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セイヤーズとバークリー [趣味]

 このところ、ドロシー・L・セイヤーズの小説を読み返しています。
 1920~30年代の英国ミステリー黄金時代に、アガサ・クリスティと並び称せられた「ミステリーの女王」ですが、クリスティの作品が早い時期から日本でも大いに紹介され、ほぼ全作品が邦訳で読めるようになっているのに較べ、セイヤーズの作品はなかなかその全貌が明らかになりませんでした。
 日本のミステリー書誌学の泰斗である江戸川乱歩は、さすがにセイヤーズもフォローしていましたが、彼女の後年の業績であるダンテ『神曲』の英訳などの印象が強かったせいか、学者兼作家というような紹介の仕方になっていました。もちろん英国には本業が学者であったり(コール夫妻など)聖職者であったり(ノックスなど)する推理作家もたくさん居るのですが、学者の手すさびの推理小説などというイメージがつくと、どこか堅苦しい、あんまり面白くなさそうな気がしてしまうのも無理はありません。
 しかもわずかながら邦訳されていたのは『ナイン・テイラーズ』のような作品です。はっきり言って、これが不幸だったと言えます。
 セイヤーズの推理作品は、R.ユースタスとの合作である『箱の中の書類』を除いて、長篇はすべて貴族探偵ピーター・ウィムジー卿が活躍するものとなっています。ピーター卿ものは11冊あります。あとは数冊の短篇集と、他の作家とのリレー長篇といったところで、ポワロものだけでも33冊を数えるクリスティとは、そもそも作品数がまるで違うのでした。
 で、その11冊の中で、『ナイン・テイラーズ』は9番目となりますが、まずこの小説は推理小説としてはたいへん長いものです。長い推理小説と言えばウィルキー・コリンズ『月長石』というのがありますが、コリンズはかのチャールズ・ディケンズの親友、従って時代を同じくする作家であり、当時の英国の長篇小説の標準スタイルであった「三巻本」として『月長石』も書いてありますので、まあ長くなるのは必然なのでした。『ナイン・テイラーズ』の時代にはもうそんなスタイルは廃れていたにもかかわらず、長さだけで言えば『月長石』に迫る規模を持っています。

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