にお土産を貰いました。見るからに切れそうな爪切り鋏でした。街の刃物屋さんの組合なども後援になっていたのかもしれません。

 翌朝、つまり今日(8月22日)になって、名古屋から小牧空港に向かう高速バスが横転・炎上して死傷者が出たというニュースが入りました。小牧空港なら私たちが通ったのとルートは違うでしょうが、しかし余波で周辺道路まで影響が出なかったとも限りません。事故に遭われたかたには申し訳ないことながら、一日ずれていて助かったと思った次第です。

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